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週刊READING LIFE vol.89

おばさんとの約束《週刊READING LIFE Vol,89 おばさんとおじさん》


記事:琴乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
*一部フィクションです。
 
 
「おじいちゃんがおばあちゃんを殺したの?」
 
「琴ちゃん、違うよ。絶対に今言ったことを二度と口にしたらだめよ。
違うんだからね」
 
私のおばさんは、私と同じ目線まで腰を屈め、繋いでいた私の小さな手をぎゅっと握り締めて言った。いつもは優しいおばさんが、人が変わったように苛立ちを隠せずきつい口調になったことに私は気が付き、思わず「ごめんなさい」と謝った。
 
私はその時、数人の知らない大人達がせわしなく出入りする自分の家を、少し離れたところから父の姉に当たるその叔母と一緒に眺めていた。
 
それは、幼少期の私が断片的に覚えている古い記憶の一つだ。その映像は全てが灰色だった。今にも雨が降りそうな曇り空だったからか、私の記憶が色褪せたからか、または自分の家を出入りする人たちがグレーの服を着ていたからなのか、今となってはわからない。しかし、その色は、真実を知ることことができないことに対する私の感情の象徴の色になってしまうことになる。

 

 

 

幼少時、私は父方の祖父母と一緒に住んでいた。両親が共働きだったので、祖父母が私の面倒を見てくれていたのだ。昭和50年代の当時、取り立てて特別な家庭環境ではなかったと思う。しかし、ある日、一挙に不思議なことが起こる。前日まで元気だった祖母が急死したのだ。理由は、祖母が夜中にトイレに行くときに倒れて頭を強く打ち、すぐ病院に運ばれたが死亡したということだった。祖母はまだ60代で、前日まで毎日5人分の食事の支度と洗濯など家事全般を担うほど元気だった。
 
しかし、その日に起こったことは、それだけではなかった。その同日、元気だった祖父までも一緒にいなくなってしまったのだ。祖父に関しては、祖母が急に亡くなったことで、ショックで倒れて病院に運ばれて入院したということだった。
 
当時幼稚園児だった私は、祖母が亡くなった事に加えて、祖父まで入院してしまったことが、子供ながらに不自然に感じられた。人間はそんなに簡単に死んでしまうものなのだろうか。夫婦というものは、片方が死んでしまうと、ショックも尋常ではなく、入院までしないといけないものなのかと幼いながらに色々考えた。病気や怪我で入院することは聞いていたが、精神的ショックで長期間入院になることは子供だったこともあり聞き慣れず、どうしても腑に落ちなかった。私にとって、祖父母がいっぺんに二人共いなくなるということは、まさにミステリー小説の最中にいるようなものだった。
 
祖母は間違いなく亡くなった。お別れもできずに、安らかに眠る棺に入った祖母を見て、生まれて初めて死というものを直視した。しかし、祖父は本当に入院してしまったのだろうか。そんなに祖父はデリケートだったのだろうか。
 
なぜ私がそう考えたのか。それには理由があった。祖母が無くなる少し前のことだ。ある日の昼下がり、「歯を抜くぞ」と、祖父が私を玄関を出たところにある水道の蛇口のところに連れて行き、屈むように指示した。その時、まだ下の前歯が初めて一つ抜けたばかりで、他にぐらついている歯などなかった。しかし、祖父は無造作にブルーのポリバケツに水を張ると、私のまだぐらついてもない両前歯を工具のペンチで引き抜いたのだ。当たり前だが麻酔もなしにだ。
 
真っ赤な血がブルーのバケツに張られた水にいつまでもいつまでも滴り落ちた。私は出血のショックと痛みで泣き叫んだ。
 
祖父は「私の歯並びを良くするためだ」と、私や家族に話した。確かに母の歯並びが少し悪かった。それが遺伝するとでも思ったのだろうか。しかし、それ以来、私は祖父のことが怖くなった。それ以前も、悪いことをすると「しつけ」のためとお灸を据えられることがあったが、それは、当時珍しいことではなかった。だが、歯を抜かれたことは、間違いなく私にとってトラウマになってしまったのだ。
 
そうして、幼いなりに数少ない経験の中で立てた私の仮説が、「本当は、おじいちゃんが、おばあちゃんと口論になってカッとなって殺したんじゃないか。そしておじいちゃんは警察につかまったのではないか」いうことだった。

 

 

 

祖父母2人を失い、父と母と私の3人の核家族の生活に慣れてきた頃、ふと私は、祖父がいつ退院するのか母に聞いたことがあった。母からの答えは「長くかかる」というということだった。折に触れて同じことを聞いてみたが答えは同じだった。だが、私はそれ以上詳しいことを聞かないようにした。祖父のことを根堀葉掘り聞くことはタブーのように思えたからだ。また、祖父は遠い病院に入院しているらしく、私がお見舞いに行くことは許されなかった。そのうちに私達はは父の転勤で他府県に引っ越しすることになった。
 
そうして、数年が経ち、祖父が家に戻って私達と一緒に住むことになった。祖父はいつも温厚で優しかった。ご近所さんともうまくやっていて、新しい土地での生活を楽しんでいたようだった。写真と盆栽が好きで、私の友達が家にあそびに来たら、おやつとジュースをいつも部屋まで運んでくれて必ず記念写真を撮ってくれた。友達からも「優しいおじいちゃんがいていいね」と羨ましがられた。こうして私が幼少期に考えた仮説は、私の思い違いだと思うようにした。
 
