週刊READING LIFE vol.23

「いいね病」にかかった女の話《週刊READING LIFE「10 MINUTES FICTIONS〜10分でサクッと読める短編小説集〜」》


記事:笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)
 
 
※この記事はフィクションです
 
 
「あー、これは完全に“いいね病”の症状ですね」
医師は困り果てたわたしの顔を一瞥し、すぐに目線を下げてわたしの左手を見つめた。わたしの左手は親指が突き立てられ、ほかの指は握り締められた「グー」のポーズをしていた。
「先生、わたしはこれからどうすれば良いでしょうか……」
「最近見つかった病気なので、まだ治療法が見つかっていないんですよ。保湿クリームを処方しますので、手をよくマッサージしてあげてください」
「えっ、それだけですか?」
「……今のところは、これくらいしか。ですが様子を見ていくうちに治療法が見つかるかもしれないので、これから定期的に通院してくださいね」
「……はぁ」

 

治療法がない、なんて。
わたしはなんてやっかいな病気にかかってしまったのだろう。
医師はお手上げという表情をしているが、最近見つかった奇病の患者を目の前にしてワクワクしている様子が滲み出ている。
医師として好奇心が湧く気持ちはわかるが、患者の前でそれを出されるとイラッとするな。
そんなことを思いながらわたしは「グー」の手のまま病院を後にしたのだった。

 

2019年の春、スギ花粉の到来とともに日本で原因不明の奇病が流行した。
かかった人はもれなく手が「グー」の状態になってしまう病気だ。
手を開けないわけじゃないのだが、パーの状態にするのに手にかなりの抵抗がかかり、自然な状態にしておくと手は勝手に「グー」の状態を作ってしまう。
「グー」の状態はフェイスブックの“いいね!”の形をしているため、この症状は通称「いいね病」と名付けられた。「いいね病」は手が「グー」の状態になる以外の症状は特になく、インフルエンザのような感染力も見られないためそれほど恐れる病気ではないという見方がされている。いかんせん形が“いいね!”なので、かかった人は周りから「SNS依存症? スマホやめたら治るんじゃないの?」などとバカにされることが多く、原因不明・治療法もない奇病のわりには周りから軽く扱われる病気なのだった。

 

そんな病気に、まさかわたしがかかってしまうなんて。
わたしも「いいね病」をバカにしていた一人だった。フェイスブックは見る専用で友人の結婚や出産などのおめでたい投稿に“いいね!”をするくらいだし、ラインもごく少数の知り合いしかつながっていない。

 

だから先月末に「いいね病」の初期症状が出たときは冷や汗が出た。
「いいね病」の初期症状は寝起きに手が「グー」になっているというものだ。そのときはすぐに手をパーにすることができたけれど、日を追うごとに手がこわばっていき、最終的に「グー」の形になったのだった。
これが親指まで曲がったじゃんけんの「グー」だったらごまかしがきくものの、“いいね!”の形をしているから周りにすぐバレてしまう。
職場のみんなにバレたくないと思い、初期症状が出てからしばらく無理やり手を開いてやり過ごしてきた。その無理がたたったのか、わたしの左手は努力をあざ笑うかのように開かなくなり、いまは完璧な“いいね!”の形をしたまま微動だにしないのだった。

 

「病院どうだった?」
恋人のシンジからタイミング良くラインが入る。シンジとは今年で10年の付き合いになる。バイト先で知り合い、共通の趣味もないのになぜか付き合うことになり、なんだかんだで10年続いている。今年29歳になるわたしはシンジとの結婚を猛烈に意識しているのだが、その気配はまだない。なぜならシンジは社会人を6年経験した後に突然大学院へ進学し、今はのんびり自分の好きなことを研究している超マイペース人間だからだ。
「ハンドクリームもらった」
「それだけ?」
「それだけ」
シンジからショックな顔をしたひよこのスタンプが届く。わたしも同じスタンプと泣きべそをかいたウサギのスタンプを送ると返信が途絶えた。

 

