痴漢に対するグレートなチームプレー
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記事:高之瀬暁子(ライティング・ゼミ平日コース)
「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ」
わざとらしくそむけられた顔に、私が怒りをこめてつぶやくと、酒に酔った目をした中年男は一瞬たじろぎ、そんなこと言ってると、男にモテねえぞ、と吐き捨てて、私から離れて行った。
それは夏に近いある日の20時頃、帰宅ラッシュで混雑した特急電車の中での出来事だった。長座席の前で文庫本を読みながら立っていた私は、電車が発車してから数分後、ジーンズのお尻の不自然な感触に気が付いた。中学生の頃から電車通学をしていた私には、痴漢など慣れっこなので、立ち位置を少し変え、持っていた鞄でブロックしただけで、そのまま本を読み続けた。しかし、不自然な感触はその後もしつこく追いかけて来て、……カッとなっての冒頭の発言であった。
痴漢が去って、やれやれとまた私は本に戻り、しばらくすると、人垣の向こうで、若い女性の大きな声がした。
「ちょっとあなた、何してるんですか。触らないでください。やめてください」
ずいぶんと、上品な叱責だ、私よりも。さっきの痴漢が、新たな女性をターゲットにしたようだった。懲りないやつだ。離れていて様子は見えないが、何やらもめている。
そうこうするうちに、特急電車が次の駅に到着し、ドアが開いた。すると、件の女性が、気丈な声で痴漢に迫っている。
「あなた、降りてください。痴漢したでしょう。降りてください」
女性の連れと思しきもう一人の若い女性が、ドアの戸袋部分を手で押さえて、ドアが閉まらないようにしながら、プラットフォームに身を乗り出して、駅員さーん、と叫んでいた。私はその駅が降車駅だったので、プラットフォームに降り、様子を伺った。周囲の乗客もなんだどうしたと、同じように様子を見ている。少し離れたところにいる駅員が、こちらに向かって走って来る。しかし、痴漢は降りない。女性が痴漢の手を引っ張って降ろそうするが、痴漢はドア付近の手すりにつかまって抵抗し、女性の力では降ろすことができない。
すると、一人の若い男性が、痴漢に近づいて胸倉を掴み、あっという間にプラットフォームに投げ飛ばした。一瞬のことだった。プラットフォームに倒れこんだ痴漢には、けがもないようで、何をするんだと若い男性に怒鳴るが、男性は「なんじゃ文句あんのか、コラ」と、麗しい巻き舌。男性は、先ほど車内で私のすぐ横に立っていた人だった。
駅員はすぐに応援を呼び、痴漢に駅員室に行くように促した。先ほどの女性とともに、私も被害に遭ったと伝え、私も同行することになった。巻き舌の男性は、私たちの口々のお礼の言葉にも目もくれず、もう大丈夫と状況を判断したのか、ふいっとその場を離れて行った。痴漢が投げ飛ばされる様子を見ていた駅員は、もう一人の駅員に、一般人ではなさそうだから、と言って巻き舌の男性が去るに任せた。
駅員室に連れて行かれた痴漢は、「まあさわっちゃったのは、悪いんだけどさぁ」などと、明るく痴漢行為を認めていたので、話は簡単そうだった。ほどなく到着した警察官とともに、私は人生で初めてパトカーに乗って警察署に行った。淡々と起きたことを話して調書が作られ、連絡先を残して、警察署を後にした頃には21時半を回っていた。後日、弁護士から連絡が来て、示談に応じ、5万円が振り込まれたことで、本件は終了となった。
ちなみに事件のあった日、帰宅してから母親に顛末を話したところ、「痴漢に遭ったなどというのは、恥ずかしいことだ」などと言われたのが、このレベルの痴漢は屁のかっぱな私にとって、その日最も不愉快な出来事であった。ちなみに駅員さんや警察からは、二次被害と思われるような対応はなかった。
これは何年も前ではあるが、実際に痴漢を捕まえた本当の話だ。日本で混んだ電車に乗る女性の大半と同様、私もこれまで無数の痴漢に遭ってきたが、犯人を捕まえることができたのは後にも先にもこれ限りである。なぜか。この事件には、たくさんの協力者があったのだ。
同じ被害を訴える女性が他にいて、一緒に訴えたため、痴漢犯罪の有無が疑われることがなかった。また、巻き舌の男性が痴漢の逃亡を防いでくれ、連れの女性が、電車の発車をブロックしつつ、駅員を呼んでくれた。このチームプレーがあってこそ、捕まえることが出来たのだ。
実際のところ、こんな幸運が重なることはまずないので、痴漢を捕まえるのは、普通はなかなか大変だ。もし近くで痴漢が発生していたら、巻き舌の男性のように、あるいは連れの女性のように、ぜひとも協力してあげてほしい。
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