週刊READING LIFE vol.89

人生に悩むおじさんは、佐々木彩夏のアルバムから何を見出したのか《週刊READING LIFE Vol,89 おじさんとおばさん》


記事:タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「いやー、良かったですよ。女性が一人入って。
『おじさんズ』になるところだったよ」
クライアント先を訪問するメンバーを見て、ふと上司が呟いた。
おや? と思った。
ああそうか、自分はもう「おじさん」と呼ばれる側なのか。
あまり自覚がなかった。
冷静に考えてみたら、僕も今年で45歳になる。
誰がどうみても「おじさん」、
それも「おじさん」のど真ん中だ。
それにも関わらず、あまり自覚がない。
特に体力が衰えたとも思っていないし、
来ている服のサイズも変わらない。
何より感覚が若い時と変わらない。
これは一見良いことのように思えるかもしれないが、
決してそうではない。
いつまでたっても落ち着きがないし、
いつまでたっても大人になりきれない。
「四十にして惑わず」などと言うが、
僕は惑ってばっかりだ。
 
ふと、歴史上の人物の亡くなった歳を考えてみた。
織田信長、四十八歳。
大久保利通、四十七歳。
西郷隆盛、四十九歳。
げっ、自分とそんなに変わらない。
違うのは
彼らは今の僕ぐらいの歳には
もう大きなことを成し遂げていたということだ。
そう考えると非常に恐ろしい。
仮に僕が、信長だったら、大久保や西郷だったら
あと5年くらいしか残されてないのだ。
もうそろそろおじさんらしく落ち着いて
なんとかしたほうがいいのではないだろうか。
あれ?
自分で書いていてふと気になった。
「おじさん」らしく落ち着く、とはどういうことだろうか?
「なんとかする」ってどういうことなのだろうか。
「おじさん」は現代日本では間違いなく良い印象はない。
醜くて、いやらしくて、卑屈で。
それでいて叩かれても言い返せなくて。
何かをあきらめている立場ではないだろうか。
僕らは歳を取ったら
そのような立場を受け入れなくてはならないのだろうか。
なぜ、それが当然と思われているのだろうか。
いつまでも変わらないままの自分がいても良いのではないだろうか。
 
「仕事しろ」
甘い声が耳に入って我に帰った。
声の主はサブスクリプションサービスから流れてきた歌声だった。
いけない、いけない。
どうも考え事をしていると手が止まってしまう。
リモートワークかつフルフレックスといえども
一応は勤務時間中だ。
それにしてもこのタイミングで
「仕事しろ」なんて歌詞の歌を歌うのは誰だ?
僕はスマートフォンの画面を見ると
そこには「佐々木彩夏」と言う歌手の名前があった。
佐々木彩夏。
あ、あーりんの曲か。
 
佐々木彩夏。通称「あーりん」
人気アイドル、ももいろクローバーZのピンク色、
と言うと思い出す人もいるかもしれない。
あーりんはぱっちりとした瞳に
少しふっくらとしたほっぺたが特徴の
可愛らしい女の子である。
いつもピンク色のフリフリの衣装を身にまとい、
アイドルらしい可愛らしさを前面に押し出したキャラクターで
同性のファンも多いのが特徴だ。
そんな「あーりん」である佐々木彩夏だが、
実はもう一つ、別の呼び名がある。
「佐々木プロ」、それが彼女の二つ名だ。
僕自身も、こちらの名前の方がしっくりくるし、
こちらが彼女の本質なのだろうと思っている。
 
