つないだ先にあるもの
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記事:りんごまる(ライティングゼミ・平日コース)
「あっ! ごめんなさい」
通勤ラッシュ真っ只中の、人でごった返す駅のホーム。
遅刻しそうと焦りながら、小走りしていた私は、こちらに向かってきたおじさんとぶつかった。
おじさんは、「なんだよ」と視線を落とすと、ちっと舌打ちをしてそのまま去って行った。
「東京は、ほんとに人が多すぎるよ…… 」
左肩がちょっと痛かった。それでも、交差する人の波の中に、自分の進む道を見定めながら乗り換えホームへと小走りに向かった。
大都会トーキョーの人口は、2017年8月現在の推計で約1,373万人。
かたや、私の田舎、長野県の人口は、2017年10月現在で約207万人。
長野と比べ、実に約6倍の人口が、約6分の1の面積の中に、ひしめき合って暮らしている。
駅のホームが狭いのではなく、通勤ラッシュがひどいのでもなく、ただ単に人が多すぎるんだと、この数字が教えてくれた。
その日の仕事は多忙を極めた。
会社に着くなり上司に呼び出され、
「とにかく急ぎの案件だから」と言われて資料を渡された。
「今日中に出さなきゃいけないんだけど、できるかな?」
「できる、できないも、とりあえずクライアントに出さなきゃいけないんですよね?」
「そういうことなんだ。すまんが頼むよ」
うんざりしながら席にもどった途端、今度は内線がけたたましく鳴る。
「この前の案件、修正が入ってさ。原稿、メールしといたからよろしく。あ、明日までにできるよね? 」
「はぁ。って、これそんなに急ぎの案件でしたっけ? 」
「なんか、向こうが急げって言ってきたんだよ、それもさっき急に。そういうことだから、よろしくね」
「はぁ…… 」
仕事とはおもしろいもので、忙しいと思っている時ほど、いろいろなものが重なってくる。
そのあと私は、パソコンに向かって黙々と案件をさばくことに専念し、気がついた時にはパソコンの隅に『21:00』と表示されていた。
朝はあんなにたくさんの人で、うんざりしていたはずのに、今は社内に私一人だけ。
「さて、帰るか…… 」
誰にも聞こえないつぶやきを自分のために吐き出して、パソコンの電源を落とした。
こんな日々がここ5年くらい続いているだろうか。毎日たくさんの人とすれ違っているのに、会話を交わす人は、平均して片手以下。
東京ではいろんな人に出会える、さまざまな出会いが待っていると、期待に胸を膨らませて上京したが、結局は田舎者の妄想だったのかもしれない。
「東京は、人は多いけど出会いはないよ」
そうつぶやいていた田舎の先輩の声は、いつしか自分の言葉になっていた。
「今週、会える時あるかな? 久々に飲みに行かない?」
突然のお誘いは、私が大好きな、取引先のお姉さまからだった。
「火曜日、大丈夫です」
すぐさまメールを返信し、時間と場所を決めた。
ふと、「どうしたんだろう…… 何かあったのかなぁ……」と頭によぎったけれど、忙しさの中にすぅっと紛れてしまった。
「ねぇ、ゆりちゃん、実は報告があるの」
火曜日の新宿。
週末は混み合うだろう、小洒落た居酒屋の小さなテーブル席。
メニューに大きく『名物』と書かれていた唐揚げを口いっぱいに頬張り、モゴモゴしながらその熱さと戦っていた私に向け、お姉さんはこう切り出した。
「私ね、年内に籍、入れることにしたんだ」
「えぇ?!」
口が開かないまま、変なうなり声でとりあえずの返事をし、
やっとのことで、
「あっ! のっ! おめでとうございます! 」
と言えた。
私のそんな様子に、ふふっと笑いながら
「ありがとう」
と答えると、その人は少しため息をつきながらこう続けた。
「このこと決めてからさ、よく思い出すんだ、昔行った友達の結婚式のこと」
「そりゃ、そうですよね」
「ううん、そうじゃなくて。なんでみんな、あんなに幸せそうに笑ってたんだろうって」
「え? どういうことです?」
『結婚』という、私からすればとても大きな幸せを掴んだはずの人から聞くには、どうにも違和感のある言葉だった。
「私ね、親や親戚にこのことを報告したとき、役割を押し付けられてるって感じてさ。もちろん、喜んでくれてるのはわかってるんだけど」
不思議顔を続ける私に、お姉さんは続けた。
「結婚したら仕事セーブしなきゃね、とか、結婚したんだから赤ちゃんに備えなきゃねとか? うちは、私も働かなきゃやってけないから、結婚したらむしろもっと頑張らなきゃいけないのに。どうして周りは、結婚っていう役割を押し付けたがるんだろうね」
正直、少しうらやましくもあった。そんな風に悩めるなんてと。
けれど、『結婚=しあわせ』ではないと、たくさんの人が口にするようになった昨今、まだなんとなく『結婚』に対する憧れみたいなものを描いていた私にとってその言葉は、重たい重たいボディブローをもらった気分でもあった。
『結婚』による『枷(かせ)』は、意外なところにあるのかもしれない。
酔いどれた頭にぼんやりと、そんな考えが浮かんだ。
今度はそのまますぅっと消えてはくれず、しばらくグルグルと巡り続けていた。
『結婚』は、家と家のものだからと、いろんなところで言っている。
でも『結婚』が、正真正銘2人のためだけのものであったなら、『結婚=しあわせ』の定義が、今でも間違いなく成り立つのかもしれない。
「とりあえずは、見つけよう、彼氏」
誰にも聞こえないように、小さく気合いを入れて。
新宿発の終電、満員の車両に体を押し込んだ。
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