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プロフェッショナル・ゼミ

人生初の自転車ひとり旅《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:島田弘(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
 
 
「おれ、どこにいるんだっけ?」
 
私は、「コツ、コツ、コツ、コツ」という何十、何百の音で目を覚ました。
 
目に入ってきたのはたくさんの革靴だった。
 
「そうだ、昨日は東京から電車に揺られて、分解した自転車とたくさんの荷物と共に、ここ苫小牧の駅についたんだった。
 
人生初の完全一人旅。
それが自転車を使った、北海道の旅。
 
疲れ果て、野宿できるところを探す気力もなく、途方に暮れていた時に、
ホームレスだと思われるおじちゃんから「ここ、使っていいぞ」と教えていただき、さらにはダンボールまで敷いてくださった。
私はなんとか寝袋を出して、溶けるように眠りについたのだった。
 
始発が動き始める前に撤収するのが、駅舎やバス停など屋根のあるところをお借りして、寝床とさせていただいているチャリダーのルールだ。
 
私は朝7時まで眠ってしまうという大失態をやらかしてしまった。
 
おじちゃんにダンボールと教えていただいたお礼に、昨日買っておいた食パンとリンゴを渡して駅の外に出た。
 
天気はとても良い。でも風が強い。なんと台風が近づいていたのだ。
 
明後日には、雨風が強くなる、場合によっては上陸するかもしれないという予報だったので、急いで自転車を組み立てた。
 
「苫小牧から襟裳岬方面へと下り、行けるところまで行こう!できれば夕方、暗くなる前に140キロ先の様似駅まで行きたい」と事前の計画を確認してから、漕ぎ始めた。
 
平地なので、平均時速20から25キロで行ける余裕の計画だ。
 
「追い風で順調だ」なんて感じながら40分くらい漕いだあたりで、出てくる標識に違和感を感じた。
 
「室蘭まで○km」という数字が小さくなっているではないか。
 
鼻歌を歌いながら、ご機嫌にペダルを回したいたことを後悔。
そう、逆走していたのです。
 
もっと早く気付けばよかった。
 
携帯電話もない時代。頼るのは、「まっぷる」という小型版の地図だけだ。
 
先ずは苫小牧まで戻るしかない。それ以外に道はないのだ。
 
苫小牧に到着するのに1時間以上もかかった。
行きは40分だったのに。原因は逆風。
 
台風の影響で、今日はこの先海沿いを120キロ以上走る予定だが、
その全行程が逆風。
 
逆風の感覚としては、緩い上り坂を自転車で登っているような感じ。
追い風ならペダルを漕ぐのをやめても前に進むことができるのに、逆風だと止まってしまうくらい違う。
 
気を取り直して襟裳岬方面へ向けて出発したのが11時30分くらい。
 
ペダルが本当に重い。
平地で立ち漕ぎをしないとダメなくらいに向かい風が強いところもあった。
 
それに加えて、テント、寝袋、食料、着替えなど、おそらく15キロはある荷物を自転車に積んでいる。
 
全力で漕いでいるのに一向に前に進んでいる気がしない。太ももはアッという間にパンパンだ。脚と膝が悲鳴をあげるのは時間の問題だった。
 
午後1時の段階で、最初に道を間違えたこともあり、自転車に取り付けてあるメーターによると走行距離は60kmを超えたけれど、実際に移動したのは2時間で35kmほどだ。
 
国道の右側がずーっと海、何かお店を探すなら左側だけ。自販機もない。
 
食料や水の調達をしたいのだけれど、国道沿いに商店が全く見つからない。
ちなみに、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートなど、大手のコンビニが北海道にはない時代のことである。
 
持っている食料は、米、缶詰、レトルトカレー、ナッツ。
昼ごはんは何か途中で買えばいいや、なんて思っていたのだが、
お店が見つからない。
 
とにかく前に進むしかやることがない。
 
18時を過ぎた頃,辺りが暗くなりはじめた。
 
「やばい、まだ苫小牧から80kmの新冠だ。膝も痛めてしまったし、どうしよう」
 
暗くなってからの運転は危険なので、決断をしなければならない。
 
私が出した決断は、バス停で一夜を過ごすこと。
そのためには屋根付きのバス停を探す必要がある。
北海道は雪国なので、コンクリートでしっかりと作られたバス停が多い。
中のベンチをベッド代わりにすれば、まるでカプセルホテルである。
 
暗くなる前に、屋根付きバス停に到着することを目標に、また漕ぎはじめた。
 
ない。
 
あれほどバス停をたくさん見かけたのに、ない、ない、ない。
 
走っている国道沿いに日高本線が走っているので、
バス停じゃなくて、屋根付きの駅舎、風雨が凌げる建物があったらいいなとも思いながらペダルを漕いだ。
 
ない、ない、ないのである。
 
もう、辺りは真っ暗。
 
時計は19時を回ってしまった。
完全に日没。
 
 
その時、私の右側を「**商店」と書かれた軽トラが追い抜いて行った。
「もしかするとお店があるかも?」と期待をして走って行くと、国道沿いに明かりを見つけた。
 
お店だった。
 
食料と水を調達できた。
お店のおばちゃんが、「こんなに暗くなって自転車は危ないよ。今日はどこに止まるの?」と声をかけてくれた。
 
野宿をするつもりで、バス停や駅舎を探していることを伝えると、
「このちょっと先に、使わなくなった電車が解放されていて、そこによくバイクや自転車の人が泊まっているよ」と教えてくれた。
 
