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週刊READING LIFE vol.74

頑張る場所を違えていた、眠れなかった日々の話 《週刊READING LIFE Vol.74 「過去と未来」》


記事:いちのせ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
昔から、過去の記憶を忘れることが苦手だった。
記憶力がいい、というわけではない。
まだ子供だった頃のことも、つい最近のことも、そして今日のことも。
夜、電気を消し、布団にもぐってから思い出すのは、いつだって、嫌な記憶ばかりだった。
 
幼稚園の頃、先生に大声で怒られ、大人という存在を恐ろしく思った記憶。
小学生の頃、朝登校したら上履きに砂が詰められていた記憶。
高校生、親友だった子とケンカし、それ以降、会話をしなくなった記憶。就職活動、面接官の人に「面白みがない」と言われた記憶。職場、どうにかプロジェクトを成功させようと徹夜と終電帰りを繰り返す日々の中で、上司から「もっと責任感を持って仕事をしろ」とダメ出しをされた記憶……
 
思い出すだけで、胃に毬栗を詰め込んだような痛みが走り、心臓が鎖で縛りつけられたように苦しくなる。布団の中で身体を丸め、出来るだけ明るい映像を思い浮かべようとしても、すぐに嫌な記憶が思考を侵食してくれる。
 
もう、あんな失敗はしたくない。あんな嫌な思いはしたくない。
また、次同じことがあったら、私は気持ちを持ちこたえることができるのだろうか。自信がない。明日が来るのが憂鬱だ。
 
逡巡するネガティブ思考に、どんどんと眠気が遠のいて行く。
特に、システムエンジニアとして会社に勤めていたころの不眠症は酷く、寝付けず、気づけば日が昇っていることも珍しくはなかった。
安眠のためには、もう一歩も動きたくないと思うほどに疲労を蓄積させてから布団にもぐるのが一番の策だった。そうすれば、何かを思い出すより先に、夢の中へと逃げられるからだ。
だからと言って、毎日のように疲労困憊になっては、身体が持たない。深い眠りに就くことはできるけれど、健康的に良いとは言い切れないのが現実だった。体力的限界が訪れるタイミングも就寝時とは限らず、通勤中の電車で立ちながら寝たり、業務中に具合が悪くなって休息をとったりと、不安定な日々が長く続いていた。
 
「ちょっと、相談があって」
 
眠気と戦っている業務中、声をかけてきたのは同期の田頭くんだった。
彼は、同期の中でも特に仲のいい人物で、業務の休憩がてらに声をかけてくることは珍しくなかった。仕事もでき、同期だけでなく後輩や先輩からも好かれる人柄で、ちょっと前までは「プロジェクトの責任者を任されたんだ」と、嬉しそうに話していた。
それなのに、その時の田頭くんは疲れ切った表情で、目元に浮かぶクマ、今にも深いため息をつきそうな丸まった姿勢が、彼の元気のなさを印象づけ「これは深刻な相談だな」と私はすぐに察することができた。
 
「何をやっても上手く行かなくて。この前、先輩に怒られてから、自分のやることに自信が持てなくなって……」
 
ちょっとした失敗が大きな不安につながって、次の仕事が怖くなる。明日のことを考えると、怖くなって、夜眠ることができない。そう語る彼に、私は深い共感を抱いた。
 
「どうして思考ってマイナスな記憶にばかり引きずり降ろされちゃうんだろうね」
 
そう同意しながらも、私は「でも、そういう失敗って、自分が思うほどに大したものではないんだよね。考えすぎなだけなんだよね」と、客観的な意見を並べた。
 
多分、田頭くんも、私自身も、ちょっとした失敗を大袈裟にとらえている自覚はちゃんと持っていた。それでも、抜け出せないのだ。底なし沼にどっぷりと足が埋もれたまま、動けずにいるのだ。
 
