プロフェッショナル・ゼミ

数字いじりは居酒屋で《プロフェショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中村 響(プロフェショナル・ゼミ)
<この物語はフィクションです。>
「お前何しとるんやああああああああああ!!!!!!」
居酒屋の大将が叫ぶ。
大学時代、私は居酒屋でキッチンのバイトをしていた。
「うどん作ろうとしただけですが」
こともなげに私は答える。
先に麺を入れて、
それから鍋の水を沸騰させようとしていた。
ただ単にそれだけである。
「何か変ですか?」
しれっと私は聞く。
「いや、もうどこから突っ込んでいいか分からん!!
とりあえずお前は店の裏で休んで来い! な!?」
そう言われて、とりあえず裏口から従業員用の休憩スペースに向かう。
「はて、何がどうなっているやら」
これが昔の私である。
「物事の道理が分かっていない」
小さいころからよくこういわれた。
何か行動すると大抵は裏目にでる。
「何故そうなる!?」
自分も周囲もそう思っているような状態である。
「仕事の悩み」を解決するために必要なことは「五感を総動員すること」だ。
特に「嗅覚」「触覚」「味覚」の3つを。
私にとっては「周りをよく見ろ!!」などという言葉は指示になっていない。
「見たところでどうすれば良いのでしょう?」となるのがオチである。
きちんと伝えるために「数字」を使うのだ。
曖昧さを極限までそぎ落とすのが肝となる。
このコツを知ることで、不幸な職場が一つでもなくなれば幸いである。

「何でそうなるねん……」
「はあ、すいません」
バイトに入って、数か月経ってもこんな調子が続いていた。
このバイトに入ったのは私が大学3年の時だ。
環境の変化というのは慣れるまでに時間が掛る。
だが、私の場合は完全に度を超していた。
「慣れ」て「成長」することが全くできないのだ。
そんな状況を打開したのは「嗅覚」を数値化することだ。
ある日のこと。
大将から連絡があった。
「30分くらい早めに来てくれへん?」
ついにクビ宣告か。
そう覚悟した。
バイト先の居酒屋は当時住んでいた下宿から自転車で15分ほど、
準備をしてすぐに向かった。
大将はカウンターで領収書の整理をしていた。
「おう、悪かったな。はよ来てもらって。まあ座れや」
そう席を勧める。
「今日来てもらったんは講義をするためや」
そう大将が言った。
「響、お前メモを取れ」
大将は自分で書いたノートを見せながら説明した。
「ええか、お前はメモを取ることが必要や。
しかも普通に書いても覚えられん。
だから全部数字に置き換えろ。
なるべく細かくな。
「天ぷらを揚げる」と書くんじゃなしに、
① 160℃~180℃まで油を加熱する。
② てんぷら粉をダマが出来ないように混ぜる。
(粘り気は手に3割残って7割落ちるくらい)
③ エビ、野菜、サツマイモの順に投入
④ およそ150秒で天ぷらに火が通って浮いてくるので上げる
こんな感じに細かく分けて、全部数字に落として考えるんや。
タイマーも使ってええから。
こんなメモの書き方をしていってくれ。
そうすりゃちゃんと厨房でメモ見ながら再現できるから」
「わかりました」
そう言って、私はとにかくメモを書くことにした。
「まあ、大丈夫や。お前ならできる」
講義を終えて、私は厨房に立った。
「こりゃあ凄いな」
大将が汗を流しながら、魚をさばいている。
この日は何故か多くお客さんが入っていた。
今までであればお払い箱になっている。
仕事の能率が悪すぎて、厨房にいない方が良いのだ。
しかし、大将は「今から天ぷらしか頼まないから頑張ってくれ」
そう言って天ぷらの注文を山ほど持ってきた。
「えーとメモは」
私はメモを見ながら作業を始めた。
すると不思議なことが起きた。
「まずは油の準備だ。加熱してる間に材料の準備とてんぷら粉の用意
後は注文順に揚げていこう」
何故だかわからない。
だが、私には「何を」「どんな手順で」進めればよいかが見えていた。
いや「嗅覚が働いた」と言った方が正確である。
作業を進めるために邪魔になりそうなものを予め退けておいたりと
自分なりに作業を進めやすくする工夫も出て来た。
私はメモを片手にひたすらに揚げ続けた。
数時間経って、冷蔵庫を見ると材料が切れていた。
「あ、大将もう材料がないです」
「せやな、今日は魚ももう打ち止めや。閉店の看板出しとくわ」
そう言って、本日閉店と看板を出す。
あとは残りのお客さんにラストオーダーを伝えて、片付けである。
皿を洗っていると、大将が話しかけてきた。
