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週刊READING LIFE vol.85

風と読む《週刊READING LIFE Vol.85 ちょっと変わった読書の作法》


記事:黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
六畳敷の畳の私室には、勉強机と本棚。
2つとも私が小学校入学の時に買ったものなので、かなりの年代物だ。
そして、窓側の端には、就寝用の布団が一式。
その布団の山に上半身を預けながら本を読むことが、私の読書の作法であった。
 
ただし過去形である。
今、そこには小さめの簡素な本棚が一つ。
狭い部屋のほとんどを占めているのは、大型のベッドである。
 
高校時代から、私は足を悪くし、布団をたたんで片付けることができず、体には優しいが部屋には厳しい、大きめのベッドに頼ることにした。
 
おかげで、あの布団の山の読書はできなくなったわけである。
特に、というか全く不都合はないのだが、時々そのときの読書体験を思い出しては、少し寂しがったりするのであった。
 
大方の少年少女と同じく、若かりし頃の私にとって、本1冊の値段はすこぶる高価であり、手に入れられることを今以上に喜んでいた。
 
だからこそ、今より読書の作法が確立されていた。1冊の本に対する重みの問題であり、本1冊を大切にしていたことの証左であっただろう。
ちょっと現状を反省するべきだと思った。
 
それはともかく、大事な本だからこそ、私には決まった所作があった。
手を洗い、本屋さんでかけてくれるカバーをとらず、お気に入りの栞(何かのおまけだったと思う)を手元に置き、そうして“あの”布団の山に上半身を預け、時間の許す限り一息に読むのであった。
ま、たいていの場合、ご飯の時間になって中断するのだが。
 
なぜであろうか。
机も椅子もちゃんとあるのに、私はそこで、リラックスするとはいえ、やや不自然な体勢で本を読むことに決めていた。
 
子どもの思考や行動はエキセントリックなので、そこに理由を求めること自体がナンセンスであろうが、しかし、ひとつ、きっかけというか思い出すことがあった。
 
小学校時代に出会った本のことである。
私の生涯のバイブルといってもいい。
一人暮らしをするために東京に行く時にも、限られた荷物の中に入り込ませていた。
もちろん、今現在も本棚の中にある。
 
タイトルは『レストラン・サンセットの予約席』
 
それは爽やかで美しく、優しい物語だ。
少年が不思議な少女と出会い、日常の先にある非日常を体験していく、不思議な物語。
 
純粋な少年少女の、あの時代を結晶にしたかのような物語。
私はその物語を読み終えた時のことを覚えている。
もちろん、あの布団の山にもたれかかり、夏の日中の暑さが和らいだ、夕暮れ前のあの時間、涼しげな風を受け、私は脱力していた。放心状態だった。
 
物語を読んで、あそこまで呆けてしまったのは、初めてだった。
物語の舞台である、海辺の街の風が、そのまま入ってきたような錯覚さえ覚えた。
 
心を震わせる物語は、かく読むべし。
一つの経験から、少年だった私は、無意識にその時の状態を再現しようとしていたのかもしれない。
 
以来、似たような状況で読書を読むことが、私の作法、いや理想となっていた。
そもそも、読書とは、「作法」が持つ決まりきったものや固いイメージから解き放たれるための行為でもある。
読書の形は自由であるべきだ。
 
で、あればこそ、一人一人がそれぞれの読書の作法を持っていてもいいはずである。
 
楽しい扉、いやページをめくるためには、自分のお決まりの作法に則るのが安心できて心地よい。
 
私にとっては、それが“あの”布団の山だったわけだが、流石にこればかりは再現する気力が湧かないものである。
 
しかし、あの空気は、必須とは行かないまでも、読書の際には理想として欲しいと感じる。
あの本を読んで清々しい気分になった時の、あの風を、できることならば受けながら本を読みたい。
 
などというとエラくロマンチックなものだと笑われそうだが、現実としては、私の読書は理想も作法もへったくれもない、ごく普通の読書である。
 
電車の中で、布団の中で、コタツの中で、ダイニングのテーブルで……場所も選ばず、買ってきた本を普通に読む。
 
カバーもかけたままだったり、外したり。ウイルス騒動になる前は、読書のために手を洗ったりもしなかった。もちろん、本屋から帰ってきたら手洗いうがいはしたが……
 
つまり、子ども時代ほど、本1冊の重みが重くはなくなってしまったのだろう。特に実用書など、知識に関するものや、自分の技術を伸ばすための本には、「ツール」的な意味合いすら持つようになってしまった。
 
だからこそ、特別な本を買ってきた時は、少し場所を選ぶようにしたい。
 
今ならば、私は縁側にしよう。快適な季節、天気を見計って、布団の山の代わりに、座椅子にもたれかかる。カバーも特別なものに替えよう。文房具屋さんで売っていた、革製のものがいい。栞も目立つやつだ。金メッキで船の描かれたやつ。
 
そうして、心地よい風を、読後の未だ興奮冷めやらない体に受けるのだ。
 
そうだ、風を受けながら本を読む。これが大事だ。私の理想的な読書作法において、これはきっと外せない。
 
先にも言ったように、これはかなりロマンチックな話で、とても現実的ではない。正直バカバカしい。
 
だけれども、私は、その風が、本から流れてくる風だと思うようにしたい。
現に、あの幼い日、本を読んだあとの放心状態の体に吹いた風は、まさに海辺の風だったのである。
 
ああいや、実際にそう感じた、とかいうわけではなくて、そう錯覚させてくれるような風であり、なんというか、読書が終了してもその世界とつながっているように思わせてくれるような風であったのだ。
 
感覚的、想像的ではあるが、そんな“おいしい”体験をしてしまったのだから、やはりその環境に近い環境で読もうとするのは、対して不自然な行動ではないと思われる。
 
通常の作法とはまた違う。読書の作法は実用的でなくても良い。ただ、そこに、読書をもっと素敵なものにする要素を見出すことができれば、その行動なり状態を、取り入れても良いように思う。
 
だから、私の作法は、心地よい風を受けながら読むことである。
風と共に読むことである。
 
読みかけの本を風がめくるように、私はページをめくろう。
本の世界から吹く風を受けて、私はその物語を感じよう。
 
子どもの頃に感じたそのままに、私は、改めて本に向き合うだろう。
それは、1冊の本を大事にすることである。
ツールではなく、資源でもなく、価値でもなく、本を、知識を、物語を、大事にしたいのである。
 
そう、読書に作法を取り入れることは、1冊の本へ敬意を示すことと同義だ。
そもそも、作法とはそのようなものではなかったか。
 
礼儀作法が人間相手に敬意を示すことであるならば、読書作法は本や本に携わる全ての人に敬意を示す行為となる。
 
自己満足でもいい。自分ルールでもいい。特別な本だけでもいい。
読む側として、最高の環境・状態・思考、すなわちパーフェクトな読書体験を生み出すこと。それが読書の作法であり、本を生み出してくれた人々へ、敬意を示すことにつながる行為なのである。
 
改めてあの本を手に取ってみる。私の人生の半分以上を共にした、あの本を。
そして立ったまま表紙を開こうとして、ふと手を止める。
 
そうだ、今度の休みには、また縁側に特等席を作ろう。涼しげな頃を見計らって、風を受けながら、風と共に読もう。
 
だって、私はこの本が本当に大好きなのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2020-06-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.85

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