ミニシアターのある街、東京

「面白ければなんでもいい」 古典の名作と出合える渋谷唯一の名画座《ミニシアターのある街、東京》


記事:遠藤淳史(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
邦画なら『実録 私設銀座警察』『県警対組織暴力』『黒薔薇昇天』『㊙︎色情めす市場』
洋画なら『赤ちゃん教育』、『極楽特急』
 
さて、この中でどれか一つでも知っている映画はあるだろうか。
これらは渋谷にある名画座「シネマヴェーラ渋谷」の支配人、内藤由美子さんがセレクトした、「若者にオススメの映画」
 
もう一度言おう。「若者にオススメの映画」である。
どれも知らない……と思った人。大丈夫、ほとんどがそうだと思う。
 
このように、かなりの映画通の方が好むであろう作品を中心に上映するのがシネマヴェーラ渋谷のスタイル。
 
今、自分とは程遠い世界の話だと思ったかもしれない。
確かに、知らない作品ばかり上映している映画館にわざわざ足を運ぶ人は少ない。
知らないことはやっぱり怖い。誰だってそうだ。余程興味があるか、何かしらのきっかけがない限り、人は行動しない。
 
でも、そのおかげで貴重な映像体験を逃しているとしたら、ずっと心に残る生涯の一本を見つけられていないとしたら、少しだけでも足を踏み入れてみる価値は充分にある。
 
入り口のハードルは高いかもしれない。
それでもなお、一人でも多くの人に映画を提供しようと奮闘する劇場の姿を知るため、内藤さんにお話を伺った。
 

このビルの4階がシネマヴェーラ渋谷。
ちなみに3階には老舗ミニシアターのユーロスペースが入る。

 
 
J R渋谷駅から徒歩10分。
道玄坂を少し上り円山町の路地に立つビルの4階に「シネマヴェーラ渋谷」はある。
2006年1月に開館し、今年で節目の15年目を迎えた。
 
まず、内藤さんに夫婦で映画館を始めた経緯を尋ねた。
 
 
「映画館を始めたのは完全に趣味です。もちろん今は集客をちゃんと考えていますよ(笑)」
 
開館当初は夫が経営の中心を担っていたが、開館して約2年目の時からチラシ作りを手伝い始めたのをきっかけに、上映作品の選定を行うようになったそう。数年前から内藤さんが経営者と支配人を兼務している。
 
 

誰もやらないから自分たちでやった


 
内藤さんが青春を過ごした80年代から、ミニシアターブームが本格化。
渋谷の街を中心に、芸術性の高い良質の作品を主に上映するミニシアターが続々開館したことで、渋谷は映画文化の輝きを持った場所となる。小さな劇場は連日長蛇の列だった。
 
 
「ニューアカ(※)などという恥ずかしいブームもありまして、ちょっと難解な映画や本をたしなむことがカッコいい時代だったんですよ(笑)」
(※)ニューアカ:ニュー・アカデミズムの略。1980年代の初頭に日本で起こった、人文科学、社会科学の領域における流行、潮流のこと(Wikipediaより)
 
 
内藤さんは謙遜するが、それはつまりメッセージ性やアート性の強い映画に触れることで、自分の人生とどう向き合うか、どうすれば自分を高められるかを探る若者が多かったということ。まさに映画に熱狂していた時代だった。
 
しかし、90年代に入りそういったミニシアターやシネコンが台頭し始めると、旧作映画を主に上映する名画座は、レンタルビデオの普及も相まって急速に閉館に追い込まれていく。
 
このままでは観たい映画が観られなくなる。漠然とした危機感を覚えつつも、それだけではどうにもならなかった。だから内藤さん夫婦は考えた。
 
 
「じゃあ自分たちでやってしまおう」
 
その一言で、全ては始まった。
 
新たな門出に選んだ場所は渋谷。
猥雑さとサブカルチャーが根付く街が、新たな劇場をつくるのにぴったりだと思ったそう。
始めれば何もかもが自己責任。リスクは大きい。
それでも、自分たちが観たい映画が観られなくなるのは嫌だった。
 
土地探しで難航を重ねながらも、老舗のミニシアターであるユーロスペースのオーナーとも協力し、なんとかオープンまでこぎつけた。
開館して以来、渋谷で唯一の名画座として今日もお客さんを出迎える。
 

 
 

毎回全力勝負の特集企画


シネマヴェーラ渋谷は、邦画は配給会社からレンタルし、洋画は主にパブリックドメインとなった(著作権が消失した)作品を買い付け、独自に字幕をつけて上映している。
 
特徴的なのは当初から一貫しているその上映スタイル。
 
3〜4週間のスパンで一つの特集が組まれ、毎回およそ20本前後の作品が集められる。特集の幅は一言では言い表せない。俳優や監督に絞った特集はもちろん、思わず「何それ?」とツッコミたくなるようなものまで多岐に渡る。
 
