揺れ恐怖症の私の話 《 週刊READING LIFE Vol.340 「この世で一番恐ろしいもの」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/1/8 公開
記事 : 茶谷 香音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「なんで?」
Aちゃんが低い声で言った。小学校1年生の女の子でも、本気で怒ると意外と怖い。
「なんでブランコ乗りたくないの?」
「わたし、ブランコ怖いの」
「なんで怖いの?」
なんで、と言われても。怖いものは怖いのだから理由なんてない。
Aちゃんは目をつりあげて言った。
「わたしと遊びたくないんだ」
Aちゃんとは遊びたい。でも、ブランコは乗りたくない。理由は自分でも良く分からないけれど、とにかくブランコが怖いのだ。
なにも言えなくて黙っていたら、Aちゃんは怒って家に帰ってしまった。
1人で公園にいても仕方がない。幼い私はブランコの方を見ないようにして、走って家に帰った。
家に帰って、父と母、そして3つ年の離れた兄と夕食を囲んだ。公園での出来事が少し心から離れて、気持ちが穏やかになったのを感じた。
みんなが食べ終わり、食器を片付けようとなったとき。突然、兄が椅子の上で立ち上がった。
そして、天井からぶら下がっている電気の紐で遊び始めた。
兄が手を離した途端、紐が一定のリズムで揺れ始める。音もなく、風も起こさず、ただその空間だけが歪んでいる。
ドキッとした。
途端になんとも言えない不安感と落ち着かなさが襲ってくる。目を逸らしたいのに、揺れている紐から視線を逸らすことができない。心臓が凍りついたような気がして、思わず叫んだ。
「やめて!」
「なんで? 揺れてるだけじゃん」
「いいから、紐とめて! 止めてってば!!!」
兄はそんな私の姿を見て、不思議がっているのか面白がっているのか、紐の揺れを止めようとはしない。そればかりか、さらに不安を煽るようなことを言う。
「4年生になったらさ、学校の理科で振り子とかやるんだよ? 今のうちに慣れておいた方がいいよ」
「いいから止めて!」
「イヤなら見なきゃいいじゃん」
「ねーえ! やめて!!」
私がいよいよ泣き出したので、父が兄に言った。
「人がやめてって言っているんだから、やめなさい」
「はぁい」
兄は不満げな声を出して、やっと紐の揺れを止めた。
「ねぇ、まだ揺れてる!」
「もう止めたじゃん」
兄が困ったように返事をした。紐がまだ揺れ続けている気がして、私はしばらく泣き続けていた。
小学1年生の時の出来事なのに今でも鮮明に覚えているのは、あまりにも不安や恐怖が強すぎたせいだろう。
大学生になった今では、多分私は“揺れ恐怖症”なのだろうと自覚している。病院に行ったわけではないので、あくまでも自覚に過ぎないのだが。
成長するにつれて幼いころほど敏感ではなくなったけれど、今でも揺れる物が怖い。
ブランコや電球の紐が怖い。
実際に揺れていなくても、「揺れそう」というだけで恐ろしい。
なにかトラウマになるようなきっかけがあった訳ではないと思う。2歳のときに山梨県のハイジの村に行った。そこに、等身大のハイジが座って、前後に大きく揺れているブランコがあった。周囲の女の子たちは「乗りたい」と見つめていたのに、私はそれを見ただけで大泣きしたという話を母から聞いたことがある。きっかけや理由もなく、生まれてからずっと揺れる物が怖い。
実は、怖いのは“揺れ”だけではない。心臓に響いてくるような音とか、不気味なほどに一定したものもダメなのだ。
プールとか湯船の水が揺れているのが怖い。
お寺の鐘の、ゴーンという音が怖い。
和太鼓の音も怖いし、メトロノームのカチカチする音も怖い。
ちなみに、地震の揺れは怖くない。自然災害はとても恐ろしいけれど、それは恐怖症によるものではないと思う。
あと、ジェットコースターは大好きだ。