その後10年ほど私達と一緒に暮らした祖父は、心臓発作で85歳の時に亡くなった。

 

 

 

昨年の夏の事だ。私は毎年お盆の時期に、母と一緒に父方の祖父母のお墓参りに行くようにしている。そして、墓地の近くに住む叔父と叔母と墓地で待ち合わせして一緒にお参りするのが例年の恒例行事になっていた。その日、お墓を拝んだ後の帰り道、ふとした拍子に叔母が、「おじいちゃんに灸据えられたの覚えてる? 昔はしつけとしてやってたけど、今考えたらあれは虐待だよね」と、冗談めかして言った。私はそれを聞いて「あはは、ホントだね」と笑っていたけれど、ふとまた祖父母が急にいなくなったあの日を思い出した。
 
父も数年前に亡くなった。祖父母がいなくなったあの日、私を戒めた目の前にいる叔母ももう高齢だ。膝が痛いらしく、長距離は歩けないらしい。腰も心なしか曲がってきている。アクティブでマラソンが趣味の叔父も、昨年、クモ膜下出血で入院して以来マラソンはやめたのだと言っていた。普段会わない叔父や叔母と、いつまでこうやって会えるのだろうか。父が死んでから、遠方に嫁いだ私が彼らに会うのは年に一度のこのお墓参りのこのときだけになってしまった。母も高齢だ。あの日の真実を知るのはこの3人だけになってしまったのだ。
 
もし、この3人が死んでしまったら、あの日起こったことの真実を私は一生知ることはないだろう。ただ、私の中のグレーに残ったあの日の出来事をそのままにしておくことは、ミステリー小説の終わりの部分を読ませてもらえないような、そんな感覚だった。いや、それは、そんな娯楽的な表面上だけのことではなく、私自身のアイデンティティの一部が欠落し、穴が空いてしまったような、言葉では表しきれない自分の一部の喪失を認めるようなものだった。しかし、その穴があるからといってなんの不便もない。そんな穴だ。だが最近、その空虚な穴の存在が大きくなってきているような気がしてきたのだ。父を数年前に亡くした後、年老いた母、そして叔父と叔母、3人の姿を見れば見るほど私の中のその穴の輪郭がはっきりしてきたのだ。それは、今この3人に真実を聞かなければ、もうそれを知るすべを失ってしまうという焦りからくるもののように思えた。
 
ただ真実を知ったからと言って、どうするわけでもない。私の夫、ましてや子供に話すつもりなどない。ただ自分の中でそれを受け止める。そしてその心にある穴を真実で埋めるだけだ。
 
「遠くに嫁いだ琴ちゃんに会えると思って毎年おじいちゃんとおばあちゃんのお墓参りに来てたけど、もうこんなに暑いと、いつまでこの8月に来れるかわからないわ。そうなったら琴ちゃんとも会えなくなるね。寂しいわ」
 
叔母が寂しそうに言った。
 
そう、叔母や叔父は自分の子供達が男の子ばかりだったこともあり、私が小さいときからいつも可愛がってくれていた。あの時、叔父や叔母にとって、自分の両親におこったこときのショックは、私の推測が間違っていたとしても正しかったとしても、計り知れないものだろう。実の母が急死し、父は精神的な病で入院したのだ。あるいは、万が一でも、もし私の推測が当たっていたならば、それは、私の想像を遥かに超える辛いものがあったに違いない。そして、おそらく、その日に起こったことは、私の両親とも話しをして子どもたちに詳しいことは話さないようにと決めたのだろう。
 
それは私を始め、私のいとこ達にも不必要なスティグマや負い目を感じないようにと配慮した優しさ以外の何者でもないことに改めて気が付かされた。
 
叔母や叔父に私があの日の真実を蒸し返てたずねることは、その優しさに対して仇で返すようなことになるだろう。
 
だから、私は叔母との約束を守ることにした。もうあの日のことは考えないで、自分にある空虚な穴を優しい叔母や叔父、母からうけた愛情で埋めることにした。自分のエゴを押し通して、年老いた母や叔父と叔母に対して真実を突き詰めることで、彼らに嫌な思いやストレスを与えたくない。
 
もう、自分の欠けた過去に執着するのはやめよう。今目の前にいる残された大切な人たちとの時間を大事にしよう。今まで叔父や叔母から受けた優しさをそれ以上の優しさと愛情で返そう。そう思い直した。
 
「おじさん、おばさん、私、来年からはもう少し涼しくなったころにお墓参りに来るよ。そしたら、またお墓で待ち合わせできる? それか、出てくるのも大変だったら、私がおばさんの家の近くまで行こうか?」
 
「そうしてくれたら助かるわ。琴ちゃん。おばさんも、また琴ちゃんに会えるの楽しみに一年頑張るわ」
 
私はおばさんのしわになった手を取って握りしめた。元々口数の少ないおじさんは後ろで微笑んでいた。
 
空を見上げると、そこには真っ白な入道雲と祖父が私の歯を抜いた時と同じポリバケツの色をした8月のブルーがどこまでも広がっていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
琴乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

昨年天狼院書店のライティング・ゼミに参加。その後、同書店ライターズ倶楽部にて書くことを引き続き学んでいる。

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2020-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.89

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