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生きがいを与え寿命を延ばした名医


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記事:Minami(ライティング・ゼミ平日コース)
 
父は、67歳で天国に旅立った。
糖尿病から腎臓を悪くし透析をしていたし、最後には両目も見えなかった。介護生活を送ること5年、最期は病院で母にご飯を食べさせてもらいながら逝った。モルヒネを使っていたので、痛みはなく夢を見るような気分だったと思う。
 
まだまだ長生きしてほしかった。
でも、父は天命を全うした、と私は信じている。
 
糖尿病は静かに確実に体のいろいろなところを蝕む怖い病気だ。父を一番苦しめたのは「目」だった。弱視になり手術を受けたが、さらに悪化してしまった。この頃の父は生きる気力も失い、弱気になっていた。
 
「お父さん、長生きしてくれないと孫見せられないでしょう」
「目が見えないで、やることもないでただ生きているだけはつらい・・・・・・」
こんなやりとりが私と父のいつもの会話になっていった。
 
帰省した大晦日の晩、私は父から大目玉をくらった。
母から「これお父さんに持って行って」とお盆に載せた膳を託され、父の目の前に運んだ。「これはお味噌汁、これはじゃがいもの煮物で、これは・・・・・・」と話していると、「もういい、そんな説明でわかるわけないだろ、うるさいっ」と怒鳴られた。
 
本来なら、箸を父の右手にぎらせ、左手でおかずのお椀を触らせ、中に入っているものをひとつひとつ伝える必要があった。それくらい、父の目は見えていなかった。父の視力がほぼないことに驚き、私は自分の配慮のなさにいたたまれずに居間から逃げ出して泣いた。
 
お腹が弱い父が身につけていた腹巻きの中には「延命治療は一切受けません」という紙が入っていて、いつでも旅立てるよう準備をしていた。そんな父の寿命を延ばした名医がいる。父の生きる気持ちに火をつけ、生きがいをくれた救世主は、かわいい天使、妹の子供で初孫の「りんか」だ。父にとっては、名医以上の存在だった。
 
りんかの成長は、父の日々に喜びをもたらした。父はこんなに笑顔になる人だったのかと思ったし、赤ちゃん言葉を使い出す父にも驚いた。りんかは、ハイハイをするようになり、歩けるようになり、しゃべれるようになり、父のことを「じぃじ~」と呼べるようになった。「りんちゃん~」「じぃじ~」と二人は良いコンビ。楽しく遊んでいる姿は、幸せそのものだった。
 
りんかは2歳になった。この頃のりんかは、「りんちゃん、ジュースを取ってきて」と言うと「はぁい!」と手をあげ意思表示をして、冷蔵庫を開けて取ってきて、「どうぞ」と手渡せるようになっていた。
 
そしてこの頃から父は弱音を吐かなくなっていた。視力はほとんどなかったが、自分のことは自分でできた。朝起きて顔を洗い、身支度を整えることや、お風呂やトイレも誰にも手伝ってもらうことなく自分で行けた。長年住んでいる家、家の中の間取りに沿って、壁を伝い、時には這いつくばり、自在に行き来していた。
 
りんかも父も互いに成長を遂げ、やっぱり二人は良いコンビだった。
 
父はリビングのいつものソファに座ってテレビを聞き、りんかは父の足元でおもちゃで遊んでいた。父がトイレに行くために立ち上がると、りんかは「じぃじ~ 待って~」と言って、自分のおもちゃを端っこによけ始めた。よけ終わると、「いいよ~」と言う。
 
配慮は観察力から生まれる。
相手が何を求めているのか、相手がどのような状況か、相手がほしいものを手渡すにはまず観察し気づくことから始まる。
 
じぃじは目が見えない。
おもちゃを出しなっぱしにしていると、じぃじが転んでけがをしまうということをりんかは知っていた。だから、じぃじが動き始めないかいつも見ていた。何という観察力だ。私が大晦日に父から大目玉をくらったのは37歳、りんかは2歳だ。2歳の子供よりも気が回らない私はいったい何なのかと反省するが、りんかの存在に心から感謝した。
 
りんかのおかげで父の寿命は延びた。
「じぃじ~、ちゅるちゅる一緒に食べよ~」とおぼつかない手で、子供用の自分のお椀から1本のうどんを取り出し「じぃじ~どうぞ」と渡す様子は、世話焼き女房のようだ。広い公園では、りんかとじぃじ~は手をつなぎ歩いた。りんかは、段差やポールなどの障害物を見つけると「じぃじ~待って」と声をかけていた。
 
父は晩年、目が見えなくなる不運に見舞われたが、りんかが父の目になっていた。
父は、りんかからいっぱいの愛情をもらい、天命を全うし、幸せな人生の締めくくりができた。
 
りんかの成長を見届けられないことを気にした父は、3つのメッセージを残した。
愛情をたくさん注いで育ててあげなさい、りんかの兄妹をもう一人作りなさい、人の話を聞ける子に育てなさいと書いてあった。今、りんかは12歳、7歳の弟がいる。
 
りんかは、父からいっぱいの愛情を受け、やさしい子に成長した。
 
生きがいを与え、父の寿命を延ばしたりんかは、名医だ。
 
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2017-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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