耕す男の物語《天狼院通信》
『耕す男の物語』
とある山奥の山村に、小さな畑を耕す男がおりました。
男は野菜を育てるのが好きで、くる日もくる日も熱心に畑を耕し、山から落ち葉などを拾い来て、自分で肥料を調合して、土を丹念に育てました。また、井戸を掘って地下深くからいい水を吸い上げ、それを毎日畑にまきました。
何年かすると、その畑からは野菜がたくさん採れるようになりました。他の畑で不作の年も、この畑からはたくさんの野菜が採れました。
その男は、それを男が選んだ種と調合した肥料がいいからだと思いました。
周りは不作続きで、畑を耕すのを辞める家も増えていました。そんな状況だったので、男のような若い人がその仕事を続けていこうなどとは思うはずがありませんでした。本当は畑を耕したくとも、収入が十分にみこめなかったので、街に出て「安定した仕事」につかなければならなかったのです。
「もしかして、この種と肥料さえあれば、不作の畑も豊かに実るかもしれない。他の人たちも救えるかもしれない」
男は、自分が選んだ種と調合した特別な肥料を手に、山奥の小さな畑から出ました。
他の大きな畑に種と肥料を持って行き、使ってもらうことにしました。
思ったより多くの人たちが、自分の畑に、その男の種と肥料を使ってくれました。
多くの畑で、収穫量が格段に上がりました。
ところが、それと同じくらいの畑であまり効果が現れませんでした。
もちろん、無理を言って、種と肥料を使ってもらっているので、なかなかいい場所に植えてもらえるとは限りませんでしたし、日当たりも水も十分ではありませんでした。それでも、どの畑も、男が耕していた山奥の畑よりははるかに大きく、日当たりもよく、水の量も多いくらいでした。
「なぜだろう。同じように植えて、同じように肥料も与えているのに、どうしてこんなに差が出るのだろうか」
男は、原点に帰るために、自分の畑に戻ってみました。
そして、もう一度、自分で育ててみました。
いろんなところに種と肥料を持って行っていたので、しばらく放置され、畑は草が生え、自然に帰ろうとしていました。
やはり、男は野菜を育てるのが好きで、くる日もくる日も熱心に畑を耕し、山から落ち葉などを拾い来て、自分で肥料を調合して、一から土を丹念に育て直しました。また、井戸から水を吸い上げ、それを毎日畑にまきました。
日当たりが悪く、狭い畑でしたが、土の色が日に日に色濃くなって行きました。元のように土が甘くなっていきました。
そこに、その男が選んだ種を改めてまき、肥料を与えました。
やはり、ちゃんと育ちます。思った通りに、いや、思った以上に育ちます。
もしかして、気候の問題で、もうこの国ではその野菜は育たないのではないかとも思いましたが、それも杞憂にすぎないことがわかりました。
男は、もう一度、自分の種と肥料を使ってもらった畑に向かって丹念に調べさせてもらいました。
すると、あることに気づきました。
十分な収穫量を得られた畑では、畑がしっかりと耕されて、土の色が濃くなり、男の畑と同じで土が甘くなっていました。ところが、十分な収穫量が得られなかった畑では、耕しが十分ではなく、土は硬く色が薄く、どちらかといえば苦い味がしたのです。
「これだ!」
と、男は思いました。
同じ種や肥料を使ったとしても、畑が十分に耕されなければ、思ったようには実らない。
「でもどうして十分に畑を耕すことなく種を植えているんだろう」
その男は、畑を耕すのが何よりも好きだったので、十分に耕してから種をまくことは、当たり前のことだったのです。
盲点だったのは、その男にとって当たり前のことでも、他の人にとっては当たり前でないということでした。
考えてもみれば当然のことです。
男は、小さな畑で、ほとんどその種だけを育てていればよかったのですが、大きな畑では様々な種をまき、耕さなければならない土地も広大です。
ここ数年、確実に収穫が落ちて来て、資金が十分でない畑が多く、それは耕すのに多くの人手を割くことはできないということです。
自然、あまり耕されないままに種がまかれるということが、日常的に行われていました。中にはそれでも育ってしまう強靭な種があったので、畑の主も、耕さないことが収穫量が落ちた原因だとは考えませんでした。また、天候に恵まれ耕さなくとも今の倍くらい採れていた時期が長く続いたので、耕すことの重要性を認識していない人も多くいました。
こうして、その耕す男は気づきました。
「いい種といい肥料を配っただけではダメなんだ。一緒に畑を耕していかなければダメなんだ」
男は、種と肥料を使ってくれるところでは、一緒に畑を耕すことにしました。それは、男が山奥の小さな畑で習得したことでした。
種と肥料、土と水。そして、畑への情熱。そのどれか一つでもかければ、十分な収穫量は得られないのです。
その耕す男は、畑を耕す方法を広める旅に出ました。
男の脳裏には、色濃く耕された畑と、そこから採れる丸々と太った作物と、一緒に耕した人の笑顔、そしてその作物を食べた人の驚きの顔が、鮮明に描かれていました。
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