プロフェッショナル・ゼミ

置き去りにしたパートナーは忘れた財布を届けることで返ってくる《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:べるる(プロフェッショナル・ゼミ)

「……え!? ない? ない!」
さっきまで持っていた、リュックがない。
いや、ないはずはない。でも、背中にはないから背負っていない。膝の上にもない。隣の席にはお土産の袋だけ。足元には何もない。上の荷物置きには何もあげていない。
やっぱりない。ない。ない!

どうやらリュックをどこかに置いてきてしまったようだ……。
今私は東京駅発名古屋行きの新幹線に乗車して、間もない。じゃあどこに……と記憶を辿ると、駅の待合室のイスに座った時、リュックを置いてそのままにしてきた、ような気がする。車掌室を探し、忘れ物をした旨を伝えると「探してから連絡しますね」と言われたので、座席に戻る。

はぁぁぁ。……やってしまった。
貴重品はショルダーバックに入れていたので、まだよかったけれど、リュックには洗濯してない下着が入っている。今日の朝一で実家を出たから、家に帰ってから洗濯しようと思っていたのだ……リュックの底の方に入れたけれど、それを置いてきてしまったかと思うとたまらなく恥ずかしい。あぁぁぁぁ、早く見つかってー! 服でパンパンになっているリュックに貴重品なんて入ってないから、誰も開けないでー!

でも、私には絶対にリュックが返ってくるという確信があった。

何故なら、学生時代に3回程財布を落としたことがあるけれど、いずれも無傷で戻ってきたという経験があるからだ。1回目はショッピングモールで落として、店員さんが拾ってくれていた。2回目は道端で落として、来た道を辿るとそのまま落ちていた。3回目もスーパーで落とし、サービスカウンターに届いていた。大した金額ではないけれど現金もキャッシュカードも保険証も免許証も無事だった。
そしてそれは、今まで、拾った財布を必ず届けてきたからだと、思っている。

高校生の時、コンビニのトイレに入った時のことだ。財布が置いてあったので店員さんに「トイレに財布がありましたよ」と言って届けたことがあった。次の日バイトに行くと店長が「昨日さ、友達が○○町のコンビニのトイレに財布置いてきちゃってさ~。そしたら、届けてくれた人がいるんだって! 信じられないよねー! 10万も入ってたんだって」と話しかけてきた。「○○町のコンビニですか? それってたぶん私です」と言うと、店長と奥さんは「えええええー、あなただったの!! 信じられない!」とすごく驚いた。何でそんなに驚くのだろう? と思っていたら「その状況でお金を取らないってことが信じられない! 友達も絶対にないだろなと思ったら、店員さんが預かっていてびっくりしたって言ってた」と言うではないか。私にはそっちのほうが驚きだった。財布を届けない人がいるとは!! しかも店長夫婦は至って善良な人たちだ。それなのに、財布を届けないというのか……。店員さんもきちんと預かってくれていてよかった。次からは、店員さんじゃなくて交番に届けよう。
そりゃお金は欲しいことは欲しい。でも、私が取ったってバレるのが怖いから、やっぱり取ることは出来ないだろうな。それに財布をなくした人も困っているだろうし……とか考えてしまう。善良な訳ではなく小心者なだけだ。いい事をしたんだろうけれど、なんとなく自分の小ささにがっかりした。

だけど、あれから3回も財布を落としたのに、いつも自分の手元に返ってきたのは、あの時財布を届けたからだと思っている。誰かにしたことは返ってくる。小心者でもいい。財布を届けてよかった。そう思ってる。

だから、貴重品が入っていないリュックが返ってこないわけないだろう、と思うのだ。

「見てもらったんですけどね。なかったみたいです」
なのに、車掌さんにそう告げられた。リュックをなくしてから30分程で待合室を見てもらったのになかったということは、きっともうないんだろうな……。誰かにどこかに持ち去られてしまったんだな……。

