週刊READING LIFE vol.325

副キャプテンは今日も元気に尻を振る《週間READING LIFE Vol.325 「リーダーの資質」》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/3/公開

 

記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「では、次に副キャプテンを発表する。副キャプテンは〇〇、お前がやれ」

 

テニス部の顧問である牧先生が私の名前を呼んだ時、場は一気に静寂に包まれた。

しーーーーーーーーーん。

後に生まれるザワザワ。牧先生だけがニヤッとしている。

 

静寂を思い切って破った先輩が、首を傾げながら放った一言はこうだった。

「え? なんでですか??」

 

ですよね、先輩。自分もそれ聞きたいっす。

まったく候補にも挙がっていなかった私がなんで副とはいえキャプテンなんでしょうか。謎です。謎過ぎます。全然意味がわからない。

 

すると、牧先生がニヤリとした表情のまま腕組みをして言った。

「お前は声がでかい。あとリアクションがでかい。みんなの盛り上げ隊長をやれ!」

ニヤリとした表情とは裏腹に、眼鏡の奥が鋭く光っている。

 

本気だ。この人、本気で言ってる……。

てか、なんだよ、声とリアクションがデカいって。お笑い芸人かよ。いや、まあ確かにデカいけど! 自覚はあるけど!! ありすぎるけど!!!!!(あるんかい)

 

でも、そんな理由だけで私みたいなもんが副キャプテンを仰せつかってもいいのでしょうか。絶対にやりたくないと拒絶していたわけではないが、他にも適任が数名いた事もあり、自分がその壇上にあがることなど1ミリも想像していなかったのである。

 

当初、キャプテンと副キャプテンについて、牧先生は立候補&生徒だけの話し合いでの決定を指示していた。そこに名乗り出たのが実力信頼ともにナンバー1のKさんと、誰にでも優しく大変面倒見のよいIさんだった。

しかし、話し合いは難航、KさんもIさんも……というか学年全体のカラーが押しの強いタイプではなく「どうしよう、どうしよう」と迷いが生じた。立候補してはみたけど他にしたい人がいるならその人を押し退けてまでやるのも違うしといったところだろうか。その他大勢はおそらく(まあいずれにせよ、この二人がキャプテンと副キャプテンを務めてくれれば何の問題もない)と感じていたと思う。

 

決めきれないまま時が過ぎ、痺れを切らした牧先生は「もういい。俺が決める」と言った。

 

そして、キャプテンはKさんという発表のあと、誰一人として予想していなかったまさかの私の名前が呼ばれてしまったというわけなのである。

 

今なら、なんとなくわかる。

これから主力の学年として他校と戦っていくなかで、技術はあったとして、ハートの面でお互いにいつまでも譲り合っているような優しさに、牧先生は喝を入れたかったのかもしれない。私の場合、技術はともかく、内心メラメラと燃える負けん気だけは強かった。それが表出するとき、戦いの場面で士気を高めるためには有効と捉えられたのかもしれない。

 

キャプテンにも副キャプテンにも任命されなかったIさんが少し落ち込んでしまい、心苦しい思いもあったが、先輩の引退後、とうとう私たちの時代が幕を開けた。

 

私はダブルスの前衛としてやっていたのだが、その戦闘スタイルといえば、本当にウザいものであった。今思い出しただけでも震える。約30年前の当時は、点が入った、相手のミスを誘った、ボレーが決まった、スマッシュが決まった……ありとあらゆる場面でネット越しに相手チームにアピールするのが常であった。そういう風に教えられてきたのだ。

 

「っしゃ、ラッキー!! もうけもうけ~!!」

 

教えられたのにプラスして私の性格の悪さが全面に出た結果、デカい声で品のない煽りを連発していたわけだが、時代と相まってそれはなぜだかよしとされていた。最近の甲子園などをみているとポーカーフェイスの投手が高く評価されたり、ホームランを打ったとしても相手チームへの敬意を表すためガッツポーズはしないチームなどがある。

 

それに比べて中学生当時の私ときたら、相手チームからはかなり鬱陶しい存在だったことだろう。お詫びして訂正したい。

 

まあそれはともかく、練習中もデカい声でみんなを鼓舞したり、自分以外のメンバーが出ている試合を応援で盛り上げていた姿がきっと牧先生の目に留まったのだろう。

 

もちろんレギュラー争いはそれとは別のことであった。

副キャプテンという肩書きをもらっていながら、容赦なくレギュラーから外されたこともあった。くっそ……私もレギュラーになって試合に出たい! 夜も眠れぬほど悔しかった。

残ってサーブの精度を高めたり、ラケットの振りを修正したり自分なりに努力した結果、またレギュラーの座に返り咲いた。

 

