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週刊READING LIFE vol.60

京都花街で学ぶ子育て論《週刊READING LIFE Vol.60 2020年からの「子育て」論》


記事:不破 肇(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

京都祇園の花街「祇園甲部」にあるお茶屋「福島」直営の料理屋「味ふくしま」の暖簾をくぐると、ふわっとお香の匂いが漂ってきた。
座敷に座ると女将さんが
 
「それでは今から舞妓をお呼びしまっさかい、ちょっとお待ちになっておくれやす」
 
エメラルドグリーンのだらん(帯)に、クリーム色に橙色と黄色の牡丹柄が入って着物の舞妓さんが入ってきた。「鈴乃どす」と言って正座をして深々とお辞儀をした。
「祇園小町」という舞を見せてくれた。
黄色の髪飾りが 鮮やかだ。
衣装は、キャリアによって、着物の模様、髪飾り、帯などが変わる。
 
「鈴乃」ちゃんは16歳。今年の3月からお店に出ることを許された。
舞妓としてお店に出ることを許されるのは二十歳まで。
そして、二十歳からは芸妓になる。だから、舞妓の期間は高校卒業から約5年に限られている。
どう変わるかというと、キャリアが浅いほうが派手で、年数を重ねると落ち着いたスタイルになってくる。着物にもあまり柄が入らなくなってくる。それは舞妓自身に華が出てくるからである。どの着物を着るかは「お母さん」と呼ばれるお茶屋の社長が決める。
着付け専門のスタイリスト的な男性もいる。この人は1日何十人という舞妓の着物を着付ける。
 
さて、鈴乃ちゃん。白粉をしているから素顔は分からないが、そこからでもまだどこかあどけなさが残る。しかしだ、話をしているとその笑顔に引き込まれる。「華」があるのだ。そして、会話が絶妙で、目配り、気配りが半端ないのである。そして、時間が経つに従ってオーラが増してくる。横に座ってもらうと、その強さに思わず仰け反りたくなるくらいだ。
お店に出るまでの修行は約1年、その時は「支度ちゃん」と言われる。当然、お座敷には呼ばれないから、デビュー前の2ヶ月はお部屋の外で先輩の舞妓がお客様とどんな会話をしているのかということを扉越しに聞いて勉強する。
修行はそれだけではなく、日本舞踊、三味線、太鼓、笛などの楽器、長唄、小唄から茶道までたきにわたる。歌、踊りの基本的な必須科目と自分が興味のある科目を選べる。最初は基本を覚えるので、必須科目を徹底的に叩き込まれる。
 
宴席に芸舞妓さんたちを呼ぶ時間は、1単位を1本という言い方をする。
昔は宴会の時間を線香1本、2本と数えていたことが由来だ。
今は大体2時間。これは、舞妓さんがお茶屋を出てから帰るまでの時間だ。だから、宴席の時間はその往復の時間を引いて計算することになるけれど、そこはこちらが気を使って計算することはなく、ちゃんとお茶屋さんがやってくれる。
そして、舞妓さんに払う費用を花代と言うが、1本1人3万円から4万円が相場だそうだ。ただし、ここが難しいのだが、お茶屋さんを仕切っているお母さんの裁量で決められる。もうちょっと言うとお客さんの顔色を見て決めるらしい。ここは謎。そして、1日に一人の舞妓さんが2つ、3つのお座敷を回ることもあるので、大体ひとり1日に10万円程度の売り上げを稼ぐことになる。
 
「休みは?」
と鈴乃ちゃんに聞くと、
「お盆と年末年始、それとゴールデンウィークどす」
と答えてくれた。
稼働は大体年間で250日程度と考えると、年間で2,500万円〜3,000万円程度一人で稼ぐことになる。舞妓さんは「置屋」と呼ばれるところで住み込みで、給料はない。食費、着物代など多めに見積もって1,000万円ぐらい掛かるとしても、利益が1,000万円以上になる。
二十歳になるかならないかの女の子がこの金額を稼いでしまう。
そのためには、百戦錬磨の大人たちを喜ばせなければならない。
ではなぜ高校生か大学生ぐらいの女の子が、ここまで稼げるのかと言うと、この「置屋」にあると私は見ている。ここで徹底的に舞妓として必要なことを日夜学ぶのだ。
 
「携帯電話禁止どすねん」
 
と鈴乃ちゃんは言った。まだ遊び盛りの少女が全てを捨てて、この世界に身を捧げるのだ。
だから、このビジネスが成立するのだとも思える。つまり、人を育てることが全てなのだ。
これは子育てに共通しているところがある。
 