「どうして、成功体験よりも失敗体験の方が記憶に残っちゃうんだろう」
 
疑問を口にする私に、田頭くんも疲れた表情のまま首を傾げ「そうなんだよね。何でなんだろう……」としみじみと言う。
 
「俺さ、ずっと前の失敗とか、それこそ小学校の時に経験した嫌なこととか、未だに脳裏に蘇るんだよね。そのたびに怖くなって、自分ってダメだなって思って、成長してないなって、嫌になって……」
 
田頭くんの相談を受けながらも、私は自分自身の問題と向き合っているような気がしてならなかった。
 
失敗を経て、ダメだった自分が良い方向に一歩進むことだってある。その一歩が、たとえ小さな一歩でも、何回も繰り返せば大きな進歩になる。
ずっと前の失敗を教訓としてではなく、恐怖として抱え続けるのは、ただただ自分の首を絞めるだけの行為にしかならない。
そう理解していても、理解とは真逆の方向に思考は沈んでいくから厄介なのだ。
 
「昔の自分と、今の自分は全然違うのに。過去を引きずっていたら、進めるものも進めなくなっちゃうよね」
「でもさ、変わっている部分もあれば、変わらない“核”みたいな部分もあるじゃん。結局は、過去のままの自分なんだよなって、思っちゃうんだよ」
 
最早、仕事の悩みを通り越し、マイナス思考の泥沼に溺れてしまった田頭くんは、その2ヶ月後、会社を休職し、一度は現場に復帰したものの、すぐに再び休職し、しばらくして「色々考えたけど、ちょっと、気持ちを休めてから、他の業界に行くことに決めた」と、ついに会社を退職してしまった。

 

 

 

私たちの記憶には、良い記憶よりも悪い記憶の方が鮮明に残ってしまう。これは、人間の防衛本能と関係あるようだけれども、その防衛本能のバランスを崩してしまうと、“防衛”はただの“妨害”になってしまうのだ。
失敗を繰り返す中でようやく手にした成功体験も、次に経験する失敗によって、すぐに掻き消されてしまう。
そして、夜、寝るときに考えるのだ。どうして失敗したんだろう。また、失敗したらどうしよう。あぁ、明日になるのが怖いな、と。
 
もしも、自分がもっとポジティブな人間ならば。たとえば、不屈の精神を持ったアスリートだったならば。数えきれないほどの失敗の先で得た大きな成功体験を糧に、前向きに次のステップへと上がることができたかもしれない。
それでも私は、思考がネガティブに振り切った人間で、たとえ成功を体験したとしても、次の失敗によって再び泥沼にはまってしまうか、はたまた、次も成功しなければ……と自らプレッシャーをかけて崖っぷちに立とうとするかのどちらかになってしまう。
 
面倒な性格だ、と自覚はしているものの、これこそが、どう頑張っても変わることのない“核”なのだ。
 
だとしたら、私はずっと明日を恐れて夜を過ごさなければならないのか。
そんなのは、嫌に決まっている。出来ることなら、明日を楽しみに、目を瞑り、「よし! また今日が始まるぞ!」と清々しい気持ちで目覚めたい。
そう願いながらも、眠れない夜は続き、朝起きても、キリキリと痛む胃を抱えながら身体を起こす日々が続いていた。
 
「やりたくない仕事を続けるために、どうしてこんな無理を続けているんだろう……」
 
何気なく口にした愚痴だった。やりたくない仕事。どうして無理を続けている。その先に、何が待っていると言うんだ………
毎日のように考えていたはずなのに、どうしてか深く考えようとしなかった疑問。
やりたくない仕事を続ける理由は、お金のため以外になかった。無理をして、無理をして、お金を貯めて、それ以外には何もない。
いつの間にか、貯金通帳には、まぁまぁな金額が印字されていた。贅沢をしなければ、3年ほどは働かずとも暮らしていけるくらいの金額だった。
それでも、私はお金のために無理をし続けるのか。どこまで貯金すれば、どこまで働けば、この負のスパイラルから抜けられるのだろうか……
 