何も言えないよなぁ。だって原因不明の奇病だもん。
日本国内で流行しているとニュースでは言っていたが、街中で「いいね病」だとわかる人を見かけたことはなかった。きっとかかった人はみんな一生懸命「いいね病」だと悟られないように全力で手を開いて生きているのだろう。見えない同志に向かって左手を高らかに掲げて“いいね!”を贈りたい気持ちにかられるが、「あ……あの人“いいね病”なんだ」と思われるのが怖くて左手をそっとコートのポケットの中に隠した。

 

「いいね病」の症状があらわれてからというもの、わたしはインターネットで「いいね病」の症状を調べ尽くし、新聞や雑誌の記事を切り抜きノートにまとめることを日課にするようになった。
「“いいね病”治療最先端」
「いいね病は遺伝する!? 平成最後の奇病を解剖する」
「これからは“いいね!”の時代~私はいいね病になって人生が明るくなった~」
それっぽい記事もあればうさんくさい記事もあった。しかしどの記事にも「原因不明で、最適な治療法は見つかっていない」と明記され、症状をやわらげるとされるハンドマッサージやツボ押しが気休めに載っているだけだった。

 

自宅に戻り、コンビニで買い込んだ週刊誌に目を通しているとシンジから返信があった。
「ところで、誕生日どうする? 外食はやめとく?」
来週はわたしの29歳の誕生日だ。「誕生日」という文字を見て、胸がきりりと痛む。
去年の誕生日は最悪だった。
結婚を意識しすぎるあまりシンジに将来のことを聞きすぎた。シンジのマイペースさにイライラしていたわたしは「大学院に行ってどうするの? 何になるの?」とつい詰問調になり、シンジはものすごく不機嫌になってしまったのだ。
もちろんわたしの言い方が良くなかったと反省しているが、その後わたしがいくら謝ってもシンジの機嫌は直らずお祝いムードが台無しになってしまったため、今はどっちもどっちだという気持ちが強い。

 

結婚は相手あってのことだ。わたしは「25歳で結婚して、30歳で子どもを産む」という目標があったのだが、それを大幅に超えている現在とても焦りを感じている。
今年で交際10年だし、最後の20代だし、今年こそプロポーズを期待しても良いのではないかと思っているがマイペースなシンジには全く期待できない。しかも「いいね病」のおかげでわたしはそれどころではなくなってしまった。

 

「外食はちょっと……ステーキ食べたかったけど」
わたしはため息をつきながらラインを返す。
「わかった。じゃあマリの家にステーキ持って行くよ」
今度はすぐに返信があり、「家でステーキが食べたい」と思っていたわたしは思った通りの返信がきてつい笑ってしまった。
シンジとここまで長く付き合えたのはふたりとも“ちょうどいい距離”を保っているからだ。わたしたちは付き合う前から餅つきの餅をつく人とこねる人のように間合いが絶妙で、お互い気を遣いすぎることなく素の自分でいられた。だから共通の趣味がなくても気にならず、10年も交際が続いたのだった。
しかし結婚のことになるとお互いの間合いは違うようだ。シンジは何を考えているのかわからないし、わたしも結婚を意識していることを言えないでいる。
最近、いつもこの悩みのループにはまってしまう。しばらく考えたところで仕方ないと思い、わたしは病院から処方されたクリームを取り出して左手に丁寧に塗り込んだ。

 

 

 

一週間後、クリームを塗ったおかげで左手はつやつやになったが「いいね病」が治る気配は全くないままわたしは29歳の誕生日を迎えた。

 

「誕生日おめでとう〜」
シンジが両手いっぱいに袋を下げて家に来た。百貨店で買ってきた惣菜とホールケーキ、ステーキ専門チェーン店のリブロースステーキ、赤ワインのボトルがテーブルに並ぶ。「二人じゃ食べきれないほどのごちそうが並ぶっていいね」とシンジは満足そうにうなずき、勝手知ったる我が家のキッチンからお皿やフォークなどをせっせと運んでいる。

 

わたしは嬉しい反面複雑な気持ちを抱いていた。
できれば今日でわたしたちの今後を確認したい。けれど「いいね病」がいつ治るのかもわからないし、また喧嘩になるのも嫌だ。でも、やっぱり、あぁ、どうしよう……。
シンジは悩みのループにはまるわたしのことなどつゆ知らず、赤ワインを注いだグラスをわたしにくれる。わたしはお礼を言って乾杯し、とりあえず赤ワインをぐいっと口に流し込んだ。