ショックだった。

貴重品が入っていなかったとはいえ、リュックと、中に入っていた着替え、洗面用具、本を新しく買うとなると……2~3万円はかかりそうだ……。
もう、あのリュックは返ってこないのもしれない。貴重品が入っていないと分かってどこかに投げ捨てられているかもしれない。
でも、仕方ない。もうリュックは返ってこないのだ。
そうは思うのだけれど、どうしても気持ちが切り替えられない。新幹線に乗っている間、ずっと落ち込んでいた。私は何でこんなに悲しいのだろう。

リュックを置いてきてしまった、自分のだらしなさに対してだろうか。絶対に返ってくると思っていたのに、もう返ってこないと分かったからだろうか。それとも、新しくリュックを買うのにお金がかかるから、なのだろうか。

「あ、これ、同じリュックだ……」
最寄り駅について雑貨屋さんに立ち寄ったとき、置いてきてしまったリュックと同じリュックが偶然あった。それは、新しくてキレイなリュックだった。私のリュックではなかった。

あのリュックって、ずいぶん色が薄くなっていたんだね。

新しいリュックと比べて、使い込んで色褪せていることに気が付いた。色褪せたのではないのかも。息子がジュースをこぼして水洗いしたから、色が落ちたのかもしれない。娘が書いたペンの後が消えなくて、水洗いしたこともあったっけ。水洗いできるリュックって便利! って思っていたけど、色は落ちてしまっていたんだね。知らなかった。

その時私は、置いてきてしまったあのリュックに、沢山思い出が詰まっていることに気が付いた。息子が歩くようになってから使っているリュックは、いつだって子どもと出掛ける時に使っていた。汗だくになりながら公園で息子を追いかけている時もリュックを背負っていた。娘と2人でバスで初めて出掛けた時もリュックを背負っていた。母が末期がんになって余命わずかと言われてからは、1人で帰省するときも使った。あんなときも、こんなときも、ずっと一緒だったんだね。

私は昔、かばんを持つことがあまり好きではなくて、いつも財布だけを持ち歩いていた。そうしたら3回も財布を落し、友達から「かばんを持ちなよ!」と注意をされたので持つことにしたのだ。すると、財布を落すことがぴたりとなくなった。私にとって「かばん」とはただの財布を入れるものであり「物を運ぶだけのもの」だった。
だけど、私にとってあのリュックは「ものを運ぶだけのもの」ではなかった。当たり前すぎるぐらいに使い勝手がよくて、思い出が沢山詰まっていて、いつだってお出かけの時は私と一緒にいる「パートナー」だったのだ。

私がずっと悲しくて気持ちが切り替えられなかったのは、自分のだらしなさでも、絶対返ってくると思ったのに返ってこなかったというショックでもなかった。
「パートナー」を置き去りにしてしまったことが、悲しかったのだ。

私は失恋すると引きずるタイプで、なかなか切り替えられない。新しいリュックを買わなければ不便だけれど、当分新しい「パートナー」を迎える気分になれなそうである……。

だけど、数日後、私は「パートナー」と再会することが出来た。
待合室で置き去りにされたまま、夜中までそこに居続け、忘れ物や落し物を探して回る係りの人に発見されたらしい。私が「ない!」と気付いて見てもらった時には、係りの人に気付いてもらえなかったようだ……。
でも、とにかく無事に返ってきてよかった。まだ洗っていない下着も誰にも見られることなく無事だった。さすが私の「パートナー」である。

落し物が本人に返る確立がどれぐらいのものなのか、私には分からない。
だけど、私は誰がなんと言おうと「パートナー」が返ってきたのは、今まで拾った財布を必ず届けてきたからだと、思っている。

拾った財布を届けたら、落した財布や置き去りにした「パートナー」が自分の元に返ってきてくれる。自分のものにしてしまうより、ずっとずっとずっと素晴らしいことが、めぐり巡って自分にやってくると、私は信じているのだ。

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