田舎暮らしはマサイ族への道
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記事:たつ(ライティングゼミ・ゼミ朝コース)
「視力あがってますね」
「ほんとうですか??」
「ブルーベリーを食べたわけじゃないのになぁ……」
とある秋の健康診断での出来事である。
私は5年前に東京からいわゆる「移住者」として高知県という
過疎化の先進地に移住してきた。
その高知県の中でも日本最後の清流として有名な四万十川が流れる町に流れ着き、地域の事業にかかわる仕事をしている。
そんな田舎でも会社などに所属していると、当然健康診断なんかを受けることになるわけだが、移住してから3年ほどが経過したころを境にして変化が自分に訪れることとなる。
きっかけはふとした気づきだった
目を細めて本を読むことが少なくなった気がした。
「あれ、なんか表情がやさしくなった?」と言われることも。
しかし、そこまで自覚するようなことがないため特に気にすることなく田舎暮らしを満喫していたところ、秋ごろに行われる毎年恒例の健康診断に決定的な出来事がおきる。
そう、「視力が上がっていたのだ」
しかも、右目1.2→1.5なのはともかく左目0.3→0.6に!!
小さい時からなぜか左目の視力が少し悪かった。
その原因不明もよくわからないため、そのままで過ごしていたが、最初は右目とあまり大差なかった左目も学生時代を過ごすごとにすこしずつ悪くなり、ついに0.3まで……
それがこのアラサーも軽やかに過ぎて行って、衰えるしかないはずの肉体に改善の兆しが出てきたことに驚きを隠せなかった。
なぜ今更悪くなったことしかない視力に違いが生まれたのだろう?
そう考えてみたとき、ある光景が浮かんだ。
ある光景とは自分の通勤の時の風景である。
今住んでいる四万十川沿いは基本的に四万十川に沿って国道が走っている。
なので、通勤するとなると車社会であるド田舎の四万十川沿いでは緑に色づいた葉っぱがわさわさと生えている木々とその間に流れる雄大な川の流れを横目に出勤することになる。
車通勤の時は都会のように目を外に向ければ目の前にビル群ということはない。
ましてや電車に揺られながらスマホをスイスイすることも、中づり広告やドアの上にある液晶に目を向けることもないのだ。
視界に入るのは雄大な自然とたまにある対向車だけである。
自然というものは毎日見ていても日々変化するし、見ているだけで気持ちがいい。
「あそこの山にある木々は葉っぱが茂ってきたな」とか、「道端の雑草がわさわさしてきたな」とか。
こんな近くから遠くまでの変化を車を運転しながら見ているのだ。
もう一つ思い出した。
こんなド田舎に住み着くにあたって、家を買ったらとても広大な田んぼと畑がついてきてしまったし、普段の仕事も農業に関わるもの。
農作業というものは意外と手元を見ることも多いが、いつも手元を眺めているわけではない。
少し疲れたなと思ったとき、ふと嫌な上司の顔が思い浮かんでしまったときなどにふと気分転換に手元から目線を外す。
そうすると飛び込んでくるのは山の上から眼下に広がる大きく蛇行する川や、その川を挟んで向かいに見える山々。
はたまた風を切って悠然と空を泳ぐように滑るトンビも目に入ったりするのだ。
そんな光景をみると当然仕事や作業を放棄して自然に見入るのだが、近ごろ自分の目に映る光景が変わってきたように感じる。
どのように変わったか。
いままでは向かいにある山であれば、「木がもっさりしているなぁ」くらいの大きなものでしかとらえていなかった。
ところが、最近では「あの木のあの葉っぱだけ色が薄いなぁ」とか「あそこの木と木の間のところに鹿の親子が歩いているな」というところまで見えるようになってきた。
思えばマサイ族もサバンナの草原ではその視力を駆使して狩りを行い、テレビ番組などで検証を行うと、控えめな時でも6.0や7.0をたたき出し、場合によっては10.0をたたき出してしまう時もあるとか。
そういえば自分が幼いころにテレビでビルの屋上から地面に置いてある新聞が読めるというアフリカ出身のタレントさんがいて衝撃を覚えるとともに、なぜかうらやましく思った覚えがある。
別に狩りをしたいわけでも、広いサバンナや砂漠に放り出されて数キロ先にオアシスを探し出したい願望があるわけでもないのに……。
だが、幼いころになぜか少しうらやましく思った驚異的な視力の持ち主に知らぬ間に自分は近づいてきたのかと思うと、自分でそんな環境を自身で知らぬ間に選択してこの場所にたどり着いてしまったのだろうか。
近ごろでは仕事仲間や近所のおじさまたちと話をするときに「あそこ」と示されたときの場所は遠く、それでいて細かくなってきたような気がするし、移住当初よりはそれに対応できてきたような気がする。
立ったまま畳の目を数えられる日も近い。
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