世界一性格の悪い男が見せた別の顔《週刊READING LIFE Vol.72 「人間観察」》
記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
プロレス界で「世界一性格の悪い男」と異名を取った鈴木みのるには意外な顔がある。
リング上で厳しい顔をして鋭い目つきで相手を威嚇しながら入場してくるにもかかわらず、情にもろく優しい一面を持っているのだ。
サインを求めるファンには優しい笑顔で対応をし、一言話しかけるのも珍しくない。ファン思いの男である。
2017年に試合中の事故で頸椎(けいつい)損傷となり、首から下の感覚が麻痺してプロレス復帰どころか一人では生活もできない姿になった盟友・高山善廣を助けるための会を設立したときには
「命をかけて戦った、自分の親友です。普段、人をぶん殴ってるクソ野郎が何を言っても響かないと思いますが、俺なんてどうでもいいんで、高山善廣に勇気をたくさんもらったと思うので、ぜひ皆さん力を貸してください」(東スポWEB 2017年9月4日 「リハビリ中の高山を支援する団体設立 鈴木みのる涙の訴え「力を貸してください」より引用)
こう涙まじりに語った。その姿はリング上で相手を威嚇し、椅子を振り回して止めようとした若手レスラーをぶん殴る姿とはほど遠い。
あれから2年半のときが過ぎた今でも義援金を集める活動は続いている。雑誌のインタビューで鈴木は活動についてこう語っていた。
「だから、いまとなっては旗振り役が俺でよかったなってあらためて思うよ。いまだに誹謗中傷が来るからね。『偽善者』だとか『カネ集めがどうのこうの』とかね。普通の神経の人なら耐えられない、っていうくらいのものが来るんで。でも、俺はそんなの関係なく、友達のために活動を続けているだけだから。
いま、IPS細胞の再生医療っていうのがどんどん進んでいて、光は見えてきてると思うんだよね。ただし、それには多額の治療費がかかる。だからお金を集めなきゃいけないし、希望がある限りは続けていきたい」(NumberWeb 2019年9月1日 高山善廣と鈴木みのるの深く固い絆。16年前の「なんで受け身とるの?」より引用)
鈴木は高山が再び立ち上がるのを信じてプロレスラーとして戦いながら活動を続けている。
もう一つの顔はアパレルショップの経営だ。2015年に原宿に自身の必殺技である「パイルドライバー」の名前で開店をしてからずっと営業を続けている。店内に置いてあるTシャツや帽子、靴下、ジャージなどはすべて鈴木のデザインだ。
いつ、そんなことやっているの?
そう思われるかもしれないがプロレスの巡業の合間や休みを使ってマックブックでデザインをしていて、試合がないときは店番もやっている。
お店はどんな様子をなのか、鈴木のインスタグラムを見ていると雰囲気が伝わる。
『「三日間仕分けが終わらなくてヒーってなる夢」は昨日正夢になりかけたが無事終了。パイルドライバーに大量入荷してるよ。手にとって見てると欲しくなる不思議。さて、もうしばらくこの夢は見なくて良いや……』(鈴木みのるのインスタグラム 2020年2月18日投稿より引用)
などとコメントを添えてアップした写真には紫色をベースにしたソックスで女性の裸を思わせるデザインと「CRAZY」「DAISES」と文字が入っている鈴木の足が写り込んでいる。他にもTシャツやジャージを着込んだ鈴木の姿がたくさん投稿されたアカウントをファンはいつも覗いており、筆者も楽しみにしている。海外からプロレス観戦に来たきたファンが聖地巡礼のように店によってグッズを買い込んでいるのはパイルドライバーでは日常風景だ。
筆者は、今年の正月に初売りがあったのでお店に訪問したときに鈴木は店番をしていて、ファンの子どもと楽しそうに話していた。店先にあるガチャポンをしていた子どもに「まだやるか?」と笑顔で話しかけている姿はリング上では決して見せない優しい笑顔を浮かべていた。
「もっかいやるー」
無邪気に鈴木に話しかけた子どもがその場を離れると嬉しそうな顔をして戻ってくるのを待っていた。ママからお小遣いをもらってきて戻ってきた子どもがガチャポンをすると隣で「どうだ?」「何出た?」と話しかけている鈴木は「世界一性格の悪い男」とはほど遠い姿を見せてくれた。
「これなあに?」
「これは珍しいやつだな」
まるで親子みたいな会話をしている鈴木を横目に店内に入った筆者はお目当てのTシャツを買って、鈴木が手を空くのを待っていた。一緒に写真撮影してほしいからだ。他の買い物客の邪魔にならないように入り口付近で待っていると隣から声が聞こえてきた。
「このTシャツはLないですね」
店員さんが品物の在庫を探していた。
「どうしたの?」
鈴木が話しかける。
「これなんですけど、Lサイズありましたっけ?」
店員さんが鈴木に確認をすると
「ここになければないな。ネットショップに卸す分は別にしているから」
僕は驚いた。
鈴木は店を経営しているからといっても在庫の把握までしているとは思わなかったからだ。グッズのデザインや売上の収支の確認、店番くらいだろうと思っていた。何せ鈴木の本職はプロレスだ。試合の他に練習もある。店にはもちろんスタッフがいるので在庫管理は任せてしまっても支障はないのだが鈴木はばっちり把握していたのだ。
忙しい中、いつそんな時間を作っているんだろう? などと思っていたが鈴木の手が空いたので筆者は「すいません、一緒に写真を撮らせてもらってもいいですか?」と話しかけると「ああ、いいよ」と快諾。スタッフにスマホを渡して一緒に撮った写真は大切な宝物だ。
「25年ぶりに一緒に撮った」
