プロフェッショナル・ゼミ

もう僕のところには、サンタは来てくれない……《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:相澤綾子(ライティングゼミ・プロフェッショナル)

「ほら、サンタが見ているよ」
こんな言葉で動いてくれたのは2年前くらいまでだった。12月に入ると、良い子のところにしかサンタがプレゼントを持ってきてくれないかもしれないよ、と声をかける。するとびっくりするくらい聞き分けが良くなったものだった。でも毎年少しずつ効果が薄れていった。ブロックで恐竜を作っている次男に、「お風呂に入ろう」と何度も呼びかけているけれど、顔をあげようともしない。返事もしない。
 仕方なく「じゃあそれが完成したら来てね」と声をかけ、長男と娘を連れてお風呂に入る。ある程度気が済むと、自分から来ることは分かっていた。本当はささっと入ってくれると楽なのだけれど、仕方がない。
 「サンタが見てるよ」と脅かしても効き目がないということは、6歳になった次男は、既にサンタクロースはいないと思っているのだろうか。

実は私自身が、既に幼稚園生の時に、サンタを本気では信じていなかったからだ。我が家にはどういうわけだかサンタが来なかった。友達の家には来ていたと思う。でもそのことで私は何か悲しい思いをした記憶はない。サンタが来たかどうかを友達と確認し合う前に、幼稚園が冬休みに入ってしまっていたからか。それとも、毎年叔母が購入してくれるクリスマスケーキと、おじいちゃんが「好きなものを買え」と言ってお金を渡してくれていて、満たされていたからか。どんな気持ちだったかについては、あまりよく覚えていない。
 ただ一つだけ覚えているのは、みんなの家にサンタクロースがやってくるなんていうことはありえないと考えていたことだ。
サンタクロースは世界中にひとりしかいないと思っていた。そこには根拠がないのだけれど、なんとなく、何人もいるという想像はできなかった。この前提の下、世界中の子どもたちに一晩だけでプレゼントを配り切るなんてできるわけがないと考えた。どこか遠い国にいて、その周りに住んでいるこどもたちだけがプレゼントをもらっているのだ。公平にするために、毎年違う場所で配るのだ。そしていつか私たちのところに来るかもしれないけれど、なかなか来ないかもしれない……。サンタが来る前に大人になってしまうかもしれない。これは少し話がおかしい。ひょっとしてサンタはいないのではないか。

 子どもたちとある程度の会話ができるようになったクリスマスの頃、私は夫に尋ねた。
「ねえ、うちにはサンタが来ることにするの?」
夫はなんでそんな当たり前のことを聞くのか、という表情で、私を見た。
「来るに決まってるよ。子どもたちの夢を大切にしたいじゃないか!」
「ふうん、そうなんだ」
私は鼻で笑ってしまった。「どうしようかねえ」とか、「来なくてもいいんじゃない?」という言葉を期待していたのだ。サンタが来るということは嘘をつくということだし、それは落ち着かない気持ちがした。それにサンタが来るというのは子ども自身が描いた夢ではなくて、どちらかといえば大人が子どもに描かせる夢じゃないか。
「で、自分のところには、サンタは来てたの?」
「うーん、覚えてない」
信じられない。結局来ても来なくても、夢がないじゃないか。

仮に私一人の子どもたちだったら、我が家にはサンタが来ないことに決まっただろうけれど、彼らは私だけの子どもではない。夫が「夢を大事にしたい」と考え、その手段としてサンタを招きたいというのなら、そういうことにしよう。

こうして我が家にサンタが来ることになった。

とはいえ、私たちはあたふたと仕事や家事や自分のやりたいことに追われ、クリスマスの週に入ってから、イブに間に合うかどうかとドキドキしながらネットで注文するのを毎年繰り返すことになった。
子どもたちはクリスマスを楽しみにしていた。特に次男は真剣だった。次男が4歳の時は、いつもはお気に入りのぬいぐるみと寝ているのに、
「今日はくまとは寝ない」
と言ってきた。理由を尋ねると、
「だってこの子にはもうプレゼントを配ったって勘違いしちゃうかもしれないから」
サンタを一番信じていたと思われる頃だった。
昨年は、5歳になった次男から、こんな質問があった。
「パパとママからのプレゼントはないの?」
正直、サンタからのプレゼントを選ぶので精いっぱいだった。全く準備していなかったので、私は、
「パパとママからは、クリスマスケーキがプレゼントなんだよ」
と答えた。でも来年は、何か親からのプレゼントも準備しなければいけないかなと考えた。そして、サンタクロース以外のプレゼントが欲しいという要求がずる賢くも思え、もう信じていないのではないかと思い始めたきっかけになった。

そして今年もこの時期がやってきた。11月中に注文を終え、夫の部屋に隠した。子どもたちが喧嘩をすることも想定し、対象年齢の幅の大きいものを3つ購入した。昨年は、身体を動かすのが好きな長男にピーナッツ型のバランスボール、電車に夢中だった次男に踏切のおもちゃ、娘にミルク飲み人形をプレゼントしたけれど、かなりもめたからだった。同じものにすればトラブルは起きないだろう。これをサンタクロースからのプレゼントということにして、親からのプレゼントはそれぞれが好みそうな小さなものを選んだ。我が家はネット購入が多いので、大きな箱が届いてもそれほど珍しいことではなく、子どもたちは気にも留めていなかった。