公式HPでは2006年に開館して以来、全ての過去上映作品を見ることができる。
ざっと眺めているだけでも、
 
『玉石混淆!? 秘宝発掘! 新東宝のディープな世界』
『なにが彼女をそうさせたか – 女性旧作邦画ファンによる女性映画セレクション』
『開館10周年記念特集II シネマヴェーラ渋谷と愉快な仲間たち』
などと、一筋縄ではいかなそうな特集がずらり。
毎回選りすぐりの作品たちを、あらかじめ決められたタイムテーブルに沿って上映する。
 

 
あらかじめタイムテーブルを決める。それはつまり、途中で変更ができないことを意味する。
スクリーンが複数存在する大手映画館のように、作品が当たれば回数を増やす、コケれば減らすといった柔軟性がない。142席の1スクリーンからなるシネマヴェーラにとって、作品のスケジューリングは劇場の運命を左右するもの。
 
そんな状況の中、作品選びで意識していることを尋ねた。
 
 
「脚本家や監督特集ではできるだけ作品を網羅することですね。作家主義に徹することで、シネフィルのお客さんが付き、劇場のイメージも上がるのではないかと思っています」
 
内藤さんはさらっと話してくれたが、特集ごとにこれだけの作品を集めるのは実はとても大変。
現在シネマヴェーラ渋谷では、上映作品のおよそ6〜7割をフィルムの邦画が占めるのだが、内藤さん曰く
 
 
「邦画については、そもそも配給にフィルムがない作品が多すぎます。その上、使用機会も少なく倉庫代がかかるんですよね。そう言った事情からフィルムはどんどん処分される傾向にあります」
 
2012年にはフィルムの映写機が故障し、上映不能の事態が起きている。また同年には、長年使用していた映写機メーカーが倒産するなど、フィルム上映の存続が一層厳しくなってきた。こういった状況から、上映作品は主にフィルムの邦画からデジタルの洋画にシフトしつつあるそう。
 
 
「洋画については海外から素材を買っていますが、どれだけ探しても見つからない作品はもちろんあります。しかし日本映画に比べれば無限に近い作品があります。ただ、字幕を入れるのは結構な時間と金額がかかりますので、こちらも思った企画をすぐに実現できる訳ではないんですよ。裏ではとても苦労しています」
 
それでも内藤さんは、映画館の可能性を諦めない。
 
 
「映画館はモノを消費するよりコトを消費する場所、つまり体験する場所です。私にとってそれはクセのようなもので、暗闇の中で皆と一緒に笑ったり泣いたりする経験をすれば次も来てくれると考えています」
 

 

自分で選ぶこと、決めること


シネマヴェーラ渋谷の魅力を一言で表すとしたら何か、と内藤さんに尋ねた。
 
 
「難しいですね……。ハリウッドクラシックから東映実録、ロマンポルノまでセレクションが非常に”自由”なところだと思います」
 
ジャンルや国といったあらゆる垣根を飛び越え、映画であることがただ一つの共通点。そんな多様な作品たちが肩を並べるシネマヴェーラ渋谷は確かに圧倒的に”自由”だ。
 
けれども、自由であることは時に、私たちを戸惑わせる。
飽和状態の選択肢の中から、一体何を選べばいいのだろう。インターネットが発達したおかげで、チャンスが増えた分、取捨選択の能力も求められるようになった。
 
 
「一般的に言えば、若い人は『皆が観るから自分も観る』という傾向にあると思います。私たちの世代の映画ファンは人が知らないマイナーな作品に価値を見出していた訳ですから、正反対と言えますよね」
 
与えられたものを受け取るのは楽だ。何より自分の頭を使わなくていい。
だからと言って、餌をもらうためにずっと口を開けて待っている雛鳥のままでいるのは、果たしてどうだろう。自分で探しに行ける足があるのにも関わらず、興味関心を探究することをやめてしまうのは非常にもったいない。
 
 
「映画館で観ることが娯楽の王様だった時代は帰ってきません。でもだからこそ、自分が面白いと思えればなんでもいいんです」
 
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の心で感じること。
好き嫌いや偏見を一度手放し、一度受け入れて、そこから判断する姿勢が大切だと、内藤さんは語る。
 
 
「昨年末、キム・ギヨンという韓国の映画監督の生誕100周年を記念した特集を行いました。話題になったこともあり若いお客さんでいっぱいになったんですよ。きっと観た人は度肝を抜かれたと思います(笑)。そういった体験を沢山して、飽和状態の情報の中から『これは!』という作品を嗅ぎつける能力をつけていって欲しいですね!」
 

 

シネマヴェーラ渋谷
住所:〒150-0044 東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS(キノハウス)4F
TEL:(03)3461-7703
公式HP

◽︎遠藤淳史(READING LIFE編集部公認ライター)
1994年兵庫県出身。関西学院大学社会学部卒。
都内でエンジニアとして働く傍ら、天狼院書店でライティングを学ぶ。週末に映画館に入り浸る内に、単なる趣味だった映画が人生において欠かせない存在に。生涯の一本を常に探している。Netflix大好き人間。

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