そもそも、私は自分の人生で、一体何をやりたいんだろう。
ふと、思い出したのは小学生の時に書いた卒業文集だった。随分と前の記憶だけれども、自分が書いた一文は、今でもしっかりと覚えている。
「モノを作るのが好きだから、将来は建築家になりたいです」
そして、私は今でもモノを作るのが好きだった。建築家になろう、という熱意は残っていないけれども、何かを創造したいという気持ちは、今もまだ胸に灯っていた。
 
そうか、そもそも私は、頑張る場所を間違えていたのだな。
 
結論に至った私は、数日後には「会社を辞めます」と部長に伝えていた。
ハッキリと宣言した私に、部長は「もう少し考えてみないか?」と、引き留めてきた。
 
「きっと、環境を変えても同じようになっちゃうんじゃないの? それなら、このまま会社に残って、働き方とか、働く上での意識とかを変える方に力を入れた方がいいんじゃない?」
 
まるで、どこに行ったとしても君は変わらない、きっと同じことを繰り返す、と言われているようだった。
たしかに、環境を変えたところで、マイナス思考は変わらないかもしれない。それが、どう変えようとしたところで変わることのない“核”だから。
それでも、私は、会社を辞める、という選択肢を曲げようとは思わなかった。
 
「変わらないかもしれませんが、それでも次は、自分のやりたいことのために、進みたい道に向かって、失敗したり、悩んだりしたいんです」
 
もしも、自分がポジティブな人間だったら。たとえば、不屈の精神を持ったアスリートだったならば。数えきれないほどの失敗の先で得た大きな成功体験を糧に、前向きに次のステップへと上がることができたかもしれない。
 
過去に思い浮かんだ願望にも似たたとえ話は、根本的なところで考え方が違っていた。
アスリートが、何度も失敗を繰り返してもくじけないのは、それが自分の目指すゴールへと続く道だからだ。
ネガティブな思考がダメなわけではなく、ポジティブな思考が大切なわけでもなく、“何のために失敗し”、“どのような成功を目指したいか”を自分の望むベクトルに合わせることが大切なのかもしれない。
 
眠れない夜に、何度も思い出してきた失敗には、どれもその続きに、明るい未来はなかった気がする。
同じような失敗を繰り返したくない。また、失敗したらどうしよう。
失敗を恐れるだけの日々。たとえ成功したとしても、それは過去の失敗を少しだけ濁すだけの材料に過ぎず、次の失敗によっていとも簡単に掻き消されてしまうほどに弱い。
 
きっと、この先も、過去の失敗をなかったことにすることはできないと思う。眠る前に「あの時は……」と嫌な過去を思い出し、飽きもせずに明日が来るのが怖くなる夜を過ごすかもしれない。
だからこそ、この先で起こる失敗は、自分が進みたい未来を歩くための糧にしたいと思った。この先で起こる成功は、失敗を濁すための材料にするのではなく、失敗を帳消しにできるような喜びにしたいと思った。

 

 

 

会社を辞めてから数ヶ月後、田頭くんから「久しぶり」とLINEが届いた。
 
「元気にしてる? 俺は今、新しい職場で働いているけど、前よりも好きな仕事ができているから、忙しくてもなんとか頑張ってやれているよ」
 
前向きに聞こえてくるメッセージに、私は「やりたい仕事に就けたみたいで、安心した」と打ち込み、「私も、元気にしているよ」と、続けた。
 
「私も、やりたいことをやっているんだ」
 
今でも、失敗は繰り返す。夜、寝る前に思い出すのは嫌な記憶の方が多い。ネガティブな思考回路は相も変わらず健在だ。
それでも、やりたいことができている日々の中で繰り返す失敗は、無駄には思えず、失敗の先で得た成功は、「また、頑張ろう」と自分を前向きに支えてくれるようになった。
 
「明日が来るのが怖い」
そう思うことも、随分と減った。
「明日は、どう頑張る1日にしようかな」
そう想像しながら眠った次に訪れる朝は、少しばかり清々しい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いちのせ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京生まれ東京育ち。
元システムエンジニア。現在、クリエイターとして革小物を中心に制作活動をする日々を送る。

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2020-04-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.74

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