本当に不思議なのは、揺れる物が全て怖いわけじゃないし、ブランコを見れば必ず怖くなるというわけでもないことだ。どんな条件があるのかは全く分からないけれど、揺れる物に対して過剰といえるほどの恐怖心を抱くことがある。そして、全くもって平気な時もある。
高校生になった頃から、日常生活のなかで恐怖に苛まれることはほとんど無くなったが、それでもブランコのある公園には近づけない。
昨日まで平気だった揺れる物が、今日はとてつもなく怖いということも時々起こる。
理由は分からない。なにがきっかけとなり、どんなものが怖いのかも分からない。
そういう不合理さが、とても恐ろしい。
つい最近のこと。家族でテレビを観ていたら突然、巨大ブランコが出てきた。
芸人さんが体を張って、大きなブランコに揺られている。悲鳴を上げている芸人さんの顔がアップで映り、家族は笑っていた。
私は、心に何かが迫ってくるのを感じた。耐えきれなくなって、「チャンネル、変えて良い?」というと、母は黙ってテレビのリモコンを渡してくれた。
受け取ってチャンネルを変えると、兄が言った。
「なんや、まだ揺れる物怖いの? なんで?」
なんで?
小さい頃から、何度も言われてきた言葉。
悪意の一切感じない言葉。
私自身も無意識に、誰かに投げかけたかもしれない言葉。
「怖い」だけではダメなのだろうか。合理的な理由がないと、なにかを怖がったり恐れたりしてはいけないのだろうか。
「なんで怖いの?」とか「今のうちに慣れておきなよ」などという合理的な疑問を投げかけられても、理屈で説明なんてできない。
「イヤなら見なければいいじゃん」という言葉も、その通りだと思うけれど、その通りにできないのだ。目の前に猛獣がいて恐怖を感じたとき、その猛獣から目を逸らせば恐怖は和らぐだろうか。いや、きっと見えていないことによって一層恐怖が増すに違いない。私にとって揺れる物は、そういう存在である。
つまり、揺れる物を見るのは嫌だけれど、それから目を逸らすのはもっと嫌、ということだ。
世の中には、様々な恐怖症を抱えている人がたくさんいる。
高所恐怖症や閉所恐怖症、暗所恐怖症は知っている人も多いかもしれないが、揺れ恐怖症のようなマニアックなものもたくさんある。私が過去に出会った人の中には、風船に対して異様なほど恐怖心を抱く人もいた。
大学で心理学を勉強し始めてから、恐怖症とか精神疾患とか精神病というものに、強く関心をもつようになった。
歴史的に、心に問題を抱えた人は社会から白い目で見られ、差別を受けてきた。鬱病は甘えだと言われ、統合失調症や発達障害は頭のおかしい変人だと思われてきた。
科学の力で様々なことが明らかになってようやく、心の病への理解が徐々に広まってきた。
人の心は見えない。
だからこそ理屈や理由がないと、「怖い」とか「つらい」といった感情は見逃されてしまうのかもしれない。
それって物凄く恐ろしいことだと思う。
「怖い」とか「つらい」という感情は、時には人を殺めるほどの物だ。
感情の理由は明確な時もあるけれど、分からないこともある。
理由なく苦しんでいる人に理由を求めてしまうと、その人はより追い詰められ、時には取り返しのつかない状況に陥ってしまうかもしれない。
今になって思うことは、私にとって一番恐ろしいのは揺れる物自体ではない。それを前にしたとき、必ず投げかけられる「なんで?」という言葉だった。
「なんで怖いの?」
「慣れれば平気になるよ」
そう言われるたびに、説明できない感情を抱いている自分自身が、少しずつ否定されていくような気がした。
揺れる物が怖い理由は、今でも分からない。
恐怖症っていうのはそういうものなのだと思う。
だから私にとって、この世で一番恐ろしいものは、理由を持たない恐怖に対して、理由を求められることなのだ。
茶谷 香音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
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