また、舞妓になる前に大切な儀式がある。
それは、お母さん(お茶屋のオーナー)との面接だ。
そこには、親の同席が求められ「お父さん、お母さんこの子が舞妓になってもいいのですね!」「舞妓になるのは大変ですよ」「大丈夫ですか」「私たち(お茶屋)を応援して頂けますか』と同意を求めるのである。
しかも相当強く求められる。
それは修行が辛いから、途中で逃げ出して家に帰ることを回避するためだ。そして、万が一逃げ出して親の元に帰っても、「戻りなさい!」と応援してもらうためだ。
置屋で様々な修行を積むことは、舞妓だけが大変なのではなく教える側も相当な労力がかかる。当然投資もするから相当な費用が掛かるので、「お茶屋」としては途中で辞められることは絶対に避けないといけないのだ。
しかし、途中で辞めて欲しくないからといって、甘やかすことは決してやらない。昔から脈々と続く指導法で徹底的に舞妓として育てるのだ。
昨今の子育ての潮流では、厳しくするのは子供のために良くないなどとやたらと甘やかす親が増えているように思う。しかし私は鈴乃ちゃんの接客を体感したことで価値観がひっくり返った。
人の気持ちを分かったり、その道を極めるためには厳しい修行が必要なのだ。それを避けて子供を一人前に育てようと考えても無理だと思う。
 
そして、その人を育てる極意とも言えるかもしれないが、花街の世界には3大用語がある。
 
①「おおきに」
②「すんまへん」
③「お頼もうします」
 
①の「おおきに」は良く耳にする言葉だが、常に相手に感謝の気持ちを伝えるために、事あるごとに舞妓さんは「おおきに」を使う。
お客様には、
「本日はお越しくださって、おおきに」
これは当たり前。
舞妓さんは、姉妹制度というものがあり、キャリアが上の舞妓さんが新人を指導する。この時、実は盃をかわすのである。「今日からあなたと私は本当の姉妹です」と高らかに宣言するのである。この姉妹制度の絆は半端ないから、妹分の舞妓はお姉さんに何か教えてもらうたびに、また何かをしてもらうたびに
「●●姉さん、おおきに」
となる。
 
②の「すんまへん」。
これが花街で生きていくためには一番必要な言葉なのだ。
花街では繊細な心遣いや、気配り、礼儀が必要になる訳だが、いくらなんと言おうと水商売には変わりない。当然、お酒も入る訳でそれに色々な感情が渦巻く。だから色々ある。
そして、もしもお客様を怒らせてしまった場合には、いの一番にこの「すんまへん」が必要になる。どんな言い訳よりもまずは謝る。
もう一つ必要なのは、この言葉の裏には嘘は言っていませんという意味が隠れている。
花街で生きていく上で、嘘が一番駄目。だから、もしもお母さんへの報告などに一つでも嘘があれば絶対に許さないのだ。でも、正直に「すんません。これこれこういう事でお客様に失礼をしました」と言えば許されるのだ。
だから、「すんまへん」は必殺技でもある。
 
そして③「お頼もうします」。
普段の生活を考えてみてほしい。
他人に「ああして欲しい」「こうして欲しい」と考えていても、「頼みます」とは中々言えないものだ。
それを「お頼もうします」と使いなさいと教育される。
気配り、目配り、芸にも秀でる努力をする。そして、舞妓として確立した自信が出てくるかもしれない。そうするとプライドが優先して中々「お頼もうします」とは言えなくなるはずだ。
でもそれを超えて、いくら売れっ子になっても、相手を敬いお願いするするスタンスを忘れないということだと思う。
 
さて、この三大用語が如何に大切かということをご理解頂いたのではないだろうか。
一見さんは入ることが許されないが故に、もてなす方ともてなされる方の関係が緊密で、信頼関係以外には何も担保がない350年間続く会員制ビジネス、言わば異次元の世界。そこでこの3大用語が重要とされていて、この言葉が生きていくための鍵になっているのならば、普段私たちが生活している世界でも同じことなのではないだろうか。
この3大用語を私たちの言葉に変えると、
「おおきに」は「どうもありがとうございます」
「すんまへん」は「申し訳ございませんでした」
「お頼もうします」は「お願いいたします」
となる。
当たり前のように思える。「えっ?そんなことでいいの?」と思われるかもしれない。
でも、350年間大切にされてきたことがそれならば、軽く考えてはいけない。
簡単のように思うし、当たり前と思うからこそ、このことを蔑(ないがし)ろにした時の怖さをこの花街の人たちは知っているのだ。
もしも、「子育て」に成功とか失敗とかがあるとすれば、この人としてどうあるべきかと問われる3つの言葉を、その子供が人生に於いてちゃんと使えるかどうかが、分かれ目なのではないかと思う。
偏差値の高い高校に入った。国立大学、MARCHに入った。東証一部上場の大企業に入社した。
それは価値の高いことで素晴らしいこと。また夢を叶えてプロ野球選手になった李、アーティストになることは並大抵の努力や才能ではなれないから親として一旦は「子育ては成功」となるかもしれない。
 
