マンションをよくしたかったら近くの小石を集めてみよう
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記事:吹田ログ(ライティング・ゼミ平日コース)
「え!? こ、このメンバーで乗り切るの!?」
一番はじめに出会った時に、僕が抱いた印象だった。
集まったメンバーは7人。
30代の若者から80歳近いおばあさんまで。期待できるのは40前後の3人か……。
これでこの一年をかけてマンションの大規模改修を乗り切ろうというのだ。先が思いやられる……。
マンションは大概、老朽化を防ぐために大規模なメンテナンスを10数年おきに行うのが一般的である。わがマンションも多分にもれずその時期に入ってきた。今年で築40年にもなる我がマンションは数度の改修を行ってはいるが、事前に調査をしてもらうと劣化はいろんな箇所で始まっていた。
ただ今年その修繕を行わないと更に劣化は進行し、建物の構造にまで影響すると本当に住めなくなるような危機に追い込まれる可能性も出てくる。そんな「瀬戸際のタイミングです」と調査からは釘をさされたのだった。
そんなこともあり理事会ではメンバーを募集した。かなりの金額がかかるであろうこの難局を乗り切るのに、建築分野に明るい方がいないか、あるいは経験者がいないか、50世帯にも満たないこの小さなマンション内の住民からまずは探そうというものであった。
建築関係を仕事にしているものは、まずは僕だった。マンションのデザインはわかるが施工にはうとい、それでもまずは手を上げて参加した。そして建築家だが戸建てしか経験ありませんという女性、設備にある程度詳しいという男性だった。あとは老人が3名、まだ越してきたばかりの若者が1名の計7名の参加だ。うん、建築関係者が三人いればなんとかなると思ったが、みな大規模改修については初めての経験。そういう意味では、素人集団、自分の今まで経験を押し付けるという論法ぐらいしか取れそうもない。この先いろいろとありそうな予感がした。
「こ、これって全部使い切るんですかっ!」設備の男性が怒号をぶつけた。
管理会社の提示した見積りをみて、何を考えているんだと言わんばかりの勢いだった。マンションでこれまで貯金してきた修繕費をすべて使う計画だった。その額数千万も後半、怒らないわけがない。修繕後の10年間の計画を見てもなんだか腑に落ちない、計算上はあっているのだろうが、リスクが大きすぎるのは素人目からしても感じるものだ。みなも憤慨していた。
だがその憤慨は、僕らを意外な行動に奮い立たせた。
管理会社に任せずに、自分たちで大規模改修を全てやってやろうというものだ。管理会社は通常、大規模改修を大きな売上のひとつなので、当然自分たちがやるものだと考えていたためか、かなり仰天したようだ。
しかし僕らの意志は固かった。老若男女のデコボコ集団はそこでひとつの強い一枚岩のようになった。
だがかなりの労力がかかるはずだ。自分たちで施工会社を探したり、会議をたくさん開いたり、住人の意見を聞いたりやることは山ほどある。この労力をかけたくないからこそ管理会社に任せてしまうケースがかなり多いのだ。普通はそこでくじけてしまうのだが一枚岩は強かった。お金がキッカケではあったが、それでは自分たちの思ったメンテナンスとそのよい結果は得られないと僕らは強く感じたのだ。
一枚岩とはいっても何も決まっていないその後の動きには不安はあった。
だがそこにひとつの活路を開いてくれたのは、女性建築家だった。彼女は外部から大規模改修のコンサルタントを信頼できるツテから探してきてくれた。これで適切なアドバイスと計画が第三者の立場から行ってもらえるようになった。かなりの会議数と労力だったが、施工業者と納得の行く契約、メンテナンス内容が提示され。ようやく施工にたどり着いた。
長く住むお年寄りからは過去の改修の経験とアドバイスをもらった。過去には管理会社に任せていたが、その時より遥かに良い内容と金額だということだった。また彼らお年寄りからの意見も多くきいて窓サッシを全て交換することにした。冬は風から冷気がきて冷えることや、開けにくさのことなど、バリアフリーや断熱性について考慮した。
デザインについては僕がアドバイスを行った。張り替える床材や腐食したバルコニーの手摺の交換など見えるところの色決めや形状を決めていく。設備も一新され、照明は全面LED化。今後の計画で順次エレベーターなども更新していく予定とした。若者からは生まれたばかりの子供からの意見を多くもらい参考にすると同時に、施工会社への音の配慮を求めた。そして皆とてもよく動いてくれた。
「すごい全メンバーが機能している!」
それもお年寄りまで……。はじめに感じてしまった思いが恥ずかしくなってきた。
本気になって取り組むと、難しいと思っていたことが、素晴らしい結果を生み出そうとしている!
石ころだと思っていたそれぞれの粒だったけど、集まれば強い意志を持てば大きな一枚岩にだってなれる。そんな思いだ。そこで得たものは大きかった。
ようやくこの冬の前に大規模改修は終わった。
LED化とサッシの断熱化によって、かなりの電気代が節約された。なにより部屋内が寒くなくなった。ほとんど暖房をつける必要もないほどだ。バルコニーへの出入りもスムーズになり、お年寄りからも講評である。遮音性能も上がり、赤ん坊もよく眠れるようである。
だが何より、僕らが得たものは、マンションの住民の一体感であった。それはマンションというハードだけではなく、人と人とのつながりというソフトの部分までもが一新されたということだ。みな大規模改修の結果に感謝しているが今後このマンションでよかったと気づくのは、この住民同士のつながりではないかと思う。
意気投合した今では一緒に飲みに行くほどである。ご近所づきあいが希薄になってきたこの世の中ではあるが、なんとも微笑ましいコミュニティが育ち始めているのではないだろうか。赤ん坊からお年寄りまで多様な人がいるマンションでこんなことは、かなりまれなのではないだろうか。世代交代はこれからも進んでいくが、この小さなつながりを大事にしていこうと思う。
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