「響、出来るようになったな。
これでまあ心配ないやろ。
これでいくつか仕事できるようになったら、もう立派な戦力やで。
いつ何をすれば良いか、何かまずそうなことがないか。
ドンドン分かるようになる。
仕事に必要な嗅覚がどんどん磨かれるんや。
そのために数字で考えんとあかんねん。
今後は何の仕事がどれくらい時間かかるかも数字に落とし込むとええで。
今日は皿洗ったら帰ってええよ」
そう言って、作業に戻って行った。
この体験は私の仕事に対する考え方を変えた。
まずはメモを取ること、
そして数字を使って具体的に作業手順を記録すること。
それが仕事の勘所を抑えることになることを学んだ。
最終的に実家に戻るまでの1年以上を勤めることになった。
2年後。
紆余曲折あったものの、私は社会に出ることが出来た。
しかしそうは問屋が卸さない。
社会の荒波に私は溺れることになる。
とんでもない仕事量が降ってきた。
多種多様なタスク、錯綜する情報、面倒きわまる人間関係。
全てが私の敵だった。
「なんで終わってねえんだよ!!」
罵倒が毎日飛んでくる。
そんな状況で私はついに体を壊した。
次へのステップとなったのは「触覚」を磨くことだった。
きちんと他人の目線を入れて、
スケジュールを管理することで「触覚」は磨かれる。
夏休みになって、実家に戻った折に大将の所に顔を出した。
「お久しぶりです」
「おお!! 久しぶりやな。仕事はどうや?」
「あー色々あって今職業訓練に通ってます」
私は退職に至るまでの愚痴を聞いてもらった。
自分の特性や仕事の失敗を全部出した。
そうしなければまずいと大将も考えたのか、
黙って聞いてくれた。
ひとしきり愚痴を聞いた後に大将は言った。
「まあスケジュールの管理が大切だわな、次は触覚やな」
そう大将は言った。
「これ読んでみ」
大将がおもむろに本を取り出す。
とあるコンサルタントがドの付く落ちこぼれから、
他社に引き抜かれるまでになる過程で編み出した仕事術の本だ。

「大将がこんな本読んでたなんて、知りませんでした。
偶然私もこの本は読んでたんですよ」
そう言うと大将は
「お前が来てから勉強してたんやわ。
俺も頭を鍛えんとお前たちに指示が出せへんからな」
そう笑った。
「まあ、話を聞く限りだとお前さんは他人のスケジュールを考えてないな。
自分の作業だけで優先順位考えてたやろ?
それじゃあ根本的にズレもするわ。
今回はお前が知らなかったことが原因や」
そう解説してくれた。
「他人のスケジュールを予め聞いて、自分の予定に入れ込むってことですか?」
「そうだよ。
成果物の完成度合い、方向性、期限、他人の動き、全部埋め込んで考えるべき。
出来る限り把握してカレンダーに入れる。
そうすれば仕事の抜け漏れや〆切を破ることもなくなるはずや。
この本の通りにスケジュールを管理すればいいよ。
今度は良い職場見つけろよ」
そう励ましてくれた。
数日後、私はさっそく本の内容を試してみた。
エクセルを立ち上げ、
まずは日次で30分ごとに予定表を作り、
やるべきことをまとめたTodoリストを連動させる。
これで仕事の内容が変わったりしても慌てずに済む。
まずは1週間分のリストを作り、施設の職員と面談した。
この施設はホワイトカラーにとっての基礎をしっかり固めるために
必要なカリキュラムが組まれている。
「これすごいですね!!これ出来るようになるまでに僕3年掛かりましたよ!」
面談すると、私の担当職員のYさんは驚いていた。
この人は私の人柄を買ってくれ、とてもよくしてもらっている。
この面談では仕事の仕方にも話が及んだ。
「他人のスケジュールを考えるのは本当に大切ですよね。
自分だけの視点だと空回りしやすいですから。
周囲の役に立つ仕事が出来ると、自分の手できちんとコントロールできているっていう
手ごたえがあるんですよね。
グッと自分の責任で仕事をきちんと握れているっていうか。
そんな感触があるんですよ」
そうYさんは言った。
だから触覚なのか。
私は大将の言ったことがようやく腑に落ちた。
この面談を通じてその週のスケジュールが決まった。
翌日。
タッチタイピングの訓練を始める。
タイマーを30分に設定する。
きちんとボタンを押して、1秒時間が進んだことを確認して訓練を始めた。
「よーいスタート」
カタカタとタイピングを進める。
「よーし。 一つ終わった!!」
仕事でも、個々の動作の遅さが足を引っ張っていたため、
一つ一つの訓練でもタイマーを掛けているのだ。
勿論全ての時間がスケジュールに紐づいている。
