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週刊READING LIFE vol.72

人間観察で鏡の中の自分に出会った話《週刊READING LIFE Vol.72 「人間観察」》


記事:大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

人間観察で、鏡の中の自分に出会った。
それはまだ、自分がアニメオタクであることを世に公言する前の出来事だ。(と、ここでさらりとアニオタであることを事前にカミングアウトしておく)
東京の秋葉原に引っ越してきて、休日は秋葉原界隈のカフェやファミレスに行くことが増えた。
ある時、秋葉原中央通り沿いにある某ファミレスでのんびりコーヒーを飲んでいると、聞く気もなかったが、嫌が応でも耳に入ってくる興奮した若者たちの会話に遭遇した。
それはこんな会話だ。
「ではみんな、今日のそれぞれの活動について報告してくれ」
何やら深刻そうな男子が十人ほど、四人座りのテーブル二つをくっつけ、それを囲むようにぎゅうぎゅうに詰めて座り、飲み放題のドリンクバーから持ってきた炭酸飲料をずらっと並べて報告会を始めた。
「では、私から。今日私は、ステージ最前列を確保することができました。四曲目の『(なんちゃらいう曲)』で、あずさちゃん(仮名)がマイクスタンドのキャッチに失敗し、客席側に倒れました。」
どうやら、某国民的アイドルグループのライブに参加してきた話らしい。
聞いていたみんなが、口々に「あったあった」とか、「あれはヤバかったな」と呟いた。
男性は自分の話を続けた。
「私の目の前にそのマイクスタンドが倒れてきたので、私はそれをキャッチし、あずさちゃん(仮名)と目が合いました」
一同ざわめく。
「大きくアピールするチャンスだとは思いましたが、あずさちゃん(仮名)のミスを悟られないよう、次のターンの際にタイミングよくマイクスタンドをキャッチできるよう返しました!」
言い切ったその男性の声は力強く満足そうだった。
一同拍手。
最初に話を切り出した別の男性が拍手をしながら続けた。
「素晴らしい。己の欲に負けず、ナイスな判断でした!」
さらに強まる一同の拍手。
と、こんな会話が順繰り行われるのを、背中越しのボックス席で聞いた。
流石は噂の秋葉原、こんな会話が日夜この界隈で繰り返されているのかと驚かされた。
興味が湧いてしまったので、こっそりドリンクバーにお代わりを取りに行くふりをして、その会話で盛り上がっていた一団をチラリと横目で伺った。
その時、ちょっとした衝撃を受けた。
その会話を繰り広げていた一団の皆が、キラキラと綺麗な目をして眩しかった。
サイコーの笑顔とはこの事ではないかと思わせられる、素敵な笑顔だった。
駅や街ですれ違う人たちは、俯いてどこか悲壮感漂う表情ですれ違う人が多い中、このファミレスに集うファンの一団は、今この瞬間、世界中のどんな人たちよりも幸せなのではないかという印象を受けた。
その感覚があまりにも衝撃的だったので、それからというもの、秋葉原界隈のカフェやファミレスで周りの席の会話を聞くちょっとした人間観察が楽しみになった。
彼らは、『嫁』と呼ばれるお気に入りのアニメキャラクターの話をすることもある。
「昨日、うちの嫁たちと一緒に風呂に入って……」
などというセリフを聞くと、ドキッとするが、これはどうやらお気に入りのキャラクターのフィギュア(人形)をお風呂に浮かべて一緒に入浴する行為のことらしい。しかも、彼らは一夫多妻制のようだ。
「私も昨日、うちの嫁と伊豆へ行ってきました」
と、見せ合っているスマホの画面には、お気に入りであろうこの世に存在しなそうな髪の色をした平面な女性とフレームに収まったその男性がにこやかに笑っている画像が背景画像として使われていた。
彼らは声を潜めることなく、世間体など気にせず楽しそうに自分の嫁自慢をしている。
世の中には、場末の居酒屋で女房の悪口を言って、週末でもなかなか家に帰ろうとしないおじさんも多いこの世の中で、である。
私も最初はちょっと興味本位で彼らの観察をしていたが、なんだか少しずつ彼らが羨ましくなってきた。
なぜなら、何度も繰り返すように彼らは楽しげで幸せそうなのだ。
一方で、自分も少なからず彼らのように自分がお気に入りのキャラクターへ行った密かな貢献を語り合いた欲求がふつふつと湧き、そしてまた、自分の嫁(無論、アニメのキャラクターである)の自慢をしたいと言う気持ちがあることにも気づき始めていた。
遂にちょっと悔しくなってしまい、つい聞いてみたくなった。
人形とお風呂に入って嬉しいですか。(もちろん、できうる限り馬鹿にしていないことを説明し、協力を請う形で質問した)
「嬉しいですよ。それが何か不思議ですか? 逆に嬉しくない人がかわいそうです」
はっきりと正面からそう言われ、ハッとしてしまった。同時に、何だか自分に対して言葉にするのが難しい、恥ずかしさに似た感覚を覚えた。
そう、彼らはそれを嬉しいと思わない私をかわいそうな目で見ていた。
自分がオッケーなものをはっきりと自覚している彼らは、恐れることなく自己肯定感を高めている。
世間体などというものに囚われず、ハッキリと自分を持って生きている。
その内容、対象について揶揄する人も少なくないと思うが、そんなことを気にする様子は全く無い。
そして、何よりも彼らの方がそれを揶揄する人たちよりも幸せそうだった。
これが最も衝撃的なことだった。
自分の好きなものについてはっきりと明確に自覚があり、それが好きなら他人の視線など気にならない。
人間観察を通じて、そんな彼らの日常に触れ、楽しんでも良いのだ。どんなことでも、幸せになることを恐れてはいけない。そんなことを教えられた気がした。
今度は彼らに、是非私の嫁(繰り返ししつこいかもしれないが、アニメのキャラクターである)の自慢を是非聞いてもらおうと思う。

 
 
 
 

◽︎大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京在住。今もまだ何者でもない。

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2020-03-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.72

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