ももいろクローバーZというグループは、
「元気」とか「天真爛漫」とか「無邪気」などの
言葉で形容されることが多い。
全力で歌い、全力で喜び、全力で涙する。
そんな姿に僕たちファンは心を打たれ、感動し、懸命に応援していた。
ただ、そのももいろクローバーZの中でひとり、
佐々木彩夏だけがどこか異質な感じがしていた。
例えば、嬉しいサプライズ発表があったとする。
その時、例えばリーダーの百田夏菜子であれば
大声で絶叫しながらぴょんぴょん飛び跳ねるであろう。
あるいは有安杏果だったら号泣していただろう。
玉井詩織や高城れにも多少の違いはあれども
似たような反応をするだろう。
佐々木だけは少し違う。
確かに表向きはメンバーと同様に喜ぶだろう。
いや、表向きではなく心からメンバーとともに喜ぶはずだ。
ただ、これまでの振る舞いを見ていると
そのような時でもどこか自分自身を、ももいろクローバーZを
客観視していたような気がしたのだ。
サプライズで嬉しいことがある、これは全力で喜ぶところだ。
しかしまだステージは終わっていない。
さあここから次の一手をどうするか。
そういったことをいつも冷静に考えて振る舞っていたような気がする。
 
そういえば、こんなこともあった。
彼女はあるとき、テレビ番組の収録で足の骨を折る大怪我をした。
その時も、彼女は周囲を気遣い、「大丈夫です」と仕事を続けたという。
さらに、その後のライブや収録でも
ただ単に車椅子で現れるだけでなく、
その姿を「あーりんロボ」というロボットのキャラクターにまで昇華させ
笑いに変えていた。
 
このように佐々木には
落ち着きと根性。そしてピンチをチャンスと捉える機転があった。
そして、彼女から滲み出るそのプロ意識の高さから
いつの間にか、誰が言い出したということもなく
「佐々木プロ」と呼ばれていたのだ。
 
それにしても、佐々木はいつから「佐々木プロ」だったのだろうか。
「あーりんだよー!」
「あーりんには、羽根がついているんだよー!」
「ふわふわだよー!」
小学生時代、子役としてテレビ番組に出演していた佐々木は
すでにこのようなことをアドリブで言っていた。
「あーりん」の原型は十数年前にはすでに出来上がっていたのだ。
つまりこの時から彼女は「あーりん」というキャラクター
のプロデューサーだったのだ。
大好きなシュークリームは1日二個までに決められている。
ママが厳しくてカラオケにも行かせてくれない。
たまにはママに反抗するけど、ママが大好き。
そんな「あーりん」像を小学生の頃からセルフプロデュースしてきたのだ。
つまり、佐々木彩夏が「あーりん」となる過程で
同時に「佐々木プロ」も誕生していたのだ。
 
それにしても「仕事しろ」か。
いくらプロ意識あふれる佐々木プロといえどもすごい名前の曲だ。
この曲は今月初めに発売されたアルバムに入っている曲だ。
「A-rin assort」
これがアルバムのタイトルか。
アイドル好きおじさんとしてはちょっと聴かないわけにはいかないな。
僕は軽い気持ちでこのアルバムを再生したのだった。
 
驚いた。
これはすごい。
いいアルバムとか名作とかそういう話ではない。
なんと言えば良いのだろう。
音楽というよりも読書に近い。
全く今までになかったような音楽体験なのだ。
 
まず、このアルバムは上質のエンターテインメントだ。
オープニングのOverture(出囃子)が流れる。
目を閉じると超満員の観客で埋まったステージが見える。
そして曲のイントロに合わせて
ピンク色の衣装を身に纏ったあーりんがステージに現れる。
わっと沸き立つ観客。
あーりんはいつもの茶目っ気のある笑顔で
歌い、踊る。
そんな姿がいとも簡単に思い浮かぶ。
いや、思い浮かぶのではない。
彼女の歌声が、その裏に秘められた緻密な戦略のもと
聴覚を通じ、脳を直接に刺激し
僕らに映像を見せているのだ。
前半は新曲をふんだんに取り込み
僕らのボルテージを上げていく。
その新曲も今までのようなアイドルポップあり、
ロック調の曲もありと
音楽的にも変化を取り入れ
新しいあーりんの姿を自然に見せていく。
そして中盤は優しいバラードで落ち着かせていく。
あーりんの優しい歌声が、また新しい。
そして後半は昔からの定番ヒットソングをたたみかける。
「あーりん! あーりん! あーりん!」
「さーさき! さーさき! さーさき!」
満員の観客から渦のようなコールが響く。
僕も無人の部屋で一人「さーさき!」と叫んでいる。
そして盛り上がりが頂点に達したところで、
ラストにあーりんの今の想いを込めたバラードが流れる。
皆がじんわりと優しい気持ちになったところでエンディングを迎える。
最初に上げて、
一度落ち着かせる。
そしてクライマックスに持っていって
最後に落ち着いて着地させる。
この展開が、極上のクライマックスを生んでいるのだ。
音楽の中に圧倒的なストーリーが込められている。
まるで秀逸な推理小説やファンタジーを読んだ後のような感覚が残るのだ。
 
