あなたのために、と言う男は信用するな《週刊READING LIFE Vol.65 「あなたのために」》
記事:大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
君がため 惜しからざりし命さえ
長くもがなと思いけるかな
令和最初の年越し。カミさんの実家では年が明けると、小学校三年生の姪っ子が覚えたての小倉百人一首を持ち出してきて、かるた大会が始まる。
百人一首はお正月の風物詩。それが我が家の正月の風景。
小倉百人一首の中には数多くの恋の歌がある。中でもこの藤原義孝が初めて逢瀬の後朝(きぬぎぬと読み、翌朝のこと)に相手の女性へ贈ったというこの歌は、なんとも赤面してしまうような、ストレートで色気にあふれた歌だ。
歌の内容を要約すると、あなたのためならこの命、惜しくないと思っていたが、逢ってしまい、逢瀬を重ねた後では、今はこの恋が終わらず、またこれからも逢えるように命が長く続いて欲しいと思うようになった気持ちを詠っている。
小学三年生の姪っ子から、どういう意味かと問われても、オブラートの上に、さらにマシュマロでコーティングでもして包まない限り、その内容を説明するのに苦慮する。
説明したところで、まだ彼女には理解できないかもしれないけどね。
この歌は平安中期の歌人・藤原謙徳公伊尹(ふじわらのけんとくこうこれまさ)の子で、藤原義孝の作と言われている。
言い伝えによれば、幼いころから仏教への信仰心が厚く、殺生をせず、もっぱら精進食(現代で言えばヴィーガンと言ったところか)を好み、ファッションセンス抜群の超美男子で、香をたきした高貴な白色の服を好んでみにつけ、良い匂いがする色男だったそうだ。
現代で言えば……誰をイメージするかは個々の好みにお任せする。
とにかく、そんなとんでもないイケメンからこんな歌を贈られたら、どんなにひねくれた女性でも悪い気はしないだろう。
しかし、同性からしたら面白くない。だから、ちょっとこの歌に難癖もつけたくなる。
上の句の出だし、『君がため』とは文字通りあなたのためという意味であるが、今日日「あなたのために」なんて言葉を聞くと、続く言葉に気が重くなる。
あなたのためだなんて言っても、本気で相手のことを慮る人がどれだけいるのだろうか。
義孝だって、きっとそうだったに違いない。
あなたのためだなんて言っても、結局は自分が逢いたいだけの口実でしかない。義孝なんてきっとそんな自分勝手な男だったのだろう。
でも、女子はこういう時決まってこういう。
「但し、イケメンに限る」
そう、義孝は先にも書いたと通り超絶イケメンだったらしい。そんな義孝の言うことなら、多少の身勝手でも女性は受け入れてしまうのだろう。
あー、面白くもない。
けれど、義孝が自分勝手な男だったことはこの後すぐに証明されてしまう。
なんとこの歌を詠んだ後、義孝は天然痘に感染し、わずか二十一歳という若さでこの世を去ってしまうのである。
ほら、やっぱり自分勝手な男。
この歌を贈られた女性の気持ちを慮ればごめんじゃ済まされませんよね。
義孝は十代で源保光の娘(醍醐天皇の孫)を妻にめとる。この歌が、その保光の娘に贈られた歌であるかどうかは定かではないが、そうだとしても不憫だ。
きっと彼女も、イケメンの言うことは信用ならないと思ったことだろう。
小倉百人一首には、もう一つ上の句の書き出しが『君がため』で始まる歌がある。
君がため 春の野に出でて若菜つむ
わが衣手に雪は降りつつ
こちらは仁明天皇を父に持つ光孝天皇が詠んだ歌。
大まかな意味としては、あなたのために、早春の野に出でて若菜(早春の野に生える食用の若草で、これを食すと無病息災でいられると言われ、七草粥でつかう春の七草のもとになったといわれる)を摘んでいると、衣の袖に雪が降り続けていたよ。という内容だ。
光孝天皇がイケメンであったかどうか史実には語られていないが、これもまた自分勝手な内容だ。
勝手に寒い中若菜を摘みに外に出て、雪が降る中、こんなに寒いのにあなたのために若菜を摘んでる俺って凄くない? みたいな感じが伝わってくる。
しかも、時代背景を考えるに、皇子様が自分で雪の中、若菜を摘みに出ていることは想像し難いので、きっとこれは光孝天皇がそんな想像を歌にしただけで、実際には若菜をつみに外出はしていないとみた!
おおかた、家来の一人に若菜を摘みに行かせて、どうだった? と感想を聞き、成る程そんな感じね、OK、分かった。とばかりに想像して書いたに違いない。
やはりイケメンの言うことは信用してはいけない。
そう、『君がため』(あなたのために)なんて書き出しでラブレターを書くような男は昔も今も信用してはいけないのだ。ましてやイケメンならなおさら。
小学三年生になる姪っ子に上記のようなことを説明していると、カミさんと実家の家族から残念な生き物を見るような目で見られた。
「これだから男の僻みって嫌よね。美しい日本の文化も、汚れた心で見たら台無し」
令和二年、おみくじで大凶を引いてしまったような、なんとも晴れない気持ちでの幕開けになってしまった。
◽︎大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京在住。今もまだ何者でもない。
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