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”不純”ノススメ ~恋と箱根と、お寺の未来~《週刊READING LIFE Vol.348「受験戦争」》


 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/03/19 公開

 

 

記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「いってきます」

いつものように母に声をかけて、家を出る。

 

いつもの家の前の道路。いつも見るサザンカの赤い花。冬が嫌いな私にとって、サザンカの花は寒さの象徴で、あの赤は眠たくて寒い冬の朝の憂鬱さを増幅させた。

 

しかし、今日という日は、いつもと同じで、そしていつもと違う。

緩んだ寒さの上から、肌を刺し通すようなヒリヒリした感覚が走る。

いつもの曲がり角を、中学とは反対方向に曲がる。体に決意と緊張が走る。

 

高校の入試の朝。あの、ひりつくような空気を、私は今でも鮮明に思い出す。

 

私の中学時代の受験勉強は、ただ一つの大いなる「不純な動機」によって支えられていた。「好きなあの子と一緒に、H高校に行きたい」ただそれだけだった。将来の夢のためでも、偏差値のためでもない。

 

もし同じ高校に受かれば、春からは同じ通学路を自転車で走れるかもしれない。図書室や中庭で、また笑い合えるかもしれない。そんな、15歳の淡くて甘い「二人の将来」を思い描くことが、深夜の勉強の眠気を覚ます最大の熱源だった。

 

しかし同時に、それはコントロールできない『他者』が介在する、祈りにも似た重圧でもあった。自分が落ちれば、あの子との未来が消える。彼女も受かってくれなければ、意味がない。

 

建物の切れ目から、これから乗る電車が小さく見える。

「この電車は未来に通じているんだろうか?」

 

ふと、思い出が一緒にあふれてきた。

 

進路調査で志望校が一緒だと分かった日。

高校のパンフレットを私の分まで持ってきてくれた時のうれしさ。

滑り止めの高校にそろって受かり、喜び合った日。

一緒に面接の練習をしたあの夕方。

合格発表の日に告白しようと決めたあの夜。

 

沈丁花の香りがツンと鼻に香った。

 

あふれる想いの全てを心にしっかり受け止め、試験会場の門をくぐった。

 

 

 

試験は終わり、合格発表の日。

 

掲示板の前には大勢の受験生が集まっていた。自分の番号を探す、あの独特の時間。

 

番号はあった。

 

私は合格していた。

 

しかし、その子の番号は……、なかった。

 

あのときの気持ちは、今でもうまく言葉にできない。二人の世界を夢見た、甘酸っぱくもほろ苦い私の人生最初の修羅場は、叶わぬまま幕を閉じた。

 

 

 

そして、三年後。私は二度目の修羅場である「大学受験」を迎えるため、東京にいた。

 

試験の前日、はじめての一人ぼっちの東京。

人だらけで圧倒された。そしてワクワクした。

行きたかった神社に行き、おみくじをひいて“凶”がでた。

 

「おみくじなんて引かなきゃ良かったーーー」、から始まった東京遠征だった。

 

そして、はじめて一人で過ごす東京の宿は、歌舞伎町のど真ん中だった。

日程を間違えていて、気づいたらここしかなかった。なぜ『受験生の宿』に新宿歌舞伎町の宿が載っているのか。その疑問は今に至るまで、かすかな残穢として残っている。

 

陽が落ちて、一人宿に向かう。

新宿は、むしろ陽が落ちてからの方が明るく感じた。ギラギラしていた。

テレビでよく見かける場所もあって興奮した。

 

そして歌舞伎町に足を踏み入れる。これまで生きてきた世界とはすべてが異質な気がした。

酔っぱらったお姉さんに声をかけられた。さすがにちょっと怖かった。ほとんど逃げるようにして宿に駆けこんだ。

 

そして迎えた、入試当日の朝。私はホテルの1階ラウンジで朝食をとっていた。

 

全面がガラス張りになった窓からは、東京の朝の風景がよく見えた。ホテル前の道路は、まだ時間は早いはずなのに、道行く人たちの歩く速度は速く、すでに全員が「戦闘モード」に入っているように見えた。

 

そんなピリついた空気の中、夜通し飲んでいたと思われる若者の一団(当時の私より年上に見えたが)が、不穏な空気をまといながら歩いて来た。

「言い争いかな?」

ラウンジには声は届かない。しかし、彼らの身振り手振りから、彼らの興奮がどんどん増しているのが分かった。

ふと、左側にいた若者が隣にいた若者に正対する。そしてその右拳が何か大声で主張していた若者の鼻っ面に一直線に入った。殴られた若者は、勢いで背中からドスッと塀に激突した。そのまま彼は、そのまま力なくへたり込む。

 

一団の興奮は最高潮だ。周囲の若者たちは、めいめい左右のどちらかに加勢し、あっという間に取っ組み合いの大乱闘。

 

