また、新しく
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記事:Mei(ライティング・ゼミ日曜コース)
祖母は私のことが分からない。認知症を発症し、長い間、施設にお世話になっている。子どもや親せきが会いに行っても、ほとんど誰が誰か分からない。祖母が生きてきた時間、得てきたことのほとんどのことを忘れてしまっている。大好きだった祖母は、いろいろなことを忘れ、私の知っている祖母ではなくなってしまった。忘れるという行為。忘れることは、残酷だ。これまでしてきたこと、今日やったこと、自分が誰か、相手が誰か……。分からない。特に、人のことを忘れるという行為は感情が揺れ動く。忘れられた人は、その人と関係が近ければ近いほど、傷つくことがある。仕方のないことだと理解しつつ、なかなか受け入れらない。だから私は祖母に会いにいくたびに自己紹介をして「おばあちゃん、私だよ! わかる?」と聞いていた。その度に、祖母は悲しそうに笑っていた。
近年の医学の進歩によって、長生きし認知症を発症する人は増えてきている。とすると、忘れるということに対して悲観的な見方ばかりでは、苦しいような気がする。忘れるということに対して悲観的ではない、別の見方が必要だと思う。
確かに、大切な人にはいつまでも自分のことを覚えていてほしい。思い出を一緒にふりかえりたい。ただ現実として覚えておくことができなくなる時が来る。だからこそ、忘れるという行為を、ただ嘆くこと以外にも可能性を見出したいのだ。
私たちは、日常生活の中ですべてのことを覚えているわけではない。映画を観て「おもしろかったな」と思ったものが一度観たことがあることだってある。忘れやすいからこそ、同じものを何度も楽しめる人だっている。起きた出来事をいつまでも事細かには覚えていない。先生に叱られたことも、友だちとけんかしたことも、いやなことがあっても適度に忘れてすっきりすることもある。逆に、すべてのことを忘れられないとしたら、とても窮屈で、頭がパンクしそうになる。
忘れることが必ずしも悪いことばかりではないと教えてくれたものがある。それは日めくりカレンダーだ。祖母の家には、日めくりカレンダーがあった。1日1日めくる、あれである。西暦と月と日付があって、祖母の家に泊りに行くたびに新しいページにするのが楽しみだった。
実は、日めくりカレンダーには、心を軽くするヒントがある。日めくりカレンダーは、めくられることが前提であってそこに良い悪いがない。その日、その日限りである。その1枚はその日が過ぎてしまえば役割を終える。思い出としては残らない。だけどその日その時に起きたことは真実である。そして潔く今日を終え、明日を迎える。
忘れられることは、覚えている者にとっては寂しいことでもある。思い出もなくなってしまうような気がする。心にぽっかり穴があいて、泣きたくなる。だけど当人にとっては、まるで日めくりカレンダーのように、その日その日を新しく過ごしているのかもしれない。今日を生きる。その瞬間は誰にとっても疑いのないことである。
もうすぐ2017年が終わる。私たちは、1年に起きたことの中で、どれだけのことを覚えているだろう。苦い思いをしたこと、恥ずかしい出来事を忘れていることだってある。うまくいったことを忘れていることだってある。だけどその瞬間、瞬間に起きたことは真実である。もし何かを忘れずに残していたいのならば、写真やメモや大切な思い出として何か残るものに頼る方法だってある。覚えていたい人が覚えていたいことを記録したらいい。
祖母にとって私は、知らない人である。「見ず知らずの人が目の前にいる」そう思っているのかもしれない。でも私にとっては、ただ一人の大切な祖母なのだ。
ほとんどのことを忘れて、生きる意味とか希望とかもてずに、ただ命をつないでいるだけに見える祖母。だけどその瞬間は「おなかすいたな」「あついな」「ねむたいな」「こうしたいな」という祖母の思いがある。それが今の姿。どんな姿になっても祖母なのである。だから私のことが分からなくても会いに行く。あんなに可愛がってもらった祖母が変わったことはショックだ。私のことを覚えていないことは、気にならないわけではない。でも、覚えていないことを嘆くより、今という時間を祖母と重ねていく。今の私にできることは、ただそれだけだ。
忘れるという行為。時に残酷にも思えるが、私は敢えて別の光を当てたい。忘れることは、覚えていないではなくて、また新しいページをめくったことでもある。今日が終わって明日がくるように、また、新しく始めていくのだ。
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