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週刊READING LIFE Vol,95

「女性らしさ」の呪いから逃げ出して、新たな自分と出会うまで《週刊 READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「いいですか、ちゃんと聞いてくださいね?」
「……はい」
友人の白い細やかな手が握ったボールペンが、手帳の白い紙の上をなめらかに滑っていく。そこに、規則正しく複数の線が引かれた。マニュキュアを塗っていないけれど、整えられた、桜貝のような爪先が、線を指差す。
「人間の皮膚の層はおおまかに三層にわかれているんです」
「はぇ~、なんか昔生物の授業で聞いたことがあるかもしれませんねぇ」
友人の言葉に、私はぼんやりとした口調で応える。ふざけているわけではない。ただ、これまでの自分が触れて来なかった分野の知識なので、すこし遠い目をしているだけだ。
 
何でこんなことになっているんだろう。
 
都会の天井の高い、おしゃれカフェ。そこで、私はかれこれ30分ほど、友人にお説教されている。社会的、倫理的にまずいことをしたわけではないし、誰かに迷惑をかけたわけではない。
だが、
 
「ちゃんとお肌のケアはしてください。女性として非常にまずいです!」
温和な友人の目がギラリと光る。
「あ、はい、ごめんなさい……」
 
はじめは、友人の手助けのためにこのカフェを訪れていた。
彼女は、美容関係の仕事に就いており、キャリアアップの勉強のために、働く女性のアンケートデータが必要だということ。ならばと、友人として一肌脱ぐつもりで手を上げたのだ。そのはずが、怒られている、おしゃれカフェで。日頃の生活の中で、何をよく食べているか、起床時間、就寝時間などの、よくアンケートでみるようなことを質問された。その中の、美容の項目で、私はペロッと言ってしまったのだ。
化粧水などの女性としての必須項目をサボっていることを。
なんでも、肌のケアのためには、化粧水、乳液、保湿液、クリームなど、さまざまなものを決まった順番で使わなければいけない、らしい。
特に、乾燥しやすい洗顔後や入浴後に迅速に行うのが肝だそうで。
私はというと、それらすべてをすっ飛ばして、薬局やスーパーで売っているお気に入りのメーカーの保湿クリームだけを塗るだけで終わらせていた。
その事実を知った瞬間の、友人の絶望した顔といったら。
 
「三十代はお肌の曲がり角といいますけど、もっと早い段階のケアが大事なんです。今の努力を怠れば、二十年後に絶望するのは、自分自身ですよ!」
「……そ、そうですか。はい、がんばります」
 
私は、目をショボショボさせて、うなだれた。彼女は、私が憎くて言っているのではないと、ちゃんとわかっている。だが、まさか、この歳になって友人に怒られるとは思っていなかったのだ。悪事が見つかってしまった子どものように、体を縮こませる。
 
どうか、そんなに怒らないで。まだ私は、女性らしさ検定初級を学びはじめたばかりなのだから。
 
私は、幼少の時、自分が大嫌いだった。
人見知りで、引っ込み思案で、自己肯定感が低くかった。容姿もコンプレックスだらけだった。一番気に食わなかったのは、女である自分だった。
「女の子らしくしなさい」
大人が言う、この言葉は呪いの言葉だった。母や親族が求めたのは、買い与えたリボンの付いたふりふりのスカートを笑顔で受け取り、おもちゃ屋で着せかえ人形をねだるお淑やかな女の子。
だが、私は正反対。スカートを拒否し、ズボンとTシャツを身につけ、同級の男子たちと野山を駆け回る野生児だ。かわいいお人形よりも、兄から譲ってもらった怪獣の人形と一緒に出かけ一緒に寝ていた。周りのませた女子と子ども用の化粧道具ではしゃぐより、男子に混ざってヘビやカエルを捕まえて触れ合うことの方に断然喜びを感じた。
七五三の時などは、髪結と化粧をされることを断固拒否。近所の美容室で、泣き喚いた事件を、未だに鮮明に覚えている。
母をはじめ、母方の親族は、そんな私を見て大層がっかりした。大人たちが、説得しようとすればするほど、私は高い壁を心に築いていく。
セーラー服も、本当は着たくなかった。
もともと冷え性であったこともあるが、スカートを履いて脚を出すのが嫌でたまらなかった。冬はタイツを履けばいい、と言われたが、敏感肌なので摩擦で皮膚がかゆくなる。そのリスクを背負うなら、まだ寒い方がマシだった。
 
私も、男子のようにズボンを履きたい。なぜ、女子というだけで、スカートを履かなければいけないのか。
 
セーラー服という女子の制服を身につけると、さらに大人から責められる。
「もっと女性らしくしなさい!」
 
周りの女子たちからも言われる。
「こうした方が、かわいいし、男子受けがいいよ!」
 
なぜ、他人から指図されなければいけないのか。女性らしく、とは何なのか。かわいい格好をして、大人や異性に喜ばれるように振る舞うのが、女として生まれた者の定めなのか。
女性らしくする、ということ。それは、周りに気に入られるためのパフォーマンスである。
私は、そう感じ、激しく嫌悪した。
本当の自分を殺してまで、他人に気に入られたいなんて微塵も思わなかった。
最低限の身だしなみはしつつ、自分の感性のおもむくままに生きていた。
 
高校を卒業し、地獄の制服生活が終わり、大学という、開放期間に突入した。しかし、少し困ったことになった。制服が無くなり、突然の服装の自由化。周りを見渡せば、おしゃれな同級生たち。特に、女子大ということもあり、レベルが高い。ブランド物を誇示してくるような人はいなかったが、みんな洗練された服装をしていた。ゆるふわのガーリー系、シンプルなナチュラル系などさまざまなタイプの女子たち。付属の女子校からそのまま入学した生徒も何割かおり、みんな穏やかで、慎ましやかだ。そして、みんな化粧も標準装備をしていた。内心冷や汗をかいた。
 
私、もしかしなくても、ダサい、のでは?
 