そして、このアルバムはビジネス書や自己啓発書のような側面も持つ。
例えば「あーりんはあーりん」という曲がある。
これはあーりんが二十歳になった時の曲だ。
あーりんはこの曲で
「年齢はただの数字。いいところや好きなものは何にも変わらない」
と言っている。
その全部をひっくるめてあーりん。
だから「あーりんはあーりん」ということなのだ。
そうか。と思った。
変わらないのは普通なんだ。
40代とか「おじさん」とかは関係ない
いつまでも自分は自分なんだ。
こう書いてみると当たり前のことのように感じるが、
小学生時代から長い間「あーりん」という自分を育ててきた
あーりんの言葉だからこそ重みがある。
人はみんな自分の人生の時間だけ
自分をプロデュースしてきたのだ。
そんな自分が簡単に変えられてたまるか。
そんなプライドのようなものが
可愛らしくてお人形さんのような「あーりん」の向こうから見えてくる。
そしてそれは僕の背中を強く押してくれる。
 
そして、「仕事しろ」
僕はこの曲こそあーりんが届けたかった曲ではないかと思っている。
働きすぎちゃうと全部ダメになっちゃうから休みは必要だけど、
しゃがんだ分ジャンプして、できる大人を見せつけてよ。
佐々木プロは厳しい。
佐々木プロにそう言われたら、頑張らずにはいられないではないか。
そして佐々木プロは自分にも叱咤激励をしている。
「あーりんはあーりんをしろ。みんなに笑顔を届けよう」
佐々木プロは大きな使命のもとに
「あーりん」を作り上げているのだ。
それだけ「あーりん」を「自分」を大切にしているのだ。
あなたは「あなた」という仕事をしっかりしていますか?
佐々木プロは僕に問いかけている。
その通りだ。
40代とか「おじさん」とか言っている場合ではない。
僕は僕自身という仕事を淡々とまっとうするしかないのだ。
それにしても恐ろしい。
このような二十歳そこそこの女の子が
僕の悩みや迷いを喝破してしまうものなのか。
いや、その言い方は良くないな。
年齢なんか関係ない。
佐々木プロは、佐々木彩夏はそれだけ尊敬に値する人物なのだから。
僕は、真剣に佐々木彩夏を
職業人として、人間として尊敬している。
 
たぶん、このアルバムは聴く人によって目的が異なるはずだ。
裏返せば、どんな人にも楽しめるアルバムになっている。
極上のエンターテイナーであるあーりんを
心から楽しむもよし。
真のプロフェッショナルである佐々木プロに
喝を入れていただくもよし。
楽しさも厳しさもある佐々木彩夏の全てを
このアルバムから感じ取ってほしい。
きっとあなたも佐々木彩夏の虜になってしまうだろう。
そして、「おじさん」とか「おばさん」とか年齢とか
そのようなものに捉われない自分の人生を堂々と歩けるようになるはずだ。
なぜならきっとこのアルバムを聴いた僕らの背中には
あーりんと同じふわふわの羽根が生えているはずだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2020-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.89

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