プロフェッショナル・ゼミ

風船よりも大切なもの《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

ひこにゃん、くまモン、バリィさん……。『ゆるキャラ』というジャンルが台頭してきてからもう数年が経つ。年に一度開催されるゆるキャラグランプリで一位を獲得した彼らはメディア露出やイベント出演も多く、全国的に認知度は高いだろう。

だけど、私がまだ子供だった頃、今のように沢山のゆるキャラは存在していなかったし、いわゆる着ぐるみを見かけることも少なかった。当時の着ぐるみはイベント会場やテーマーパークでちらほら見かける程度で、個性も無いただの動物であることが多かった。そして、着ぐるみの“ガワ”のクオリティは今と比べると格段に低かった。全体のサイズのアンバランスさ、取って付けたような作り笑顔、こだわりの見られない“ガワ”に使用する素材がそれを際立たせていたように思う。

私と着ぐるみとの出会いは、地域で開催されていたミニ運動会に参加したときだ。

両親に連れられて会場にやってきた私は奥にあるグラウンドを目指して歩いていた。道の両脇にはイベントにかこつけてバザーやちょっとした屋台なんかが出店されており、賑わいをみせていた。その道を抜けた先で、私は色とりどりの風船を持ったウサギの着ぐるみに遭遇したのである。

なんか……気持ち悪いし、怖い。

私が抱いた第一印象はこれだった。首から下のサイズは成人男性くらいなのに頭だけ異様に大きなその姿は新種の生物のようだったし、生気の宿っていない目をしてぼーっと佇んでいる様子は不気味に見えた。風船というメルヘンなアイテムはその様子に不釣合いで一層不気味さを増していた。
私はウサギを凝視したままその場に固まっていると幸か不幸か、私はウサギの目にとまってしまった。数メートル先で固まっていた私のところへ風船を持ったままゆっくりと近づいてくるその様子はジェイソンがチェーンソーを持ってひたひたと近づいてくる、そのくらいの恐ろしさがあった。そしてそっと差し出された風船をビクビクしながら受け取った。風船がもらえるのは嬉しかったのだが、近くで見るとやっぱり少し怖かった。

第一印象はあまり良いとは言えなかった着ぐるみとの出会い。数年後、あるアルバイトで着ぐるみと関わることになるなんてこのときは夢にも思わなかった。

「お願い! 来週の土曜日だけでいいから!」
姉に懇願された私は1日だけ助っ人としてアルバイトをすることになった。そのとき私はまだ大学生に成り立てで、アルバイトなんてしたことがなかった。一方で登録型の派遣アルバイトをしていた姉がどうしても人が足りないということで私に声をかけてきたのである。紹介かつ1日だけの雇用ということで形だけの軽い面接を受けた。そして私に与えられた仕事は“着ぐるみの補助”だった。

大型家電量販店で休日に『着ぐるみと一緒に写真を撮ろう』というイベントが開催される。その時に出演する着ぐるみが一人で歩くのが困難なため、イベント場まで導いていくというのが私の仕事だった。朝10時から17時まで数時間ごとに売場への出入りを繰り返すのである。すっかり大人になった私はもう着ぐるみを怖いと思わなかったが、何となく苦い記憶が蘇ってきた。

派遣会社の担当者からは
「駅の改札で“中の人”と落ち合い、2人で電気屋さんへ向かってください。“中の人”はベテランなので当日の動きはその場で聞いてくださいね」と言われていた。
連絡先も知らない見ず知らずの相手に駅で上手く会うことができるのだろうかと不安に思った私は待ち合わせ時刻の10分前から携帯を握りしめ、改札を通り抜ける人を観察していた。すると
「久保さんですか?」と後ろから声がした。
「はじめまして。今日、“中の人”をします三島と言います。よろしくお願いします」
そう丁寧に頭を下げる女性は私が想像していた中の人のイメージと違っていた。
着ぐるみはきっと重たいだろうし、着て歩くのも一苦労だろう。だからてっきり、ザ・運動部の体育会系のような力強い人が来るのだと思っていた。しかし三島さんは華奢で小柄で、容姿の整った可愛らしい女性だった。

三島さんについて入館手続きを済まし、控室に入る。そこで私は電気メーカー指定の制服に、三島さんはサルのキャラクラーの着ぐるみに着替えることになっていた。置かれてある着ぐるみを見ると、独特の不気味さは無く、あの日出会ったウサギに比べるとずっとマシだと思った。
「あとは時間どおりに出て来てくださいね。よろしくお願いします」
メーカーの担当者が出ていくとほぼ同時に三島さんは慣れた手付きで着ぐるみを履き始めた。
「よく入ってるんですか?」
「はい! 私は着ぐるみ専門なので。……といっても希望しているんですけどね」と三島さんは可愛い笑顔でそう答えた。
着ぐるみ専門……?
疑問が浮かんだが、もう間もなく第一回目のイベントの開始時刻だ。私は慌てて指定のスカートを履いた。

