週刊READING LIFE vol.85

中国の古典を8倍楽しんだ私の方法《週刊READING LIFE Vol.85 ちょっと変わった読書の作法》


記事:深谷百合子((READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「次はどんなテキストがいいですか?」
「うーん、そうですねー。何か中国の歴史に関するようなものが読みたいです」
「おぉ、そうですか。どの時代に興味がありますか?」
「春秋戦国時代です!」
「OK、わかりました。じゃあ、ちょっと本を選んでみます」
 
そう言うと、中国語の家庭教師のその先生は次の週、2冊の本を私のために持ってきてくれた。「戦国策」上下2巻だ。
 
中国語を習い始めてから5年が経っていた。習い始めた当初は大学の留学生向けに書かれたテキスト、その次は中国の文化について書かれたテキストを使って勉強した。そして、それが終わるとビジネスの話題について書かれたテキストに変わった。中国に進出した海外企業の物語、そして海外に進出した中国企業の物語が収められていたそのテキストは、とても面白かった。単なるサクセスストーリーではなく、マーケティング等、ビジネスの観点からも、なるほどと思える内容だった。だから、次もビジネス系のテキストでもいいかな と思ったが、やっぱり「歴史物」は外せない。なぜなら、普段からよく使われる故事成語は、中国の古典に由来しているからだ。
 
「私も春秋戦国時代が好きです。だからこれにしました」
そう言って、先生は「戦国策」を私に手渡した。本をめくると、原文と中国語の現代語訳が書かれている。原文は、高校の時に習った漢文そのままだ。私たちは、現代語訳の方を読みながら勉強していくことになった。
 
「戦国策」というのは、中国戦国時代の書である。国の生き残りを模索する諸国の王に合従連衡を説いて回った遊説家たちの策謀や逸話等が、周、秦、斉、楚等、当時の国別にまとめられている。「蛇足」、「隗より始めよ」「虎の威を借る狐」等、私たちがよく知っている故事成語、ことわざのいくつかは、この「戦国策」に由来している。
 
本を受け取ると、はやる気持ちで読み始めた。が、いきなり1行目からつまずく。知らない単語が多すぎるのだ。人名は注釈があるものの、地名は注釈が有ったり無かったりだ。おまけに、現代語訳とはいえ、使われている単語がいちいち難しい。たった5、6行の文章でも、辞書を引きながらだと、すぐ30分位経ってしまう。
 
いかん、これでは全く面白くないではないか!
 
そもそも読んでいて頭の中にイメージが思い浮かばないのだ。日本の歴史小説だったら、「三河の国」とあれば、愛知県三河地方が頭に思い浮かぶし、「長篠の合戦」と出てくれば、場所も分かるし、どんな所かも分かる。実際に足を運んだ所であれば、「ここからなら確かに見晴らしがいいな」とか、実感として分かる。
 
ところが、今読んでいるこの戦国策は、具体的な地名が出てきても、さっぱりイメージができない。大体どの辺りかすらつかめない。そうなると、話の中で述べられている「策」の意図がつかめないのだ。そして、登場人物の関係も把握できていない。
 
「戦国策」は歴史小説ではないから、ありありと目に浮かぶような情景描写は無い。読み進めるには、自分の中でイメージができるようなベースが必要なのだ。
 
そこでまず、当時の地図をネットで探し、位置関係や国の大きさを確認しながら、ノートに書き出す。どの国とどの国が接しているのか、大国に挟まれているのはどの国なのか といったことが、書き出すと一目瞭然で分かる。加えて、地形も確認する。特に峠や川の位置は重要だ。急峻な地形は、それだけで自然の要塞となるし、峠越えは兵の移動に影響を及ぼす。川は水運にも関係する。
 
そこまで整理してくると、「ははぁ、だからこの国の国王に対して、こんな策を説いたのか」というのが、おぼろげながら分かってくる。
 
登場人物の相関図も整理する。まず、年代毎に各国の国王と要職にあった人々、そして、それぞれの出身地を書き出す。当時は他国出身者を登用していることが多かったからだ。そして、「誰がどの国と近しいのか」というのも、策略の手段となる。だから、人物の背景を知っておくと話が理解しやすいのだ。
 
ここまでくると、もはや読書というより歴史の勉強である。
 
けれども、なかなか足を運べない中国各地の様子を地図を見ながら思い浮かべ、登場人物達の顔を空想してみると、その時代にタイムスリップしたかのような感覚になってくる。テレビや映画で先にイメージが植え付けられているわけでもないから、全くの自分の想像を膨らませることができるのが楽しい。
 
そして、戦国策は国別にまとめられているから、同じ出来事でも国によって捉え方が違うところが面白い。「秦」の国ではこう見ていたが、「斉」の国ではこう考えていたか……というように、同じ出来事を立体的に見ることができる。中国語の授業では1章から順に読み進めているが、予習で読む時には章の順番など関係ない。何か大きな出来事があると、「じゃあ、この時相手側の国ではどうだったんだろう?」と後ろの方にある章を先に読む。そうすると、両国の思惑が分かり、2倍理解が進むのだ。
 
最初は読むのに骨の折れた「戦国策」も、こうして読み進めていくうちに、読むスピードが上がってきた。
 
「よくまぁこんな屁理屈を考えたものだ」
「えっ? こんな簡単なことで納得しちゃうの?」
「おぉー、これは現代でも使えそうだ!」
 
などなど、その面白さにはまっていく。
 
有名な故事が出てきた時には、子供向けに書かれた「故事成語」の絵本も合わせて読んでみると更に面白い。原書と違って表現が平易だし、情景が目に浮かびやすい。「そういうことだったのか」と、さらに2倍理解が深まるのだ。
 
こうして読み進めてきた「戦国策」。実はもうひとつ、お楽しみがある。それは「音で聞く」こと。
 
漢文の授業で、漢詩の「押韻」を習ったけれど、中国語は「音」と「リズム」が心地よい音楽のようなのだ。特に古典は短いフレーズに意味を凝縮しているから、リズムが小気味良い。
 
音声配信アプリから、原文を朗読して録音した音声を探し出して聞いてみる。
最初は聞き慣れない音ばかりだけれど、文字を追い、自分の想像してきた世界を思い浮かべながら何度も聞く。そうしている内に、その世界にどっぷりとはまるのだ。あたかもそこに、蘇秦、張儀らが居るように。
 
日本語の書き下し文も雰囲気があって良いけれど、やはり原文は原語で聞くのが面白い。それだけで2倍は楽しめる。中国語が分からなくても、高低差のある音と整ったリズムを感じると、中国語の美しさが分かる。
 
こうして読み進めてきた中国の古典「戦国策」。
 
いつか本を携えて、舞台となった現地に足を運んでみたい。その時は、この「戦国策」を10倍以上楽しめるに違いないと思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2019年末に20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。

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2020-06-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.85

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