メディアグランプリ

もしフィギュアスケートにルールが何もなかったら


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記事:礼太(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
ひどい風邪で、会社を休んだ。病院から帰って家のテレビをつけると、ちょうど五輪のフィギュアスケートをやっている。次の句会も近いし課題の句でも考えようかな、と思っていたが、まだ頭もボーっとしているし、日本の選手も間もなく登場するようだったので、ひとまずテレビを見ることにした。
 
僕は、フィギュアスケートにあまり関心がない。なので、選手もほとんど知らないし、前もって時間を調べて競技を見るようなこともまずない。競技を見ても「力強いなあ」とか「きれいなジャンプだなあ」といった幼稚な感想しか出てこない。おそらく、表層的な楽しみ方しかできていないのだろう。
 
そもそも、僕はフィギュアスケートの競技ルールを全然知らない。競技を深く味わっている感覚に乏しいのも、プレイヤーがどのような制約を受けながらパフォーマンスをしているのか分からないからだろう。
 
実際、フィギュア観戦を大いに楽しんでいるように見えるフィギュアマニアの友人らと話すと、決まってルールの話が飛び出してくる。たいていは、ある選手のあるパフォーマンスのすごさについて、熱心に説明をしてくれるときだ。友人らによれば、フィギュアスケートでは、演技する空間の広さや時間の長さは勿論のこと、ジャンプやスピンを一回の演技で何回ずつ行なうのかも、プログラムごとに決まっている(それより回数が多くても少なくても減点されてしまうらしい)。さらに、ジャンプ三回のうち一回はアクセルで一回はコンビネーションで一回はステップからのソロジャンプ、アクセルで三回転半を飛んだら他のジャンプで同じ三回転半アクセルは使えない、という具合に、それぞれの技術要素にも決まりごとがあるというから、相当に複雑なルール体系だ。
 
一見、のびのびと自由にプレイしているように見える選手も、決して勝手気ままにパフォーマンスを繰り広げているわけではないのだ。すべてのプレイヤーは、競技ルールという共通の制約に縛られている。その中で、独創的なパフォーマンスをいかに繰り広げていくか。それこそがゲームであり、気取った言い方をすればそれがゲームの「美学」なのだと思う。
 
「縛られている」などと言うと、何か良くないモノのように聞こえるが、実はその制限があるからこそ競技は「楽しめるゲーム」として成立している。ルールという不自由な制約はゲーム参加者の闘志を刺激し、参加者に工夫する喜びを与えてくれる。競技を見る側として、ルールを理解していた方が観戦が面白くなる理由も、まさにここにあるだろう。
 
もし時間も空間も際限なく使えて、どんな技術要素を何度使っても(使わなくても)いいフィギュアスケートがあったとしたら、どうだろう。滑る人は自由を満喫することはできるだろうが、それ以上の興奮は生まれなさそうだ。そこには、スポーツ競技の醍醐味もなければ闘志も存在しない。もはや、ゲームではない。
 
こうした話は、フィギュアスケートばかりでなく、どのようなスポーツ競技にも当てはまる。どのような「ゲーム」にも当てはまる、と言ってもいいかもしれない。制約がプレイヤーを奮い立たせる。制約があるから楽しめる。サッカーは、手が使えないから面白いし、バスケットボールは三歩以上歩けないから面白い。ボウリングはレーンの中に入っていけないから面白いし、ボルダリングは石が固定されているから面白い。山手線ゲームだって、山手線の駅名という「しばり」があるからこそ、あそこまで盛り上がる。
 
その意味では、俳句も同じだ。五・七・五という恐ろしく狭いフィールドの中で、その季節の季語をかならず一つ使って、韻や切字まで考えて句を作らなければならない。「俳句はルールが多くて大変そう」とよく言われるが、たしかに決まりごとは随分と厳しい。しかし、だからこそ面白いのだ。極限まで狭く区切られた枠の中で、限られた季語を使って、どうやって自分らしい良句を詠むか。制約の中でこうでもないああでもないと四苦八苦する過程自体が、俳句の醍醐味だ。その意味で、俳句はゲームと言っていいのだと思う。
 
そうだ、句を作るんだった。羽生結弦選手の演技が終わり、うっとりしながらお粥を食べていた僕は、はっと思い出した。この圧巻の滑りを何とか句に詠めないだろうか。「氷」は冬の季語だから使えないな。妖艶さを出せる季語がいいけど何があるだろう。氷が削られる音を詠んだらどうかな……。そう、こんな試行錯誤が、今の僕には最高に楽しい。
 
 
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2018-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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