副キャプテンを任命されたばかりの頃「なんであの人が」という声を聞くこともなくはなかったが、それは私が一番感じていた。でも牧先生のいう「盛り上げ隊長」というフレーズだけは耳から離れず、一般的な副キャプテンとは違っていても、このチームを盛り上げるために自分は動けばいいという腹が決まった。

 

立場というのは不思議なものだ。

本来であればただの一選手で終わっていた私が副キャプテンという肩書きを与えられた瞬間から「どう動くべきか」というスイッチが入った。リーダーとは優秀だからなるものばかりではなく、このチームをどのようにしたいかの意図をはらんだ人材育成の面もあるのだろうと思う。

 

私たちは牧先生の厳しいしごきに耐え、最終的に市で4位入賞という結果を手にした。初戦敗退も当たり前だった私たちからしたら、夢のような結果だった。

 

副キャプテンとして大声を出していたあの頃と、母親になって子供たちとバカ話をしている今。一見つながらないように見えるけど、どちらも『空気をつくる役割』という点では同じだ。

 

ある月曜日の朝、子供たちが言う。

「あーあ、学校行きたくないなぁ。めんどくさい」

そんな子供たちに私が返す言葉はこれだ。

「何? 学校行きたくないの? じゃあ、お尻ふりな!」

 

知らない人が見たら完全に「ハァーーーー!?!?」という場面だろう。

しかし、これはれっきとした根拠のある話なのだ。

 

ここ数年、自力整体というものを習っている。自力整体とは人の手を借りずに自らの体を治療するボディワークである。ゆるーい体操教室みたいなものを想像してもらうといいかもしれない。そこには心身をリラックスさせるための秘法が満載で、先生たちはとてもためになる話をしてくれるのだ。

 

そのなかでも、私が「使える!!」と思ったのがお尻フリフリの技だった。

先生はニッコリした笑顔でこう言う。

「人ってね、お尻振りながらは悩めない構造になってるの」

聞いた瞬間、投げ銭したくなった。ありがとうございます、これ絶対子供たちに教えます!!

完全に受け売りなのだが、聞いて良さそうなものはまず実践ということで私が元気よく尻を振る。次にウダウダしている子供たちに尻を振らせてみた。ただ振るだけじゃつまらないのでノリノリの音楽をスマホから爆音で流す。

 

すると、どうだろう。さっきまでおでこに「意気消沈」と書いてあった二人が一生懸命尻を振りながら笑っているではないか。特にリズム感のある長男9才の尻の振り方のキレが良すぎて、私は腹を抱えて笑い、勢いでリビングに寝転んだ。もう三人で爆笑である。

ひとしきり笑うと「じゃ、いってくるわ」と二人は軽い足取りで学校に向かった。

 

いや、もちろん、こんな事で全てが解決するわけではないのは百も承知なのだが、日常が憂鬱に傾きだした時こそ、アホみたいな笑いが良薬となるのではと内心思っている。

 

毎日がこんな感じなので、子供たちに「ちょっと、お母さん……」と呆れられる事も多いけど、それでもこのくだらない時間が思いがけない効果を生むことがある。特に夕飯どき、今日あったことなどを「ふむふむ」と聞きながら適当なギャグをかましたりしていると、子供たちが不意に「そういえばね」と話し出す。

 

それは、取るに足らないと封印していた心のささくれだったりする。ある夜も6才の次男が「ちょっといやなことがあった」と言うので聞いてみると「机の引き出しを締めようとしていたら、急に隣の子がバンっと締めてきて指をはさんだ」と言い出すではないか。

おいおいおい、一体全体どういうつもりなんだい、危ないだろ。

私の中のやんちゃ魂が暴れそうになるのをグッと抑え、一応連絡帳に書いて担任に知らせた。まあ一年生のやることなので100%悪意というわけでもなく難なく解決したわけだが、我が子のささくれに気付くことができたのは、きっとくだらない雑談のおかげだろうと思う。

 

帰宅したばかりの子供に「今日どうだった?」「何かあった?」などと質問攻めにしたところで「べつに」とか「忘れた」というのがオチだ。それよりも、いつでも何でもしゃべっていいんだという安心感や開放感を持てるような空気を作っておくほうが個人的には意味があると思っている。

 

リーダーというと、優秀な人材やついていきたくなるようなカリスマを思い浮かべる。そんな大それたリーダーには、きっと一生かかってもなれない。私にできる事といえば、大きな声を出して誰かを応援したり、トップバッターでアホな役割を引き受けることくらいだ。それでも誰かが笑ったり、安心して前に進める勇気を少しでも与えることができるなら、優秀な人材とはまた違ったベクトルで存在する意味があるのかもしれない。そんなリーダーがいてもいいよね……?【終わり】

 

❑ライターズプロフィール

パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!

 

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2025-10-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.325

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