一つの練習が終わるたびに記録を付けていく。
どんどん記録のシートが黒くなっていく。
「まるでレンガの壁だな」
自分の手で自信を積み上げている実感がある。
仕事一つ一つのゴツゴツした手触りと重さが伝わってきた。
ただ文字を打ち込んでいくだけのものでもきちんと記録を付けていくと、
自分が頑張っていることが実感できる。
しかも、もし方向を間違えていたとしても修正が効きやすい。
毎日計画と実績を付けているのだ。
「ここ今度は罫線の太さを変えてください」
同じ方法で作っていた訓練用のエクセルの資料もすぐに訂正が効き、
職員の人たちに喜ばれた。
1日の充実感が段違いだった。
「なんでこれをやらなかったのか」
知らなかったことが悔やまれる。
他人の目を入れて、一日のスケジュールをしっかりと管理するだけで
全く状況が違う。
やっていることはただのタイピング。
在職中にやっていた仕事とは全く違う。
しかし、私には自分をコントロールできているという実感があった。

「何とかなるかもしれない」
そう思った。
私は少しだけ、自分の仕事に希望が持てるようになった。
だが人生は仕事ばかりではない。
「ライスワーク」という言葉がある。
飯を食うために嫌々やる仕事のことだ。
私は今まで「ライスワーク」をこなすのに精一杯だった。
少しずつ「ライスワーク」のコツを掴むにつれ、
別の不安を感じるようになった。
「このままではまた枯れてしまう」
自分のやっていることに意味を見出せなくなる不安がどうしても湧いてくる。
自分の充実感を得る活動を「お金」に換えられたら、
そんな不安はなくすことが出来るのに。
私はまた居酒屋で教えられた。
これを実現するのに必要なのは「味覚」を磨くことだと。
「大将、また来たよ」
私は時間を見つけて、大将の店に顔を出すようになった。
仕事や活動の悩みは年長者に聞くに限る。
私にとって大将は良きメンターとなっていた。
「よーまた迷える子羊が来たんか」
そう言って大将は迎えてくれる。
私は悩みを話した。
「最近、もしかしたら仕事が出来るようになっても、
先が無いように感じるんですよね。
何か結局は金勘定ばかりで、自分がすり減って消耗してしまう気がします」
すると大将はお猪口を差し出した。
においを嗅ぐだけで分かる。
私の一番好きな日本酒である。
「ほら、麒麟山やで。これ飲んで元気だしや」
私はグッとあおった。
お猪口を返そうとすると、大将が怪訝な目で見てくる。
「お前、そんなんやからダメなんだよ」
私はカチンときた。
「いや、お猪口出したの大将でしょ。お金ならちゃんと払いますよ」
「金の問題じゃないわ!!」
そう大将は一喝する。
「お前、日本酒好きか?」
「当たり前でしょう」
この居酒屋で好きになった酒を誰が忘れるのか。
「なら何で、メモ取らないんや?」
私はあっけにとられた。
「好きなものをメモ? どうゆうことです?」
「これはオレが持ったお客さんで一番のお金持ちの人が言ってたんやが。
自分の好きなものに詳しくなるには、
手帳に自分の好きなものの記録を残すことが一番なんだそうや。
その人凄いで、自分の飲んだ日本酒の銘柄全部記録しとる。
勿論、名称から製造元、酒質のデータまで全部や。
その人の仕事なんやと思う?
金融機関に勤めとったはずが今は日本酒の利き酒師やで。
勿論年収はうなぎのぼりや」
私はポカーンとなった。
「そんなのアリかよ」
ようやく一言を絞り出してコレである。
「響、お前の好きは何や? そんでそれを数字で語れるように記録するんや。
そっから道は開けてくるんや。俺はもう開いたで。
子供の運動会の写真撮りまくってたら。七五三の写真を受注できるようになったわ」
「マジすか!?」
大将は料理のプロだ。
だから数をこなすことにも慣れているんだろう。
しかも自分の子供のことだ。
練習は数万枚を優に超えただろう。
それ以来、私は自分の文章の書いた文字数を手帳に記録するようになった。
今回ばかりは私もまだ道の途中である。
それでも一歩一歩進んでいる実感がある。
少しでも自分の「好き」を「お金」に換えるべく努力している。
今のところ数千円だが、お金になってきている。
自分の好きを「味わう」ために数字を記録してゆくのだ。
この文章を読んだ人が少しでも「仕事」の悩みを解決出来れば、
望外の喜びである。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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