「久保さんは今日が初めてだということで、ざっくり説明させていただきますね。30分売り場に出て1時間休憩。それを繰り返します。売場ではメーカー担当の方がマイクで着ぐるみが来たことを言ってくれるので、久保さんは大々的な呼び込みはしなくて結構です。私が後ろから子供に突かれそうになったり、人に囲まれたりしたときには助けてくださいね。あとはゆっくり歩いて手を引いて、またもどって来る、の繰り返しです」
その後、サルの頭を二人で持ち上げ、三島さんに装着し、私達は現場へと向かった。

従業員出入り口からイベントスペースに歩いていく道すがらだけでもサルは注目を浴びた。
「うわ、なんか歩いてるよ!」「おサルさんだ~!」
といった声が聞こえてくる。その声の方向に対して三島さんは手を振ったり、ポーズをとったり、できる限りのサービスを行っていた。
そして現場に着いてからもサービス精神旺盛なサルとして順番に写真撮影に応じていた。他にも、ダダを捏ねている子供を見つけては近づき、人差し指でツンツンとちょっかいをかけて興味をひいたり、自分の前を横切るおじいさんおばあさんにはゆっくりと近づき、一緒にゆっくり歩いてみたりと三島さんもといサルを見ているだけで楽しい気持ちになれた。

そうこうしているうちに30分が経ち、私はサルの手を引いて裏へと戻った。

裏に着くなり「すみません。頭を取るのを手伝ってもらえますか」と中からくぐもった声が聞こえた。慣れない手付きで頭を取ると、軽く雨に降られたかのような少し湿った女性がそこにいた。「暑いですね~」と言いながらガワを半分脱ぎ、汗ふきシートで体中を丁寧に拭き、うちわでパタパタと扇ぎながら休憩をする三島さんはすっきりとしており、疲れている様子が一切感じられなかった。
「あの……着ぐるみ専門って言ってましたけど、専門ってどういうことですか?」
こんなに汗をかいて大変な思いをしてまでわざわざ着ぐるみに入る理由を聞いてみた。すると彼女は笑いながらこう答えた。
「着ぐるみってね、奥が深いんですよ。面白そうだからやってみようと思って、初めて“中の人”をしたその日、今日の私達とは逆で手を引く人がベテランさんだったんです。一回目が終わって戻ってきたらその人にかなり怒られたんです。あなたは人形じゃないのよ! って。突っ立っているのはNG。着ぐるみは必ず動き続けなければならないんですって」

確かに先程の彼女の様子を思い出してみると、ひたすら動いていた。ポーズをとったり、その場で足踏みをしているだけで、“生き物感”がちゃんと出ていた。

「出たり入ったりを繰り返しているうちに、どう近寄って行けばその人が笑顔になってくれるのか、はしゃいでくれるのがわかるようになってくるんですよ。自分の工夫次第でみなさんが喜んでくれるってすごく奥が深いなって。私が汗だくになりながらとった行動が反応として返ってくるのが面白くて……」
それを続けるうちに“中の人”が癖になり、派遣会社に“中の人”の仕事をどんどん回してもらうように頼むようになったそうだ。

「さぁ、次の30分もがんばりますよ! ……ということですみませんが、着るのを手伝ってもらってもいいですか?」
少ししっとりとしたサルの“がわ”を協力して引っ張り上げ、次の出演に向けて準備を始めた。

三島さんはこの日、一度も手を抜くこと無く、仕事を終えた。
彼女は風船なんてメルヘンなアイテムを使わずに人々を喜ばせることができるのだ。きっと今日だけではなく毎回、汗だくになりながら外の人を一人ずつ笑顔にしているのだろう。

子供の頃、着ぐるみが苦手で怖かった。中に人が入っていると知らず、奇妙な生物だと認識していたからこそ恐怖が倍増していたのだろう。しかし、大人になるにつれて純粋な心を失い、現実を知った。中の人の存在に気づいた途端、びくびくしていたのがバカバカしく思えたことだってあった。だけど大人になって、三島さんに出会えてよかった。外の人のために一生懸命に知恵を絞る“中の人”。大切なのは“ガワ”ではなくて“中”なのだ。目に見えるものが全てでは無い。裏側には隠れた努力が存在するのである。

三島さんと一日を共にしてから約10年。あれから三島さんには会っていない。
今でも電気屋さんで着ぐるみを見ると、中に入っているのは彼女だったらいいのに、そんなことを考えてしまう私がいる。全着ぐるみの“中の人”が彼女になれば、大げさかもしれないけれど、世の中はもっと、笑顔であふれると思う。

***

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