メディアグランプリ

外国人に「行きます」「来ます」「帰ります」をどう教えるか


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記事:廣升敦子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 

「行きます」
「来ます」
「帰ります」

日本語学校に入学した外国人が、はじめの段階で学ぶのが、この3つの動詞だ。

「それって、Go、Come、Go backでしょ。チョロい、チョロい」
日本語を見くびりすぎていた。当時の私を、分厚い辞書でぶん殴ってやりたい……。それほどまでに、「使えて当たり前」という思い込みは、傲慢さを生むと痛感している。

いま、日本で日本語を学ぶ留学生や技能実習生などは、およそ20万人いるといわれている。
その多くの受け皿となるのが日本語学校で、指導するのが日本語教師だ。

日本語教師になるには、いくつか方法がある。

日本語教育能力検定試験に合格するか。
大学で日本語教育に関する専攻を修了するか。
はたまた、文化庁のガイドラインに沿った420時間のカリキュラムを受講するか。

人に管理されないとなかなか勉強できない私は、民間の専門学校で420時間を学ぶことに決めた。

所詮、日本語だ。
小学校から学び直すようなもんだろう。

そんなふうにナメてかかったのが、間違いだった。
模擬授業の1回目で、見事につまずいたのだ。

授業の当日、私は意気揚々と専門学校の教壇に立った。
学校や家、病院などの写真を印刷し、ラミネート加工してホワイトボードにペタンと貼る。そして、紙で作った人形を手に、生徒役になった同級生を見渡した。

「私は、学校に行きます」
「家の写真」から「学校の写真」に向かって、右に人形を動かす。

「私は、家に帰ります」
今度は、「学校」から「家」に向けて、左に人形を動かす。

すると、韓国人になりきった同級生が、憎たらしいほどたどたどしい日本語で質問してくるのだ。

「家に『行きます』では、ナイデスカ?」

うむぅ……。
質問は、全く想定してなかった。
そんなこと、聞いてくるなよォ。

「えーっと、えっと……。家は、『帰ります』です」
事前準備を怠っていた私は、苦し紛れに、説明になっていない説明をした。

「Go」や「Go back」と言えば済むのだが、生徒の母語は英語に限らない。そのため、日本語学校では、英語や中国語など特定の言語を媒介としてはいけないというルールがある。しかも、生徒は日本語を習いたての外国人という設定なので、「主語」や「場所」などの説明をしても、全くちんぷんかんぷんだ。

私は、しどろもどろになっていた。
すでに、「あわわわ」という声が出ていた。
それでも、その同級生は、引き下がらない。
さらに、質問を重ねる。

「家は『帰ります』で、学校は『行きます』ですか」
「図書館は『帰ります』ですか、『行きます』ですか」

ううう、そうなのか。
いや、そうじゃない。
結局、うまく説明できずに時間は過ぎてしまった……。

肩を落とし、席に着く。
今度は、生徒役に交替だ。

一方、次の教師役は、さっき質問してきた同級生だ。

「私は、いま、うちにいます」
「私は、いま、うちにいます」
足踏みをし、正面を向く。
いま、「自分のうち」にいることを強調しながら。
すると、教室中が、彼女に引き込まれた。

そして、彼女は、教壇の右から左へと歩き出す。
「学校に行きます」

一呼吸置く。

「うちに帰ります」
今度は、右に戻る。
ホワイトボードには、ぐるっと円を描くように、矢印を書いた。これで、元の場所に「戻る」という意味がすっと頭に入ってきた。

なるほど。
ぐうの音も出なかった。

その彼女は、憎たらしいほど、よく勉強していた。

「私も、相手がどこまで分かっているかが、分からなくなるんです。なので、教科書どおりやりながら、知り合いの外国人にチェックしてもらってるの。すると、あぁ、私の言葉は本当に伝わってないんだなとガッカリするんですよ」

私は……。

外国人のことを何一つ想像していなかった。
教える言葉や教材ばかりに気をとられて……。

これまで、何度も自分に言い聞かせてきたのに。
ものを伝えるには、まず相手を知ることだ、と。

「相手がいま、どこにいるか」
「相手がいま、どこまでわかっているか」
相手の立ち位置がわかってから、ようやく話はスタートできる。
けれど、相手の立ち位置を知らないままに、あちこち話題をふっては……。相手が全くついていけなくなるのは、当然のことだ。

伝えるには、P(Plan:計画)→D(Do:実施)→C(Check:評価)→A(Action:改善)のプロセスだけでは足りない。

R(Research:調査)が必要だ。

実施する前に、相手と自分の立ち位置をじっくり観察する。
すると、調べることや準備することが、山ほど見えてくる。

そして、「知らない」という謙虚さがあれば、自分のことがよく見えてくる。
その時こそ、成長のチャンスだ。

指導計画を書き終えた私は、リビングに響き渡る声で練習をはじめた。
架空の生徒が、そこにいると想像しながら……。

 

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2018-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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