 

「マリは勉強熱心だよね」
ごちそうを堪能し、コーヒーを飲みながらゴロゴロしているときに「いいね病」に関する記事が書かれた雑誌と医学系の本の山を見てシンジがそうつぶやいた。
「勉強熱心っていうか、ただハンドクリーム塗ってるだけじゃ落ち着かなくて、つい。結局どれも“治療法は見つかっていない”“わからない”って書いてあってガッカリしたけど」
「そうだよなぁ。大学の研究室でも“いいね病”の話題になるけど、解明されるまで時間がかかるから患者の心のケアが大事だよね、っていう結論にいつもなる」
シンジは大学院で心理学を学んでいる。教授の中には医師もいるが「いいね病」に関してはお手上げ状態だと言っていた。
「やっぱりそうだよね。“いいね病”って生活に支障はないけどとにかく周りの目が気になるからそれがすごいストレス。早く解放されたい」
「そんなに気にすることないよ。手が“いいね!”でもマリはマリだから」
そう言ってシンジはわたしをさりげなく慰めてくれる。慰めてくれるのは嬉しいけれど、やはり複雑な気持ちがこみ上げるのだった。

 

「……シンジはわたしのこと、どう思ってるの?」
さんざん悩んだ挙句、わたしは思い切ってシンジの考えを直接聞くことにした。10年の付き合いになるのにシンジにこんなことを聞くのははじめてだった。ドラマのセリフみたいでちょっと気恥ずかしいが、ここで聞かなきゃまた悶々としてしまう。
「どう、って?」
「いや、だから、今後のこと」
「今後? あぁ、結婚ってこと?」
なんでもない風に言われ、わたしはちょっとイライラしてしまう。そこをグッとこらえ、わたしはこくんと頷いた。

 

「そりゃあ考えてるよ。けど、まぁ、今は、ね」
「今は、ってどういうこと!?」と食い気味に答えようかと思ったが、去年の喧嘩を思い出して言葉を飲み込む。
「……マリへの気持ちは変わらないけど、結婚っていろいろ準備が必要でしょ。今は学生だし、正直もう少し時間が欲しいなって思ってる」

 

グサッ。
シンジの言葉にわたしは胸を刺されたような痛みを覚える。
付き合っているけれど、フラれた気持ちになった。
はぁ、そうですか。やっぱり、そうですよねぇ。
シンジは学生だし、わたしはいつ治るかわからない“いいね病”の患者だ。今すぐにというのは難しいだろうなとは思っていたけれど、いざ現実として突き出されると受け止めきれない。
ドーーーンと奈落の底へ突き落とされた気分になり、わたしは俯いたまま何も言えなくなった。

 

「いや、その、あの、そんなに落ち込まないで……ワイン飲む? ねぇワイン飲もう?」
シンジはこの空気を何とかしようとできる限り明るい声を出している。
わたしは黙って赤ワインを飲みながら左手の“いいね!”をぼんやりと見つめた。

 

そういえば、去年は“いいね!”を贈るばっかりだったなぁ。
去年は周りが結婚したり転職したり独立したりすることの多い年で、わたしは友人の結婚式や送別会や【ご報告】と書かれた投稿にひたすら“いいね!”を贈っていた。
しかしわたしの“いいね!”はまごころからの“いいね!”ではなかった。どちらかというと、羨望や嫉妬がこもった“いいね!”だった。
幸せそうで、いいなぁ。とか。
ちゃんとキャリアアップしていて、すごいなぁ。とか。
それに比べてわたしは……。
“いいね!”を贈った後、わたしはいつも落ち込んでいた。シンジとの喧嘩もあり、人生足踏み状態の自分をもどかしく感じ、焦り、絶えず不安を抱えていた。

 

もしかしたら、それが「いいね病」を引き起こした原因なのかもしれない。
羨望、嫉妬、焦り、不安。自分のもやもやした黒い気持ちを飲み込みすぎて、自分で抱えきれなくなって「いいね病」を発症してしまったのかもしれない。
なんて、思いついたって仕方ないけれど。今はとにかく現実を受け止めないと。
そこまで考えるとシンジに言われたことのショックがぶり返してきて、わたしはハァァ〜〜〜〜〜と長いため息をついた。