 何かやってもらいたい時などは、頻繁に「サンタは見ているよ」と声をかけた。サンタが見ているから早く寝よう。サンタが見ているから、ささっとお着替えしよう。次男には効果がかなり薄れてきてしまっていたけれど、それでもただやるように言うよりは、効果がありそうだった。そんなことを繰り返していると、
「ねえ、サンタは空から見ているのかなあ?」
と次男が尋ねてきた。以前、図書館で見つけて、子どもたちと一緒に読んだサンタクロースの本は、空から望遠鏡を使って見ている想定だった。これは空から見るなんてできないんじゃないか、という意味にも受け取れた。
「そうだねえ、どうなんだろうねえ」
「家の中にいても、窓から見えたりするかもしれないねえ」
家の中でもいい子にしてもらいたいと思ったので、私はそう付け加えた。

クリスマスイブ前日になった。食料品の買い物にでかけようと外に出るとすぐ、次男と娘がけんかを始めた。最初にちょっかいを出したのは次男だったけれど、娘が大げさに反応して、次男をえいと押した。両方を注意したけれど、止まらない。最初は我慢していた次男も、ぐいぐいと何度も押されるので、耐えかねて押し返した。そんなに強くではなかったけれど、身体の大きさが倍近くある。娘はどんとしりもちをついた。そのまま寝転がって足をばたつかせ、「にいにが押した」とわあわあ泣き叫んだ。
 いつもなら次男は「悪いのはそっちだ!」と怒り出すけれど、少し様子が違った。ぐすぐすと鼻をすすり始めた。
「もう僕のところには、サンタは来てくれない」
声を震わせながら、やっとのことでそういうと、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
私は噴き出しそうになった。同時に、肩を震わせて泣く次男を見て、もらい泣きしそうにもなった。なんだ、まだ本気でサンタがプレゼントを持ってきてくれると信じきっているんだ。疑っていたりなんてしなかったんだ。まだまだかわいいじゃないか。にいにが泣き出したのを見て、娘もびっくりした様子で泣き止んだ。
「大丈夫だよ、ちょっとケンカしたくらいで、プレゼントをあげないにしようって考えたりしないよ。サンタさんは優しいから」
そんな厳しいサンタクロースだったとしたなら、君たちは、これまではもちろんのこと、今後も一切プレゼントをもらえることはないだろう。私は次男をハグして背中をなでた。
「じゃあごめんねをしよう」
まず次男が娘に謝った。
「ごめんね」
「いいよ」
「ほら、にいににも、ちゃんと謝って」
「ごめんね」
「いいよ」

こんな風に自分の行動を振り返ることができるのなら、サンタも悪くないなあと思った。サンタは良心なのだ。だからいつも自分のことを見ている。12月だけじゃなくて、一年中自分のことを見ている。自分に恥じない生き方をしていれば、必ず良いことが起こる。それは誰かと比べて良いかとか、形に残るとかではなくて、幸せを感じることができるのだ。誠実に生きていれば、良かったと思える日が来るのだ。それはクリスマスイブに必ずやってくるとは限らないけれど。
 そして、次男が「サンタが来ないかもしれない」と泣いたことはとても新鮮で、私とも夫とも違う一人の人間に出会えた喜びを気付かせてくれた。毎日の子育てに正直疲れつつも頑張っている私への、少し早いクリスマスプレゼントにも思えた。

 クリスマスイブ当日はとにかく早く寝るように仕向けた。
「サンタは小さい子がいるうちから来るから、早く寝ないと。誰か起きていたら、サンタは他のうちを先に回ろうって思うかもしれない。そうしたら朝に間に合わなくなってしまうかもしれないよ」
とりあえず全員寝室に入れると、子どもたちが出てこないように、夫がさりげなく見張りとなり、私が準備を開始する。宅配の箱から取り出し、準備しておいたクリスマスの袋に入れ、口をそれぞれが好きな色のリボンで閉じ、枕元にそっと並べる。
 きっと朝目覚めてから、大変な騒ぎになるだろう。なかなか朝食を食べないかもしれない。
「箱を開けるのは学校と保育所から帰って来てからだよ」
なんていっても無理だろう。包みを開けたら、おもちゃから簡単に離れることができなくなることは分かっている。仕事に遅刻しないように、明日は早起きしてもらうしかない。

 あと3,4年後くらいなのだろうか。サンタなんて本当はいないんでしょ? と次男が言い始めることになるだろう。そうしたら、サンタクロースは、本当は自分の中にいるということを気づかせてあげよう。サンタクロースに対して恥ずかしくない生き方をしてもらいかったから、それができているなと思ったら、ごほうびとしてパパとママがプレゼントを用意していたということを告白しよう。

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