メディアグランプリ

缶ビールを本に持ち替えたら、動物の声が鳴きやんだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ユウキビート(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「おい、やるべき仕事が全然進んでないじゃないか。このペースだと目標期日には逆立ちしても間に合わないだろうな」
 
いじわるな顔つきのラクダがいう。
 
「うるさい! これから猛烈に追い上げるんだよ!」
 
僕はいらいらしながら反応する。きっと眉間にしわが寄って見るに耐えない表情になっているだろう。
 
「ねえねえ、スキルアップのスピードが遅いんじゃない? 憧れている人たちはこうしている間にも成長してるのよ。このままじゃ一生彼らには追いつけないよ?」
 
今度は黒ネコが口をひらいた。馬鹿にしたような眼差しをこちらに向けている。
 
「わかってるよ。いろいろあるんだからしょうがないだろ!」
 
やけくそで包んだ言い訳を投げ返す。
 
「なあ、もう気張っても仕方がないんじゃない? いっそ楽な方に逃げちまえばいいじゃない。今やってること、放り投げちゃえよ」
 
退屈そうにあくびをしながら、ヤギが言った。
 
「……」
 
ああ確かに。逃げてしまえば楽なのかなぁ。
 
これは僕と、僕のなかの動物たちが日常的に繰り広げている言い合いだ。
 
頭のなかに動物が住んでいる。彼らは毎日、ことあるごとに現れては嫌な鳴き声でわめき続ける。感情の泉を占拠して、自尊心の庭を踏みらしてにやにやと笑うのだ。
 
奴らが現れるパターンは決まっている。
 
NewsPicksで最先端の働き方をするかっこいいエンジニアの記事を読んだとき。デキるビジネスマンの時間管理術について書かれたコンテンツを見かけたとき。SNSのタイムラインから流れてくる、すごい文章、面白い記事をクリックしたとき。そしてそのリツイート数に恐れおののいたとき。またはFacebookで友達がテレビの取材を受けたと知ったとき。それに対して「いいね!」をしながらもいびつな嫉妬を感じたとき。自分の仕事が思ったような評価をもらえたなかったとき。
 
こんなとき、ひょっこりとまずは一匹、動物がつぶやく。
「世の中にはすごい人がいるもんだな。お前と同じ人類とは思えないな」
などと言いだす。にたにたと笑って、場合によってはよだれを垂らしているときもある。
 
黙れ。うるさい。
必死に鳴き声を封じ込めようとするけれど、あいにくすぐに次の動物がやってくる。
 
「昔から意志が弱かったもんなあ、お前は」
こうなると手に負えない。僕の悪口をつまみに、悪くて愉快な動物たちの晩餐会が始まってしまう。
 
「前の会社ではこんな失敗をしてたよな」
「それをいったら学生時代もさあ……」
 
鳴き声をかき消すために焦って仕事を進める。家事や育児を、まるでごみでも捨てるみたいに片付ける。
 
しかし声を気にしながら進めた作業が捗るわけもなく、奴らは一向に鳴きやまないのだった。
 
奴らの声から逃れるため、僕がすがっていたのは缶ビール。
プシュッ、ゴク、プハーッのコンボは一時的に動物たちの声を遠ざけるのだ。
僕はあいつらのうるさい囁きから逃げたい一心で、毎晩のように酒を煽った。ときには飲んだ状態で仕事することもあった。
 
ビールやハイボールは、確かに特効薬だった。動物たちの声はぴしゃりとシャットダウンされる。
 
しかしそれはほんのわずかな時間しか効果のない魔法のようなもので、翌日になると必ず、動物たちの鳴き声は大きくなっているのだった。しかも飲んだこともチクリと攻撃してくる。
 
「人生の大事な時間を晩酌に費やしたのか。その時間で他にできることがあったのに」
 
一体いつまでこのコントみたいなやりとりを続けていくのだろう。
 
ひとつだけ確かなこと。奴らはお酒ではやっつけられない。酔っているときに声が聞こえないのは、思考が麻痺しているからにほかならない。決して奴らが鳴き止んでいるわけではないのだ。
 
ぼくは作戦を変えてみることにした。
晩酌に使っていた無駄な時間をなにか生産的なことに使おう。
ランニング? 筋トレ?
どうせなら好きなことがいい。そうだ、本を読もう。読まずに積んである本の山を一冊ずつ片付けていこう。
 
思い立ったその日から、僕は缶ビールを本に持ちかえた。
毎晩1時間だけ強制的に読書の時間を設けたのだ。お風呂で小説を読んだり、ご飯を食べながらビジネス書を読む。
 
なんだかたったそれだけのことが、とても贅沢に感じられた。
 
言葉や文章が気持ちよく重なってゆく。まるでテトリスのように、言葉がくぼみにはまってネガティブな感情を消去する。
 
すると不思議なことがおきた。あれだけ毎日わめき散らしていた動物たちが、ぴたっと鳴きやんだのだ。
 
いじわるなラクダも、退屈そうなヤギも姿を見せない。黒ネコも引っ越したらしい。
 
寝つきがよくなり、睡眠の質が改善されたからか朝の仕事が捗った。日差しが気持ちよく感じられ、頭はクリアに冴えわたる。酒を飲まないから食べすぎることもないし、揚げ物もいらない。
体調がいいって素晴らしい!
 
そう、なんてことない。
毎日鳴いていた動物たちの正体は体の悲鳴だった。体調の悪化が精神の絶不調も引き起こしていたのだ。
 
飲み疲れが産んだ動物たちは読書によって鳴き止んだ。
これからも缶ビールより本を多く手にすれば、もうあいつらの声を聞くことはないだろう。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/47691

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-03-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事