弟が結婚したら、とりあえず泣くことから始めるといい
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記事：とまと（ライティング・ゼミ平日コース）
「あ、ひさしくん、結婚するんだって。きのう、LINEが来たよ」
帰宅した私の顔を見るなり、母が言う。
「へー」
それ以上の言葉が、出てこない。
「えー！ そうなの！ おめでとう！」 とか、「どんな人なんだろうねー」とか、
そういう、気の利いた返事は出来なかった。
何か話そうもんなら、気が利かない言葉ばかりが出てきてしまいそうで、
へー。と返すのが、精いっぱいだった。
弟が結婚する。
それは、家族が増える、ということ。
おめでたいし、うれしいこと。
わかる。わかってる。
でも、それなのに、この、言葉に出来ない気持ちは、なんだろう？
手離しに、「おめでとう」と祝福の気持ちが湧いてこないのは。
何が気に入らないのだろう。
姉の私を差しおいて、先に結婚するからか。
お嫁さんが、私よりも年上なこと？
結婚の連絡を、私にはしてくれなかったこと？
っていうか、そもそも結婚の報告がLineってなんやねん、平成っ子め！ ってこととか？
弟が、新しい家族をつくるってことが、淋しいのか？
いよいよ本当にもう、本当にこの家には帰って来なくなる。
わたしはまだ、この家に居るというのに？
答えの見つからない感情が、心に充満していた。
私が、両親と祖父母と暮らす家は大阪で
弟たちが住んでいる町は、長野。
元々、何年も前から弟は家を出ていたし、私の生活が激変することは、なにもない。
結婚式が終われば、なかなか、会うこともないだろう。
だから、それをやり過ごしちゃえば、万事OK！
この複雑な「姉心」の答えなど探さなくて良し、気にするな気にするな。
と、自分に言い聞かせていたところ、さっそく、弟がお嫁さんを連れて挨拶に帰って来ることになった。
どんな顔をしよう。何を話す？ っていうか、ちょっと待ってよ。
心の準備、全然できてへんねんけどー！
呪文のように「気さくな姉、気さくな姉」を唱えながら、弟たちが既に到着した家に、
寄り道をしながら、だらだらと帰った。
「はじめまして！」
肌が白くて、目が大きくて、落ち着いた感じのお姉さんが正座をして、あいさつをしてくれた。
そうそう、弟は、今までも、私とまるで反対のような人と付き合っていたよなあ。
いつも黒く日に焼けて、ジブリの映画に出て来そうな、いつも少し土っぽく汚れた私とは真逆の、
こう、透明感のあるような、さわやかで可愛らしい子と。
そして、結婚ともなれば、そこに「お姉さん感」がプラスされていた。
私よりも若くて、見るからに馬鹿っぽくて、やばくなーい？ マジ卍～、とか言っちゃう子だったら、
「この小娘！」と、心から毒を吐けて、スカっとしたのだろうか。
別に、お嫁さんにヤキモチを焼いてるわけではないんだけど。
いざ、会ってみると、お嫁さんは、普通に良い人で、きっと、すごくしっかりしていることが分かる。
私たちの母は、ちゃんとしてる人だけど、頼もしい、というよりは、ぶりっ子だし、
姉の私も、バイト代を全部服に使ってしまうようなダメ姉で、大学生の頃は、弟にお金を借りたりした。
いやはや、情けのない姉だったと思う。
きっと、このことは、彼がこうして、年上でちゃんと「お姉さん」な人をお嫁さんに選んだことに、
無関係ではないと思う。
緊張の中にも、ソワソワしたような、楽しい空気が入り混じった中で、
家族揃って一緒に晩御飯を食べて、お酒を飲んで、小さい頃によく遊んだテレビゲームをした。
朝になり、家族写真を撮り、婚姻届けにサインをするところを見守って、
車で帰る2人を見送った。
窓から手を振る2人を見て、涙が流れそうになるのを、なんとか我慢した。
ああ、本当に、ひさしは行っちゃったんだなあ。
2人が帰った、少し淋しい家の中を見渡す。
たった1日、電気がついていた部屋が、いつも通りに戻っただけ。
いつもと同じ、真っ暗になっただけなのに。
ああ、なんでこんなに淋しいんだろう。
もっと喋っておいたら良かったのかなあ。
もっともっと。
いつからのことを後悔しているのだろう？
2人が来た、この１日を？
それとも、弟と一緒に育ってきた、積み重ねた毎日を？
なんだこれ。なんだこの気持ち。
なーんにもする気が起きなくて、夜中に「となりのトトロ」を見た。
泣いた。
目が腫れるほどに泣いた。
泣き虫で、よく道に迷う5歳の妹「メイ」のお姉ちゃん「さつき」は、
お姉ちゃんと言えども小学生なのに、しっかり者。スーパーしっかり者。
そんなさつきが、妹が居ないところで、わんわんと泣くシーンがある。
我慢していたものが、プツン、と切れたように。
ああ、私も、弟にハグをして、わんわん泣いて、淋しいよー、って言って見送っていれば、
この心のもやもやは、少しは晴れていたのだろうか？
そしたら、心から、おめでとうって思えたのだろうか？
気づいたら、私、最近泣いてなかったなあ。
なぜだろう。
家を一歩出て、家族から離れたら、淋しいも悲しいも、嬉しいも、怒ってるも、
素直に言葉に出来るのに。
せめて、大人になったのだから、こんな時ぐらい、ちゃんとした、しっかりした「お姉ちゃん」になりたかったのかもしれない。
明るくて元気で、気が利いて、頼りになる、「さつき」みたいな。理想のお姉ちゃんに。
こんな、めんどくさい「姉心」に、弟はきっと、これっぽっちも気づいてないだろう。
淋しくて、ちょっと拗ねてて、でもお嫁さんとも仲良くなりたくって、
なのに、何とも言えない淋しさが心の真ん中に居て……。
要するに、弟が、大好きで、大好きだっていうこと。
強がらずに、いつか、素直に、言えたら。
もう、弟とお嫁さんが家にやって来たあの日には戻れないけど、
これからは、新しい家族の日々が始まるから。
毎日を大切に、会える日には、なるべく素直に。いつか、死ぬ時に後悔しないように。
「さつき」には程遠いお姉ちゃんだけど、
そろそろ私も、弟から、この家から、巣立っていかなくちゃいけない。
「メイ」のよう泣き虫で、道によく迷うけど、そのことを隠さずに、素直に生きられるお姉ちゃんに向かって。
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