そのライバル設定、合ってますか?《週刊READING LIFE Vol.348「受験戦争」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/03/19 公開
記事:松本 萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私はいままで三度受験戦争を経験している。小学校受験と高校受験、そして大学受験だ。結果は二勝一敗だ。小学校受験は不合格だったので負け。高校と大学受験は行きたいと思っていたところに合格できたので勝ちだ。
両親とも「大学までは行かせる」という方針ではあったものの、さほど教育熱心と言うわけではなく、小学校受験は母の思いつきだった。急遽することになったため、お受験用の塾に通うこともなく、一発勝負で終わった。高校や大学は「行きたい学校に行ってよし」と言われていたので、興味のおもむくまま受験校を決め挑戦した。
二勝できたのは、志望校に限らず大半のことに対し「自分ならこのくらい」と高望みをしない思考癖が故、高いハードルを設定したり、多くのライバルを押しのけなければ入れないような人気の学校を選択するのを避けていたことが大きな勝因だと思っている。
この年齢になると、自分自身が受験戦争に参戦する機会はないが、仕事、プライベート、人間関係とさまざまな局面で競争や、時に戦いが繰り広げられている。そんなとき「自分ならこのくらい」という逃げの思考癖で挑まないことを自分に課している。なぜなら、物事を達成するときに重要なのは「今の自分」ではなく、ましてやライバルの存在でもないからだ。
ここぞと言うときこそ「ライバルは誰だ」「今自分は勝っているのか、負けているのか」と外に目を向けるのではなく、「今自分に不足していることは何か」「少し背伸びをした自分なら何ができるか」と内に目を向けることが鍵になることを、弓道が教えてくれた。
弓道での学びについて話す前に、小学校受験のことを書こうと思う。小学校受験は、まさに受験戦争そのものだった。
当時私は家の近所にある私立の幼稚園に通っていた。「子供には自立・発達していこうとする力がある」という考えに基づいたモンテッソーリ教育を取り入れた幼稚園の理念に共感した母が、入園先を決めた。理念の通り、登園時間とお昼ご飯の時間、そして帰る時間以外の決まり事はなく、園内であれば自由にどこででもやりたいことをして過ごすことができた。教育方針も環境もいい幼稚園であったことは間違いない。ただし人間関係が大変だった。
我が家はいたって一般的な家庭で社宅住まいの慎ましい生活だったが、高級住宅街に隣接したエリアだったため、幼稚園には事業を営む家の子供が多く通っていた。金銭面で恵まれていて不自由ない環境で生活しているのだから、さぞ人間性も良いのだろうと言いたいところだが、そうではなかった。いつの間にか母親間でヒエラルキーができており、そっくりそのまま子供達の関係にも現れていた。サラリーマン家庭の私は箸にも棒にもかからない存在だったため、嫌がらせをされる対象にすらならなかったが、対象になっている友人達を見るのは心が苦しかった。
後に母から聞いた話なのだが、年長になり、小学校受験を意識する時期になると、保護者からの先生達へのアピールがすごかったらしい。というのも通っていた幼稚園はとある有名な女子校の系列で、親達は我が子をその学校に入学させるために、幼稚園を通わせていたのだ。毎年春に行われる保護者間での役員決めでは、皆そっぽを向いて会議が進まなかったが、年長の年は奪い合いだったそうだ。「なんとしても我が子をあの学校に通わせる。そのために少しでも有利になるのであれば何でもする」という殺気だった雰囲気に、母はおののいたそうだ。奪い合い、相手を蹴落とし…… まさに戦争そのものだ。
周囲の受験ムードに影響され、「我が子も受験させてみようか」と母が思いつき、私も一校だけ受験することになった。こんな環境から早くおさらばしたい私としては受験なんてしたくなかったが、願いが叶って無事不合格。卒園式では「これでもう幼稚園に行かなくてすむ」とほっとした。
高校を受験する年になり、まず決めたのは「第一志望は県立にする」ことだ。何年経っても幼稚園のときの苦労した思い出が頭から消えず、私立校に対し魅力を感じられなかった。
自分の中での外せないポイントをいくつか考えた上で志望校を決め、無事合格することができた。そして外せないポイントの一つであった「弓道をする」を叶えるために、弓道部に入部した。
中学3年生のときに「高校では弓道をしたい」と思うようになり、迷うことなく弓道部に入部したが、さほど弓道のことを知っていたわけではない。入部すればすぐに的に向かって矢を射ることができると思っていたが、そう簡単なことではなかった。実際的の前に立つことができたのは、入部して4カ月程経ってからだった。
弓道にはいくつか流派があり、型の違いはあるものの、最終形態にさほど違いはない非常にシンプルなものだ。戦術といったものはなく、的に当たれば「当たり」、外れれば「外れ」それだけだ。試合内容によっては真ん中に当てるほど点数が高くつき、その点数を競い合うこともあるが、基本的には○か×の世界だ。
