週刊READING LIFE vol.325

3人の男たちとの出会いと別れ。数えきれない失敗があったから、そこから飛び出した今の私。《週間READING LIFE Vol.325 「リーダーの資質」》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/3/公開

 

記事:藤原 宏輝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

あの頃、私はいつも自信がなかった。

その反面「私は、経営者なんだから」

と自分にいつも言い聞かせて強がっていた。

「ああしなきゃ。こうしなきゃ。こうでないといけない。経営者なんだから、こうあらねばならない」

プライドだけが先行し、ブライダル業という見た目が華やかな世界の中で、やる気とプレッシャーが入り混ざった状態だった。

 

多くのビジネス書や自己啓発系の書籍を読み漁り、経営者の勉強会やセミナーに参加したり、団体に所属したり。

いつも心のどこかに不安を持ちながら

「出来る社長」のポジションを30代で確立している。

と思い込もうとしていた。

そんな、20年ほど前のこと。

あの時のことを思い出すと、今でもゾッ! 

とするような事が立て続けに起こった。

 

私は、お客様の挙式同行でハワイにいた。

現地時間17時。日本時間お昼12時。

現地では青い海、青い空の下。

美しい海を眺められるガラス張りのチャペルで、ご新郎・ご新婦様の挙式が無事に済み、ご両家の食事会の準備を現地スタッフと始めた頃。

ふと、気づくと会社から着信があった。

「あら、めずらしい。わざわざ電話してくるなんて、何かあったのかな?」

とその時は、のんびり構えていた。

その後、食事会の準備が整い、会社に折り返し電話をした。

すると「待っていました!」と言わんばかりに、事務スタッフがすぐに受話器を取った。

彼女は「お疲れ様です」の言葉もなく、

「社長、ちょっと問題が起きました」

と突然、話し始めた。

問題……。

この言葉を聞き、一瞬「何が起こったのか?」理解できず、頭の中がグルグル回り始めた。

内容の一部始終を細かく一気に説明する、彼女のその声は怒りとも取れたし、震えているようにも感じた。

この1本の電話が“3人の男たちの最悪な出来事”の始まりだった。

ここから2年半、最低な日々が続いた。

 

 

ハワイにいる間、私は居ても立っても居られない複雑な気持ちで過ごした。

帰国後は事実を正確に把握し真偽を確かめる為に、空港からそのまま会社に真っ直ぐ向かった。

その夜から、数日間かけて現状を、じっくり1つ1つ検証した。

問題の内容については、電話をくれた事務スタッフ、取締役と私の中だけの話にして、他の社員にも誰にも一切話さなかった。

しかし、色々と確認実証していく中で

「もしかして、これは事件?」と思った。

取締役ともじっくり話し合い、顧問弁護士には相談する事にした。

 

 

1人目の男、課長。

課長は、何をやらかしたかというと……。

営業で顧客から預かった現金売上の一部を流用し遡る事、約2ヶ月でトータル1,600万円の横領が発覚したのだ。

では、なぜ発覚したのか?

それが、ハワイにいた時の電話の内容である。

「社長、ちょっと問題が起きました」の言葉のその先に、

「課長のお客様という方から朝、お電話があって‘請求金額を確認し、先ほど振り込みました。確認をお願いします’と言われて、そのお名前を聞いた事もなく、事務処理上での顧客管理の台帳にも見当たらなかったんです」

と言った。さらに、彼女は聞いた事もないお名前だったので、すぐに過去の顧客名簿や営業さんに確認して色々調べたが、どこにもそのお名前は見つからず、どの営業担当もそのお客様の存在を知らなかった。

課長は、連休を取っていた。

そこですぐに、銀行に出かけ通帳記入をしたが、そのお名前は出てこなかった。

念の為、銀行間で時間がかかっているのかも? と思い、

お昼少し前にもう一度、銀行に出かけ通帳記入をしたが、やはりそのお名前はなかったのだ。

そして、私に慌てて電話をかけて来たのだった。

 

帰国して2日後、次はお取引先様から事務スタッフ宛に

「本日午前中にご入金いただきました件なのですが、先ほどまた御社より同じ金額の振り込みがございまして、二重入金になっていますので返金させて頂きたのですが」

と電話があり、事務スタッフは

「確かに、朝一度は振り込みましたが、午後には振り込んでいないので、こちらで確認します」

と電話を切り「どうしてかなあ、何かおかしいなあ」と思ったらしい。

そして、別のお客様からやお取引先様からの、似たような入金のお問い合わせが数件続いた。

それでも、私から課長には、証拠を消されるといけないので、特に何も話さず追求もせずに、何も気づいていない、知らないような素振りで、いつも通りに過ごした。

 

さらに、この課長が現場直行で出社した日。

お客様からお預かりしたはずの現金を

「今日は入金されませんでした」

と平気で嘘をつき、誤魔化し数日間も車の中に隠していたという事も発覚した。

 