思わず本人を前につぶやいてしまった。その時の鈴木の顔は子どもに見せたのと変わらぬ笑顔だった。自らのアパレルショップ「パイルドライバー」については
「自分のライフワークの一つ」
こう語っている。鈴木が「世界一性格の悪い男」の仮面を取って本名の「鈴木実」に戻れる場所が原宿にあった。
忙しくてもオアシスがあるからリング上で大暴れができるのだ。今年52歳になっても鈴木の身体は進化を続けている。なんと2015年から毎年目標を持って身体作りをしている。それは筋肉が浮き上がって見栄えのいい身体を作るためじゃない。運動能力を上げてプロレス界のトップとして動けるようにするためだ。
食事にも気をつけてトレーニングも毎週メニューを変えて目標体重を設定を行い、効果が出るまで毎年スパンを決めて続けた。厳しいときもあれば緩めるときもあり、微調整を続けながらはストイックにやらないといけない。
でも鈴木は続けた。
人から「最近体つき変わりましたね」と聞かれても「えっ? 気のせいだろ」と答えてとぼけた。見栄えのいい身体がほしいわけではない。リング上で己の能力をフルに発揮するための始めたからだ。
このとき鈴木はいくつかの決め事をして肉体改造に励んだ。その一つがウエイトトレーニングに頼らずに鍛えることだった。筋肉は腕立て伏せや腹筋運動で強化をしていった。その意図を鈴木はこう語っている。
「強さを前面に出すためには自分自身のレベルアップが必要だから。例えば走る速度を上げて、素早く動けるようになれば自分のレベルアップになる。だからそういうトレーニングをしっかりやろうって」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」230ページより引用)
「どんな動きをするのにも腹筋は大事になるんで、7~8年くらい前から毎日必ず300回やるようにしていて、ここ1~2年は飽きたから500回にしている」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」264ページより引用)
そして「見た目は結果論」と断言をした。その成果は着実に現れている。時のチャンピオン相手に自らの得意技であるゴッチ式パイルドライバー(相手の頭を下にして抱え上げ、相手の足の付け根を両手をクラッチして垂直に投げ下ろす技)を決めてタイトルへの挑戦を決めた。
51歳のプロレスラーが20代や30代とバリバリの若いレスラーに交じってトップ戦線を戦うのは難しい。やはり年とともに動きが全く違ってくる。しかし鈴木は十分渡り合えるのを証明している。キャリア32年目、他にこんないレスラーはいない。
どうして鈴木はそこまでできるのか?
「別に俺がやってきたことなんて20代の奴らが持っているような上を目指す情熱を持っていればできると思うんだよ。でも、30、40になった奴らがなんでできなくなるかというと、上昇志向、上を目指す情熱が持てなくなるからできなくなるんだ」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」232ページより引用)
「じゃあなんで40代後半を超えた俺ができたかといえば、俺はモノが違うんだよ」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」232ページより引用)
こう語って鈴木はニヤリと笑った。
「後は、欲張りなのかもしれない。子どもの頃は「世界一すげえプロレスラーになりたい!」なんてアバウトででかい夢持っていたけど、年齢を重ねるにつれて、自分ができること、向いている向いていないことがわかって、実現可能な未来像しか見なくなってしまう。
でも、俺はそれを止めたの。
今の俺は、ガキの頃に思い描いたレスラーとは違う。本当はもっと凄くて、もっと強くて、もっとかっこよかったはずなんだ。普通はそこで「夢と現実は違う」とか「もうトシだから」と言って諦めてしまう。俺にもそういう気持ちはあったけど
諦めるのを止めたんだ。
なれるかどうかわからないけど、もっと上の自分を目指し続ける。現状維持をしようとしたらもう落ちていくだけなんだよ。落ちるスピードをちょっと遅くしているだけでね」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」232ページより引用)
なんと今でも「世界一のプロレスラー」を目指しているのだ。だから51歳で前よりも動きが速くなっている。先述した時のチャンピオンにパイルドライバー(相手の頭を下にして抱え上げ、相手の足の付け根を両手をクラッチして垂直に投げ下ろす技)を決めるまでの流れがTwitterでGIF動画で拡散されるとメキシコの強豪レスラーが「なんでこんなことできるんだ?」「51歳で動きが速くなっている」とコメントが付くほどの衝撃だった。
2020年にプロレスキャリア32年目に入った鈴木みのるは「それが大事なことだと気づいた」と語ってハードな練習をしている。
いつまでもギラギラして刺激を受けているために。そして
「イヤなこともつらいことも山のようにあるけど、プロレスの試合をしているときだけはすべてを忘れられる。だから俺はずっとリングに上がり続けていたい。そのためには何だって頑張れるからさ」(鈴木みのる著「ギラギラ幸福論 白の章」210ページより引用)《終わり》
◽︎篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって港区に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。
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