「助かった」と思うと、元気が出てきた。あと少しだ。
 
ところが、漕ども漕ども車輌が見つからない。とてもわかりやすいと聞いていたので、見落としたことは考えられない。
 
北海道の人たちの「ちょっと先」を思い知った。
なんと10km以上先にその車輌はあった。
 
そしてその車輌には明かりがついていた。
 
すでに旅人がいるようだ。
 
近づいていくと、そこには自転車があった。
 
同じチャリダーだ!
 
 
さらによく見ると、
信じられないことによく知っている自転車だった。
 
「この人形は、吉田先輩のだ」
 
1学年上の先輩の自転車だと確信し、先輩が車輌の中にいると思ったら
嬉しくて嬉しくて。
 
 
ドアを思い切り開けながら
「よしださーーーーーーん!」
と大声をあげた。
 
 
こちらを振り向き、化け物を見るかのように目を見開いて私を見た。
 
目が合った。
 
確かにそこに、飯ごうで炊いたご飯と味噌汁を食べている吉田さんがいた。
 
予定通りにいかず、膝も痛めてしまい、ボロボロになっていた私に、
ご飯と味噌汁を食べさせてくれた。
 
美味いに決まっている。
 
私は今日あったことを興奮気味に話したんだと思う。
それを吉田さんは笑顔で、大きく頷きながら聞いてくださった。
 
「大変だったな、島田。
 俺も今日は、風の影響で予定通りにいかなかった。
 明日に備えて、今日はゆっくり寝ろ」
 
ランタンの灯りを消し、私と先輩は雨風のしのげるこの環境に感謝しながら眠った。
 
朝、私と先輩で作った食事をしながら、先輩が提案をしてくれた。
 
「俺が引くから、今日は一緒に走ろう」
 
俺が引くとはこういうことだ。
 
「先頭を走って風除けになるから、お前はその後ろを走れ」
あまりの膝の痛さに、ペダルを漕げなさそうな私を心配してくださったのだろう。
  
ありがたかった。
 
風は昨日よりも強くなっていた。一人では走れなかったと思う。
 
先輩の後ろを走らせてもらいながら、昨日のことはもちろん、今回の一人旅を計画したことを思い出していた。
 
「一人旅をしようと思った理由」は、孤独を経験することにあった。何があったとしても、一人で乗り切れる自信を手に入れたい。
 
 
吉田先輩に声をかけ、弱気になっている自分が先輩からの提案に甘えてしまったことを正直に伝え、「ここからは一人で走ります」とお伝えした。
 
「わかった。じゃ、1週間後だな」と私のわがままを聞いてくださった。
 
今日はキャンプ場に宿泊だ
「台風も近づいているので、バンガローが空いていたらバンガローを借りよう」と思っていたら、空きがなかった。
人生初、一人で自分のテントを張り始めると大粒の雨が降り出し、私も、テントも、寝袋もびしょ濡れになってしまった。
なんとかテントを立て、荷物を中に。
 
雨はさらに強くなり、テントを立てた場所が斜めな上に、水の通り道のようで、
テントの中は水浸し。
 
寝られない。
 
状況はさらに悪化した。
 
台風の風がとても強くなり、テントごと吹き飛ばされそうだ。
 
結局一睡もできなかった。
 
ご飯も作れない。
 
近くに誰かがいれば、文句でも言いたくなるところだったが、
言う相手もいない。
 
昼頃に雨が止み、少し太陽が見え隠れするようになってきた。
 
「今日はここにもう1泊。乾かそう。ちゃんと食べよう。ちゃんと寝よう」
 
 
無理をして前に進むこともできた。
 
だが、今回は体調や装備のことなどを考えた上で決断した。
 
一人で全部決め、全部責任をとる。
 
こんなのは人生で初めてかもしれない。
 
 
その後、吉田先輩をはじめとする仲間と屈斜路湖畔に集合する日時に間に合った。
 
私は大学で160人部員がいる自転車部、ツーリング部に所蔵し、その活動の一環として、1993年の8月に北海道を走っていた。2週間ほど仲間とキャンプをしながら走ることがメインイベントで、同じグループに吉田さんがいた。
 
2週間ともに走り終えたのが9月1日。
 
「言動、行動、判断、リーダーシップ、食事の準備。
 島田、成長したな」
 
吉田さんからの言葉は、私の一人旅の目的、目標達成に関して最高の評価だった。
 
私はこれまで、日本中を自転車で旅してきたが、
すぐに思い出せるのは、辛かった思い出ばかり。
 
孤独な時間、辛かった経験が自分を成長させてくれたからなのかもしれない。
 
そして今も、孤独な時間を大切にしている。
 
***

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