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週刊READING LIFE vol.122

「受け取り方」は自分で選べることを思い出すと、心がすっと軽くなった。《週刊READING LIFE vol.122「ブレイクスルー」》

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2021/04/05/公開
記事:伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「こんな手紙1つで終わらせようとするんかっ!」
受話器の向こうから怒鳴り声が響いた。それは、小学校の先生からの怒りの電話だった。
 
私は普段、小学校で使われる教材を編集しているのだが、担当した教材にミスがあったのだ。
ドリルの問題は「1/2+1/5」。解答用のノートに印字された問題は「1/2+2/5」。
同じ数字であるべきものがなぜかちがっていた。
さかのぼってみると、最初のチェック時は同じ数字になっているのに、修正後の2回目のチェック時には数字が変わってしまっていた。
 
「なんでこんなことになってしまったんだろう。何人もチェックしているはずのなのに……」
 
このミスは、保護者の方からの問い合わせで発覚した。
「間違いを見つけて子どもは喜んでいました。お詫びの手紙などは結構です」
怒ってはいないようで安心した。
 
しかし、この教材を使っている子どもたちは全国にいて、さらに宿題でやってくるように指示をする先生たちがいる。みなさんにお知らせとお詫びをしなければ。
 
教材にミスがあった場合、間違いの内容によって対応が変わるのだが、今回は書面で間違っている内容のお知らせとお詫びをお伝えすることになった。
全国の小学校に詫び状を送付し終えて、やれやれというときその電話は鳴ったのだった。
 
威圧感のある関西弁で、早口にまくしたてられた。
「こんな間違い出しといて、手紙だけで済まそうとするんか! 教師なんかどうでもいいんや! 子どもと保護者にお詫びしろ!」
 
小学校の教材は教材費で購入されている。そしてその購入費というのは保護者から徴収されている。先生の言い分はごもっともだった。ただ、これまで十年以上働いてきて、ミスに対する対応に関してこんな風に怒りの電話がかかってくることがなかったので、初めての経験に私は受話器越しに心臓がバクバクして、電話を持つ手が震えて、失礼ながら「早くこの電話を切りたい」と思いながら、先生の言葉を聞いていた。そして、子どもたちと保護者それぞれに向けた詫び状と、訂正用のシールを人数分郵送することでなんとか事態は収まった。
だが、その夜はもちろんのこと、その後の数日間、私はこの電話を思い出すと恐怖を覚え、夜もなかなか寝付けない日が続いた。
トラウマ。そうか、これがトラウマか……とそんなことを思うほど、強烈な経験だった。

 

 

 

それから数日たったある日、別の先生から電話がかかってきた。
「また怒られる……」私は恐怖でまたもや受話器を持つ手が震えた。
 
「学校あてにお手紙をいただきましたけど、教材で特に間違っていたところはないと思うのですが……」
柔らかなご年配の女性の声だった。
「あ、いえ、あの……。間違っていないということはないと思います。あ、えっと、絶対に間違っておりまして。申し訳ございません。たしかに間違っているはずなのですが……」
予想外のことを言われて頭がパニックになり、とにかく間違っているので申し訳ありませんということを伝えなければと、自分でも何を言っているのかよくわからないまま言葉を発していた。
結局、先生が確認していた教材がちがう教材で、やはり間違っているということが判明した。
「まぁ、本当ですね。子どもたちに伝えておきます。ご丁寧にお知らせくださり、ありがとうございました」
 
何を言われるのだろうと不安でいっぱいだったのだが、まさかお礼を言われるとは。
 
「あ、いえ、とんでもございません。あの、えっと……この度は本当に申し訳ございませんでした。こ、今後とも、ど、どうぞよろしくお願いいたします」
 
やっとそれだけ言うことができた。手の変な汗はすっかりひいていて、ホッとして受話器を置いた。
そのとき、私は思った。
自分が同じことをしても、怒る人もいれば、一方では感謝さえしてくれる人がいる。
なんだかとても不思議だ……と。

 

 

 

子どもたちが使う教材でミスを出すという、あってはならないことをしてしまった私は怒られて当然なのだが、トラウマになるほどの恐怖を感じた一方で、申し訳ないことをしたのに逆にお礼を言われるなんてとても不思議だった。
 
その不思議の正体は、「悪いことをしたから怒られる」と思っていたのに、自分が思っていた「悪いこと」は想像以上に「悪いこと」になる場合もあるし、それほど「悪いこと」にならない場合もあって、相手次第で物事の「正しさ」のようなものが変わってしまうということだった。自分の思う「正しい」も、他の人が思う「正しい」も、相手によってどんな風にでも変わってしまう。それはつまり、物事の受け取り方や考え方は人それぞれなのだということだ。思えば当たり前のことなのだが、この当たり前のことをすっかり忘れていたな……と、そんなことを考えていると、必要以上に落ち込むことはないと思えてきた。先生に罵倒されていると、だんだん自分がどうしようもないダメ人間に思えてきたけれど、それは、あくまでその先生から見た私はだめだめ編集者というだけだ。そして、「どうしようもないダメ人間」と受け止めたのも、やはり私自身が選んだ受け取り方なのだ。
 
心が落ち着いてくると自分のすべきことが見えてきた。大事なのは、仕事のやり方を見直すこと。どんなに注意していても見落としてしまうことがある。ならば、それを防ぐための手立てを考えればいい。たくさんの人がチェックしていたのに見落としていたということは、チェックする視点が間違っていたのかもしれない。チェック方法に問題があったのかもしれない。「罪を憎んで人を憎まず」という。過去の自分を責めるのではなく、どうしたら今回のようなミスをなくせるのかを考えることが今の私がすべきことなのだと思った。

 

 

 

事実は一つでも、それをどう受け止めるか、どう考えるかは常に自分次第で、怒るのも、悲しむのも、喜ぶのも、楽しむのも、どれを選ぶかはいつだって自分に任されている。自分で選ぶことができるのだと思うと、少し心が楽になって前向きになれる。日々の生活の中で、落ち込むことも悲しいこともいろいろある。けれど、「落ち込む」「悲しい」は相手に与えられたものではなく、自分自身が選んだ受け取り方なのだと思うと、自分次第でどうにでも捉え直しができる、変えていけるのだと思える。もちろん、反省することは必要だし、謙虚な気持ちも忘れてはいけないと思う。けれども、必要以上に自分のことを卑下すること、自己肯定感を失うことはないのだ。そんな風になりそうなとき、相手から受け取るものをどのように受け取るかは自分で選べるという自由があることを思い出すと、心がすっと軽くなる。
 
全国のたくさんの子供たち、先生方に迷惑をかけてしまったこのミスが私にあらためて気づかせてくれたことは、とても大きかった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ。父の転勤で中学時代をオーストラリアで過ごす。慶應義塾大学法学部卒。
天狼院書店主催の【ライティング・ゼミ】を通して書くことに興味を持ち始め、人の心に届くようなライティングを目指して勉強中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-04-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.122

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