もちろん、ズボンを履いたボーイッシュな子もいたが。素っぴんで、着の身着のままの私は浮いていた。
 
まずい、逃げ回ってきたツケが来てしまった。私、女子としての科目、何にも履修してない!
 
それから、私は周りの女子たちを見本に懸命に勉強した。
ナチュラルメイクが上手な同級生を見て、塗りたくっただけのメイクを改善した。
おしゃれな友人の服装を見て、「なるほど、今はこれがトレンドなのか!」と勝手に心の中でメモをした。
はじめは、億劫になりながらの作業だった。だが、次第に私の心の中で変化が置き始めた。
同級生と、買い物をしていた時だった。とある、お店の前を通り過ぎようとした時、ふと私は足を止めた。
そこには、リボンの付いた、かわいらしいふわりとした黒に近い濃紺色のスカートが飾られていた。
「どうしたの、気になるなら試着しなよ?」
「え、いいよ。似合わないから!」
友人の言葉に、慌てて首を横に降る。すると、お店の中から、店員さんが出てきた。
「ぜひお気軽に試着だけでもされてください」
友人と店員さんに、笑顔で背中を押され、スカートと共に、試着室に閉じ込められる。ここまで来たら、着るしかないだろう。スカートに着替えて、恐る恐る、試着室のカーテンを開ける。
私の姿を見て、友人と店員さんの顔が綻ぶ。
「いいじゃん、似合ってるよ!」
「そ、そうかな?」
「ええ、とてもお似合いですよ!」
慣れない服装にもじもじする私の姿を、友人が携帯のカメラで撮ってくれた。
「ほら、かわいいよ!」
恐る恐る、携帯の画面を見る。そこには、微妙な表情で写る、スカート姿の私が写っていた。膝丈のスカートがふわりと彩っている。脚がガニ股になっているのは、この際無視して。
「……か、かわいいかもしれない」
うれしそうに、友人がうなずく。
「でしょ! 買っちゃえば?」
私は、またもじもじと抵抗する。
「や、でもさ、私スカートとか履かないし。それに、リボン付いたり、黒っぽい服って、男ウケ悪いって、何かで読んだよ?」
友人が目を丸くした。
「何で、他人の目を気にするの? おしゃれは自分のためにするものでしょ」
その言葉に、私は目と口をポッカリと開ける。
「え、自分のため?」
店員さんも笑顔でうなずく。
「そうですよ。ご自分のお好きなものを、ご自身のために楽しむのが一番ですよ。それがファッションを楽しむために一番大切なことですから」
 
自分のために、ファッションを楽しむ。
 
二人の言葉を、頭の中で反芻する。
自分が女性であることを、朗らかに受け入れていい。他人の評価など気にしなくても良かったのだ。
私の中に空高く築かれていた、壁がポロポロと崩れていく音がした。
その後、何着か試着させてもらい、結局始めに試着させてもらったスカートを購入した。店員さんがかわいくラッピングして、袋に入れてくれた。その袋を壊れ物の様に大事に胸に抱えてバスに乗った。自宅で恐る恐る袋からスカートを出してみた。神妙な顔で、一人うなずく。
「……かわいい」
あんなに嫌悪していたスカートが、今、目の前にある。女性らしい物がない部屋には、かなり浮いて見えた。だが、とても輝いて見えた気がした。買ったからには、着なくては。ゴクリと生唾を飲み込む。
「ま、まずは、ガニ股で立つのを辞める特訓をしよう、かな?」
 
そこから、少しずつ、化粧やファッションをアップデートして行った。
見本をそのまま真似るのではなく、体型や肌の色など自分に合うものにアレンジしていく。
「あれ、何か垢抜けたね!」
「そのアイシャドウの色の方が似合うわ!」
同級生や、ビジネスマナーの先生に、褒めてもらえることが増えた。
強制ではない、自由な女性らしさ。
女性らしく、というのは、周囲の評価に怯えて女を演じることではなかった。
自分の思い描く姿を目指して、自身を磨いていくことだったのだ。
自分に似合うものと、自分の好きなものに折り合いをつけつつ。輝く自分を手に入れるため、前を向いていくことなのだろう。
周囲の女子たちに、大変遅れをとってしまったが、私はやっと、女性の階段をのぼり始めた。女性らしさ検定初級を手に入れるスタートラインに、自分の脚で立ったのだ。
 
だが、女性らしさ検定修得への道は大変厳しい。
なんせ履修しなくてはいけないことが多い。本屋に行けば、美容や、ファッションに関する雑誌は山の様にある。
幸いに、私の友人に女性らしさ検定上級者が数多くいる。中には、美容のプロもいる。大変心強いことだ。上級者どころか、インストラクターレベルの彼女たちの目から見ると、私の行動はまだ顔を覆いたくなるようなレベル、らしい。
時折、愛の叱咤激励をみんなからもらっている。
その度、私は申し訳無さと、切なさで一杯になってしまう。
みんな、どうか、長い目で見て欲しい。
今はまだジタバタしているけれど、必ず女性らしさ検定上級まで上り詰めて見せるから。
きっと、未来の私は、自分を誇れるすてきな女性になっていることだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。アルバイト時代を含め様々な職業を経てフォトライターに至る。カメラ、ドイツ語、茶道、占い、銀細工インストラクターなどの多彩な特技・資格を修得。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることを目指して活動している。女性らしさ勉強中。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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