するとちょうど弁護士先生から、調査の結果の連絡が来た。

事件発覚の3ヶ月ほど前。

課長はあろう事か! 自分の勤める会社(当社)と似ている会社名で、こっそり会社を設立し運営していたのだ。

課長は新規のお客様に、これまで通り自分の名刺をサラッと渡していた。

お客様に請求書が届き、入金先を知らされても、名刺の会社名と振込先の会社名が違うなんて、誰もが気づかなかったのだ。

そうして、その口座に数十組のお客様からの入金があり、その口座からちゃっかり支払いがされており、トータル1,600万円を横領していたのだった。

「そんな事が出来るなんて、なんだかおかしくない? 人として、どうかしてるね」

事務スタッフと取締役も呆れていた。

そして、私の中で何かが、大きく崩れ去っていった。

 

 

2人目の男、取締役。

1人目の課長横領事件の時に

「社長、これは絶対におかしいです。すぐに弁護士先生に相談しましょう」と、一番に動き、問題を一緒に乗り越えてくれた。

彼を採用すると決めた時から、これまで積み上げてきた時間と関係で、私は取締役を完全に信頼していたのだ。

取締役は、何をやらかしたかというと……。

横領こそしていないが、無理な役員報酬の大幅アップを持ちかけてきた。

しかし、営業成績的にも会社の全体の実績からも大幅な報酬アップはできない。すると、

「お金ないなら、実家のお父さんにお願いしたら、いいんじゃないですか」

と詰め寄ってきた。が結局、条件を変えることなく、報酬はそのままになった。

それから半年。

私が気づかないようにこっそりと、自分の家族を会社の代表にして、自分の名前を一切表に出さずに、別会社を立ち上げ運営していたのだ。

そして、顧客と社員を引き抜き、さっさと裏切って退職していった。

 

 

3人目の男、部長。

人材紹介会社からの紹介で年収800万円で迎えたが、営業経験ゼロ。

仕事も全く出来ない、ただの頭でっかちなおじさんだった。

しかも、紹介会社の話とは全然違っていた。

部長は、何をやらかしたかというと……。

2年目を迎える頃。

「給料、来年は上げてください」

と平気な顔をして、要望してきた。

「入社して1年、営業成績0で会社に利益を出すどころか、損失まで出しているんだから、年収をこちらは下げたいと考えてます」

と言い放つと、

「実家にお金出してもらえるように、頼んだらいいんじゃないですか」

どこかで聞いた言葉だ。

ここで私の怒りが沸々と湧いてきた。

「在職中のたった1年であなたは、1,000万円以上の損失を出したのよ」

と言った。

そして、2ヶ月後。彼は静かに退職した。

 

 

2年半で“3人の男たちの最悪な出来事”が立て続けに起こり、私は文字通り‘底なし’に落ち込み、裏切られた! とショックを受けた。

信じていた人たちに、裏切られた。

という感情が強すぎて、しばらく眠れなかった。

社員の顔が浮かび、自分が相手を信頼することを軽んじたのでは? という自己嫌悪。

1,600万円の横領と1,000万円という数字は、ただの「大金」ではなく、従業員の給料、仕入れ、広告、経費…あらゆる予算をむしばみ、金銭的な痛みを伴った。

その事を考えると、毎晩胃がキリキリした。

そして、恥と侮蔑。

「社長なのに、社員に騙されるなんて」

「社長として人を見る目がない」

などの周囲の声が聞こえてきそうだった。

立場上、そんな批判を避けたいと思っていた。

でも、それが現実だった。

女性で年下だからって「なめられていた」

と落ち込んだ。

さらに、自己の信頼を失う怖さ。

自分が人をすぐに信じてしまうことが、欠点だと痛感した。

その「性善説」が仇になったと、自分を責めた。

父に頼るしかなかった自分の未熟さにも、激しく落ち込んだ。

 

それでも、落ち込んでばかりはいられない。

まずは、事実の洗い直しと責任の所在を明確にすること。

調査チームを組み、顧客情報・社員異動・財務記録の洗い直しを命じ、信頼できる会計士を入れて、不正の証拠を固めた。

社内規程と契約書も、全て見返した。

紹介会社との契約内容、社員の面接記録、過去の報告経路。

曖昧だった部分を洗い出して、文書化を強化し整理した。

 

 

その後、

1人目の課長の横領事件は、会社への返済に数年かかった。

2人目の取締役は、すぐにダメになった。

3人目の部長は、今どうしているのか? 私には知る由もない。

 

 

「なぜ、こんなことが続いたのか?」

 

時間が経つにつれ、思わず笑ってしまうような、自分の欠点が浮かび上がった。

相手を信じすぎた自分に大きな問題があった。

裏切られた! と相手のせいにしている自分に気づいた。

「出来る社長」と思い込みたかったのだ。

 

社員の過去実績を鵜呑みにして、ろくに確認もしなかった。

チェックもしない、深く追求することもしない、紹介会社の社長とは友人関係だったので、関係を保つ為に、詳しい情報を確認する事もしなかった。

自社の内部監査や、報告体制を甘く見ていたのは、私自身だった。

 