しかし、この花街の世界では厳しい面接や修行に耐えられなくてやめる子も少なくない。数十年前の舞妓さんというのは、家のために身売り的に親の借金の返済のために連れて来られるということもあったようだ。その状況では辞めるに辞められない。なぜなら、自分が辞めれば家族が路頭に迷ってしまうからだ。今は舞妓や芸妓に憧れてその門を叩く子がほとんど。でも、タレントになるような気持ちで来る子が多いらしい。だから、厳しい修行に耐えられず舞妓さんにはなれずにその道を諦めざるを得ない子もたくさんいる。
これは、どの世界でも同じではないだろうか。
一度入った世界を覚悟を決めてトコトンやり抜くという気概がなければ、どこに行っても通用しない。だから、子供の頃に必要以上に甘やかせて育てられれば、将来根気強く物事に接することが出来ない人間が増えるのではないだろうか。
だから、努力を積み重ねてヒリヒリと痺れるようなシチュエーションを体験することも必要だと思う。
舞妓さんは踊りを披露する機があるが、鈴乃ちゃんのいる「福島」がある祇園甲部では毎年春に南座で「都をどり」を開催する。これには、祇園甲部の舞妓さん、芸妓さんが総出演する。元はアメリカのレビューのようなことがしたいと井上八千代が始めた。期間は4月1日からゴールデンウィーク前まで行われる。そこでは、踊りは絶対に間違えてはいけない。だから、この時期はみんながピリピリしている。大舞台で間違えたら、それこそ姉妹で謝りに行かなければならない。
普段の舞踊も同じ。そのような場があるから鍛錬する。
そして、上手くいった時の喜びはひとしおだと思う。身を以て、真剣に物事に取り組むから、一流になれるのだ。
そして、彼女たちにはしっかりと仕組みだったポイント制度があり、日々の活動の中で様々なポイントが付く。宴席のことを「お花」と言うがその数が基本的な評価基準。そして、新年に花街全体の始業式で発表されるのである。これが、彼女たちにとってはまた一つのモチベーションになるのである。
だから、昨今では「かけっこ」の順位を決めない教育機関が増えている。
私はどうしても、それが良いとは思えない。
例えば、ビリの子がいるとする。「あなたは足が遅いのは仕方がないよ、ビリでも大丈夫だから」と言ってしまったら、その子は足が速くなる努力をしない。でも、例えばその子が、絵が上手かったりすると、それで良いじゃないかと言う意見もある。しかし、それは逆に言えば小さな時から可能性の芽を摘むことにならないか。
「来年はビリにならないように頑張ろうよ! 」と一緒になって頑張ってみることも大切なのではないか。仮に頑張ってそれでもビリでも仕方がない。でも、それなら次の年にもっと頑張れば良い。そのような心構えで物事に取り組むことも大切だと思う。
もしもそのビリの子が次の年にビリではなくなったとき、将来に大きな宝物をプレゼントしたことになるはずだ。「努力して良かったぁー!」と絶対に本人が思うはずだ。だから、ダメな結果だけを大人がネガティブに想像して、勝手に可能性を否定するのはやめた方が良いのだ。
 
2020年は東京オリンピックが開催される。日本代表のみならず、世界から集まるアスリートは少なからず、幼少の頃から厳しい訓練を行なって世界のライバルと戦うために、心技体を鍛えている。それは、おそらくある種、花街の舞妓さんと同じで「置屋」のような環境の中で、鍛錬を積んできたはずだ。私は彼らが、どんな態度でこのオリンピックに対峙するのかとても楽しみである。そして、結果を残しても残さなくても、選手たちの生き様は否応なしに各メディアで特集な度で取り上げられるはずだ。その時に、困難から逃げたけれど成功したなどの類の話は決してないだろう。みんな少なからず辛い、苦しい思いを乗り越えて、そのステージに立っている。そんな姿をぜひ子供と一緒に見て、刺激を受けて欲しい。

 

 

 

16歳の祇園の舞妓「鈴乃」ちゃんから多くのことを学び、子育てについて考えさせられた。
お茶屋の後に、系列のBarに連れて行ってもらった。
その時、「鈴乃」ちゃんのお母さんが現れた。
御年70は優に超えているとお見かけしたが、その眼光の鋭さに圧倒された。
百戦錬磨とはこのことを言うのかと、何か別の生き物を見たような錯覚に陥った。
人生を真剣に生きるとあんな顔になるのかと感心した。
あのお母さんがあっての、「鈴乃」ちゃんなのだ。
 
「うちの子を育てるノウハウは、絶対に教えやしまへんで」
 
と、お母さんがBarカウンター越しにボソッと呟いた。
350年の重みがのしかかってきた。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
不破 肇(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

日大芸術学部写真学科卒業
学生時代カメラマンを志すも、サラリーマンになる。
しかし、起業を夢を抱き独立。
現在は広告会社を経営している。
50歳となった今、自分のアイデンティティに目覚め、
クリエイターとしての道を歩き出している。


2019-12-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.60

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