 

「……ごめん。大丈夫?」
シンジが心配そうにわたしの顔をのぞきこむ。
「……うん。いややっぱり嘘。シンジの言うことが胸に刺さってすごく痛い」
「ごめん。傷つけるつもりはなかったんだけど、ここは正直に言った方が良いと思って」
「……わかってる」

 

でも、もし、わたしの仮説が正しいとしたら。
「いいね病」を治すためには、“いいね!”でごまかしてきた自分の黒い気持ちに向き合って、ひとつひとつ浄化させていかなきゃいけないんじゃないだろうか。

 

“いいね!”自体は素敵な表現だ。相手の存在や価値観を受け入れますよ、というような優しいメッセージが込められている感じがする。
でも、だからと言って“いいね!”をすることで自分の気持ちに蓋をするのは意味がない。
仮面の“いいね!”には限界がある。「いいね病」にかかった今だからこそ、それが痛いほどわかる。

 

「……わたしは、できれば25歳で結婚したかったんだ。で、30歳で子どもを産みたかったの」
気がついたらわたしはシンジに「こんなこと言ったら重いかな」と思って言わなかったことを口にしていた。
「……え、そうだったんだ。ごめん。俺、何にも考えてなかった」
「いや、責めるようなことを言ってわたしこそごめん。その時わたしも忙しかったし、その後もなんかずっと言えなくて」
それからわたしはシンジにこれまで抱えていた思いを伝えた。羨望、嫉妬、焦り、不安。飲み込んでいた気持ちは溢れ、止まらなくなった。たとえ10年一緒にいても、気を遣わず素の自分でいられると思っていても、言えなかった思いはあった。これまで「重いかな」とか「喧嘩したくない」とか思って遠慮していたが、それは遠慮じゃなくて恐れだった。居心地の良いこの関係が壊れてしまう恐れ。だからと言って足踏み状態でい続けるのも辛かったのに、いつも恐れが勝って飲み込んでしまっていた。

 

気持ちを吐き出しながら、わたしに足りなかったのは勇気だったと実感した。現状を変えるために一歩踏み出す勇気。
自分の気持ちを伝えて、わたしはようやく一歩を踏み出した気がした。

 

「……でも、今は結婚よりもお互い自分のことに集中するべき時だよね。よく考えたら左手が“いいね!”だと指輪つけられないし」
ずっと言えなかったことを言えて、わたしの心は清々しさでいっぱいになった。言い終えてフフッと笑う余裕すらできた。

 

「……俺もそう思って、どうしようか悩んだんだけど」
「え?」
「“いいね病”が治るまで、ネックレスとして付けたらいいかと思って。あの、結婚はもう少し待ってもらいたいんだけど、ちゃんと考えてますんで」
そう言ってシンジはカバンから小さな箱を取り出し、恥ずかしそうにわたしに差し出した。

 

「……」
交際10年目にしてはじめての、シンジからのサプライズプレゼントだった。わたしはどう反応すれば良いかわからず、しばらく固まってしまった。
「渡すタイミングが遅くなってごめん。……ところで、ここでまさかの無反応?」
「……いやぁ、あまりの驚きで、どう反応すれば良いかわからなくなっちゃった」
そう素直に答えると、シンジはプッと吹き出しながらも優しい声でこう言った。
「改めて、誕生日おめでとう」

 

グッと握り締められた左手が、少しだけ緩んだような気がした。

 
 

❏ライタープロフィール
笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)

1990年北海道生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。高校時代に山田詠美に心酔し「知らない世界を知る」ことの楽しさを学ぶ。近現代文学を専攻し卒業論文で2万字の手書き論文を提出。在学中に住み込みで新聞配達をしながら学費を稼いだ経験から「自立して生きる」を信条とする。卒業後は文芸編集者を目指すも挫折し大手マスコミの営業職を経て秘書業務に従事。
現在、仕事のかたわら文学作品を読み直す「コンプレックス読書会」を主催し、ドストエフスキー、夏目漱石などを読み込む日々を送る。趣味は芥川賞・直木賞予想とランニング。READING LIFE公認ライター。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。 http://tenro-in.com/zemi/70172


2019-03-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.23

関連記事