取扱説明書を読まずに思い込みで、機械を使い始めたり、分解してしまう。

まるで、そんなふうだったのかもしれない。

 

そして、ブレやすさ。状況に応じて「人情」を優先してしまい、その場の空気で判断すると後で足元をすくわれる。

正直さや誠実さが必要だと前々から思っていたが、自分自身が実践しきれていなかった。

まさに、リーダーシップの基盤の弱さ。

誠実さ、透明性、ブレない態度というのは社長として当たり前と思っていた。

しかし、実際は「見せかけの強さ」で押し通していた部分があった。

実態は信頼の基盤が、脆かったのだ。

 

 

色んな事に気づいた私は、情けないやら、恥ずかしいやら、ツラいやら……。

しかしある意味で、この気づきは‘未来の私’への救いでもあった。

「あ、私が自分を騙していたんだ。3人の男性が最悪な行動を取れるような環境を作っていたのは、私だった」

やっと、笑い飛ばせるくらいの距離感を持って自分を見ることができた。

 

 

そこで私は再起する! 

とすぐに新たなスタートを切った。

落ち込んだだけでは、ただの悲劇だ。私は、そこから立ち直る道を必死に探した。

 

社員に対して、何が起こったかを正直に全て話した。

「人を見る力が未熟だった」と。

恥も外聞も省みず、謝罪できるところは心から謝罪した。

強いガバナンスと内部監査チームを設置し、定期的に財務と人事のチェックを行う。

「改善点を明確にして、再発防止策を講じる」

という約束で、少しずつ信頼回復を図った。

 

自分について、ブレない自分の価値の再定義と強化をしよう!

と決めた。

「正直であること」「透明性」「信頼」

社長である私自身も「小さなことほど見逃さない」姿勢を見せる。

売上数字だけでなく、社員の行動や心理状態の把握。書類なども任せっきりにするのではなく、きちんと目を通す習慣をつけた。

 

この数年、再起のプロセスを通じて私は、あの頃とは大きく変わったように思う。

そこで、私の痛い過去の経験から学んだ‘リーダーの資質’をまとめてみた。

 

1、信頼を得られる

かつては人を先に信じてしまったが、今は「信頼の階段」を設けている。

小さな約束を守るか、報告が正確か、実績と人格の両方を見てから、信頼を置く。

信頼を与える前に、まずはじっくり観察する。という習慣が身についた。

そして、自分の選択を信頼すること。

 

2、透明性・正直さを体現する

ミスがあれば認め、反省を公言する。

自分が決めた会社の価値観に、寄り添う。

そして「言うこと」と「やること」を一致させる、リーダーシップの重みを意識すること。

3、意思のブレを最小にする

「公と私」の境界を明確にする。

お客様の未来を、社員と共に想像し創り出す。

会社の将来と倫理を、優先する。

そして、感情に流されて判断を変えたり、人情で優先順位を曲げたりする事を、意識的に抑えるようになった。

 

4、組織体制の強化

監査、契約書のチェック、採用・評価制度など制度の壁を強くした。

これにより、似たような失敗が起こる確率が大幅に下がった。

 

5、リーダーとして、精神的に強くなる

裏切られても落ち込まず、この裏切り、この出来事から、今の私は何を学び、何を得るのか? に意識を向ける。

一瞬自分を責めても、それを乗り越えてさらに未来を見る力を養う。

そして、資金面で苦しい局面では「両親に頼る」のではなく、自分で腹を据えて銀行との交渉や社内改革に取り組めるようになった。

 

 

あらためて、30代の頃の私を振り返ると

“3人の男たちとの最悪な出来事”は痛かったが、自分を大きく飛躍させるきっかけになった。

 

過去の私はいつも、書籍を読み漁り学んでいる事に満足し、分かったつもりになっていた。

頭でっかちなおじさん。と、何一つ変わらなかったのだ。

しかし今の私は、本を読むことが、ただ好きだ。

 

最後に、私の過去の痛い経験を通じて、リーダーと呼ばれる人たちやリーダーを目指す人に伝えたい。

人生において、無駄なことはない。

恐怖も恥も裏切りも、リーダーとしての「負債」ではなく、自分が何に気づくかで「資産」に変える事が出来るということ。

 

そして、笑える日まで苦しみ続けるのは、とてもツラいけど。

そこまで行けば、その苦しみや痛みは深さと厚みをもたらす。

「なめられた」ことは、今なら笑い話だ。

笑い飛ばすことで、自分の中の弱さも強さに変わったと思える。

 

私は今もこうして、大好きな仕事を25年以上も続け、健康で頑張っていられる。

今なら「あんな目には、絶対にあわない」

という自信があるし、

今なら「ありがとう」

と3人の男たちに感謝の気持ちを、伝えられるかもしれない。

けれどそれは、傲慢ではなく過去の経験と反省と改善を、何度も重ねたからこその確信だと今なら笑える。

 

 

 

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。

さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 

と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。

ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? 

をいつも模索しています。

2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

 

 

 

 

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2025-10-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.325

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