「これが『東京』ってやつか……。想像以上に、恐ろしい……」

 

心の中は完全に怯えきっていた。ただただ呆然とするばかりだった。

 

手に持ったパンはすでに冷めていた。

 

しかし同時に、「ここで朝食をしっかり胃袋に入れておかないと、試験本番で力が発揮できない」という強迫観念が私の行動を支配した。

 

恐怖と、戸惑いと、受験への執念。

いろんな思いが頭の中をぐるぐると渦巻く。

 

私は血みどろの乱闘をおかずにして、必死に目の前のパンを胃袋へと押し込んだ。

 

やがて朝食を終え、部屋で準備を整えてホテルを出る頃には、あたりはすっかり平穏を取り戻していた。私は心の底からほっとした。

 

そして、その「ほっとした気持ち」のまま、私は試験会場に入ることができた。ひとたび自分の席についてしまえば、もうこっちのものだった。この日に向けて、十分すぎるほどの準備をしてきた自負があったからだ。

 

「箱根駅伝に出たい」という一心で狂ったように勉強し、学力を引き上げてきた。試験本番ではまったく焦ることはなく、持てる力をすべて出し切ることができた。会場を出た時の私は、「してやったり」という確かな手応えに包まれていた。

 

 

 

さて、高校受験と、大学受験。どちらも私にとって人生を左右する大きな出来事だった。では、大人になった今、どちらの風景がより私の心に深く刻み込まれているかといえば、実は間違いなく「高校受験」の方なのだ。

 

あんなにもエキサイティングで、血みどろのカオスで、してやったりの手応えがあった東京での大学受験よりも、あのサザンカが咲き、沈丁花が香る普通の朝の方が、圧倒的に重く、ヒリヒリとした手触りを伴って残っている。

 

理由は明確だ。大学受験(箱根駅伝への憧れ)は、向こう側にどれほど大きな舞台が待っていようと、結局は「私一人」の野望に過ぎなかった。一人の夢を追って、叶わなかった(結局、補欠で終わってしまう)。しかし、高校受験の向こう側に待っているはずの風景には、私だけでなく「あの子」がいた。二人の世界を夢見て、果たせなかった。

 

一人で見る夢よりも、誰かとの未来を思い描いた夢の方が、感情の根ははるかに深く張る。他者が介在した高校受験の記憶の方が、鮮烈に、そして色濃く残るのは当然のことなのだ。

 

世間では、「受験戦争」という言葉が過熱することへの懸念が度々語られる。純粋に「学問をしたい」という志を持つべきだ、と大人は言う。しかし、現実の修羅場においては、私のように大いなる“不純な動機”を燃料にして立ち向かっていく奴もいる。

 

受験勉強は、たしかに苦しかった。でも、あの頃の私は、二人の世界を思い浮かべては夜中に一人でにやけたり、箱根駅伝でごぼう抜きにして活躍する夢を見て朝目覚めたりしていた。

 

今にして思うと、修羅場の真っただ中にいたはずのその時間は、とてつもなく充実していて、「楽しかった」のだ。高校受験も大学受験も、結局どちらも夢破れた。でも、ひょっとしたら、その夢が破れたからこそ、あの苦しくも楽しかった受験の思い出が、私の中でこんなにも純粋な形で残っているのかもしれない。

 

 

 

あれからずいぶん時が経った今。私には再び、大いなる”不純”な動機でチャレンジしようとしているものがある。それはプロフィールにも書いている通り、「そんなことってある?」という信じられない展開で引き継ぐことになった、妻の実家のお寺だ。

 

今の私の密かな野望は、このお寺を、いつの日にか「子どもが全力で楽しめる空間」に変えることだ。「仏の教えを広めたい」といった高尚な理由ではない。もっと泥臭くて、私らしい”不純”な目標である。

 

しかし、あの中学時代に「あの子との将来」を夢見た時と同じように、この目標の向こう側には、私一人ではなく「笑っている子どもたち」という『他者との未来』が待っている。だからこそ、この野望はとてつもなく熱量が高く、そして何より、想像するだけでニヤニヤしてしまうくらい「楽しみ」なのだ。

 

子どもが心から楽しめる空間は、きっと大人も含めた誰もが楽しめる空間になる。そしてそれこそが、これからの時代のお寺としての存在意義になるはずだ。

 

受験戦争という人生最初の修羅場を、”不純”な動機で熱狂し、駆け抜けた若き日の私。あの頃の自分に負けないように、今の私もこの“不純な夢”を全力で追いかけてみようと思う。

 

そして、いつかサザンカの季節に、

子どもたちの笑顔が寒さを吹き飛ばす。

そんなお寺を作れたらと思う。

 

 

 

 

【ライターズプロフィール】

回復呪文は使えない(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)

「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。

 

 

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2026-03-19 | Posted in 未分類, 週刊READING LIFE Vol.348

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