動作に関しても単調な動きで、見ている限りでは簡単だ。しかし実際にやってみると、なかなか難しい。体の中心がずれないよう、右手と左手の動作をそれぞれするのだか、最初の頃は体が引けてしまって弓を上手くあやつることができない。矢を離す前の最終行程まで行き着いたと思っても、体の重心が左右どちらかに偏ってしまい、このまま矢を離したら果たしてどこに飛んでいくのかと、周りはヒヤヒヤしてしまう。元々は殺傷能力のある武具として、動物を捕らえたり、戦で使われていたものなのだ。体そして動作が安定しなければ、到底的前に立つことはできない。そんなこんなで問題なく1人で弓を引けるようになるまで、4カ月ほど掛かった。的に当たるようになると、どんどん楽しくなっていき、試合に出場できるようになった。
先述の通り、弓道の試合はシンプルだ。何本矢を的に当てられたかで順位が決まる。大概の試合では、1人の持ち矢は8本だ。8本当てる人は少なく、7本か6本当てれば入賞することができた。
確か春先に行われた試合だったと記憶している。全国大会の選抜も兼ねた試合で、各校しのぎを削る中、8本当てる選手が続出した。
最初に8中が出たとき「優勝は決まりだな」と誰しもが思った。程なくして2人目、3人目、4人目と8中が続出した。いつも試合中はぴりついているのだが、8中が増えるにつれざわめきが多くなり、そのうち「また8中が出たね」とお祭りムードのような賑やかな雰囲気に会場が包まれた。
目立った的中数を挙げられなかった私は、「いつもなら7中で優勝なのに、こんなこともあるんだな」「7本当てて、『よし、これで大丈夫!』と思った人達は、今どんな気持ちなんだろう。『あと1本当てられていたら』と後悔してるかな」とぼんやり考えていた。その時一つの疑問が生まれた。
私はいつもだれと相対峙しているのだろうか。
的に向かって矢を射るとき、そこには他者の存在はなく、対峙しているのは的であり、自分自身だ。試合という高揚感でいつも以上の成績を出せることもあれば、緊張のあまり体がこわばって思うように弓を引けず、散々な結果に終わることもある。そしてひとたび射場から出ると、今度は他校の選手と成績(的中数)を競っている。的に当たるか否かは私個人の問題であり、順位を決めるとなると他者との比較が行われる。順位を決めるには比較することは避けられない。しかしそれ以前に大切なことがあるのではないか。
今回7中だった人が7中で終わった原因は、8中した人から妨害を受けたからではなく、あと1本を当てられなかったという自己責任だ。もし8中していたら、優勝戦に参戦できたのだ。そうだとすると、問題は外に在るのではなく、「自分の中にある」のではという考えに至った。
自分よりも成績のいい人を妬むのではなく、隣の芝を恨めしく眺めるのではなく、問題や課題は常に自分の中にある。ライバルが当てようが当てまいが、8本当てようが、関係ない。試合で8本当てるために日々の稽古を積み、試合といういつもとは違う環境に挑むときに自分はどうなりやすいかを振り返り、対処すればよいのだ。全て自分次第なのだ。
「全て自分次第」という考えに辿り着くも、17歳の私は舵を切ることができず、その後長く迷走した。就活、仕事、人間関係、恋愛…… いつだって「全て自分次第」と捉え、行動すれば好転させることができたのに、「自分ならこのくらい」とか「あの人だからできるだけ。自分は……」とウジウジ行動しないまま、時が過ぎてしまった。40代になってから、やっと「全て自分次第」とマインドチェンジしたら、生きやすくなった。
大人になった今も、弓道を続けている。弓道にも段があり、定期的に段級審査が開催されている。審査は実技と筆記の両方だ。筆記試験のために久しぶりに教本を開いたところ、弓道における礼儀作法や心の在り方が書かれている「礼記射義(らいきしゃぎ)」が目に止まった。書かれている文章を読んで、はっとなった。
射(しゃ)は仁(じん)の道なり。射は正しきを己に求む。己(おのれ)正(ただ)しくして而(しこう)して後(のち)発(はっ)す。発して中(あた)らざるときは、即ち己に勝つ者を怨(うら)みず。反(かえ)ってこれを己に求むるのみ。
弓道は教えてくれいた。自分より当たる人がいてもうらやましがるのではなく、自分にそれを求めなさいと。
社会生活をしていたら、さまざまなところで競争が行なわれ、世界に目をやるとどこかで戦争が起こっている。「一番でありたい」「自分が優位になるためには、誰よりも抜きん出なければいけない」「豊かでありたい。そのためには奪ってでも欲しいものを手に入れよう」と、さまざまな思惑が飛び交い、戦いが絶えない。みんな外ばかり見て無い物ねだりをし、内なる自分を豊かにしようとしない。
渇望感にとらわれそうになったとき、競争心でメラメラしそうになったときは、一旦立ち止まってみよう。そして自分の内側を覗いてみよう。案外答えは自分の中にあるかもしれない。誰かから奪わなくても、少し背伸びをして頑張れば、自分で何とかなるかもしれない。そのことを、弓道が教えてくれた。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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