週刊READING LIFE vol.85

「PICO」からはじまる、誰でも簡単に医学論文を読む方法《週刊 READING LIFE Vol.85 ちょっと変わった読書の作法》


記事:タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
突然ですが、「医学博士」ってどう思います?
「えっ! お医者さんなんですか?」
「すごく頭いいんですよね」
「なるの大変なんでしょ?」
うん、まあそんな感じのイメージでしょうね。
実はなにを隠そう私も「医学博士」なのですが、
だいたいこのような反応をいただきます。
そのたびに何か非常に申し訳ないような
「本当にもうすみません」と謝りたいような気持ちになります。
ひとつずつ誤解を解いていきますと
まず「医学博士」=「医者」とは限りません。
もちろん医師は多いんですけど、
私のような医師ではない医学博士もたくさんいます。
例えば生物系や工学系の人が基礎医学の大学院で
研究することはよくあります。
医学博士は医学部の大学院博士課程で研究し、
博士論文を書けば誰でもとれるものなのです。
「いやいや、誰でもってことはないでしょ。とるの大変なんでしょ?」
そうですね。確かに大変といえば大変です。
ただ、学位の取りやすさからいえば、
医学博士は取りやすい方かなとは思います。
例えば文系の博士号なんてとてもとるのが難しいと聞いたことがあります。
よほどの実力と運がないと取れないのだそうです。
それに比べると、医学博士は割と研究室単位でみっちりと指導し
学位が取れるようにバックアップしてくれます。
「いやいやご謙遜を。頭いいんでしょ」
そんなことないですよ。大して頭良くないですよ。
本とか読んでますとすぐに眠くなりますし。
議論とか弱いですしね。カミさんによく言いくるめられてます。
ただまあ、1つだけちょっと人より得意なことがあるかもしれません。
それは、
「英語の医学論文を人より早く読むこと」
です。
「えっ! それって凄いじゃないですか!」
って思いますよね?
実はこれにも少しからくりがあります。
まず、大前提として、医学論文の英語はとても易しいです。
文法に関しては中学生レベルだと思いますし、
単語も専門用語を除けば高校生くらいでも
辞書なしでいけるのではないかと思います。
そして、文章が大変わかりやすい。
日本語でもそうですが、
小説や詩のように難解な比喩や省略が出てくることはまずありません。
これらの大前提を押さえた上で、
あとは医学論文のパターンと
読むポイントを押さえればだれでも比較的簡単に読むことができます。
「ホントかな?」
って今思いましたね?
わかりました。本日はその方法を教えましょう。
 
さて、医学論文と言いましたけど、
実は医学論文にはいくつか種類があります。
ざっくり言うと
症例報告、原著論文、総説、システマティックレビューの四つです。
症例報告というのは、その名の通り
「ある患者さんに対してこんな治療をして、こうなりました」
というレポートです。
例えばあまり見られないような病気や、
新しい治療法を行った場合などは非常に価値がある資料です。
原著論文というのは、臨床試験や実験、調査などを報告したものです。
一般的に「論文」といった場合、この原著論文を指すことが多いです。
これから読み方について説明するのもこの原著論文です。
総説はレビューともいいます。いくつかの論文の結果をまとめたものです。
例えるなら「まとめサイト」のようなものでしょうか。
その分野のことを知るときに非常に役立ちます。
システマティックレビューというのは
いくつかの論文を再集計して解析し、一つの結論を出したものです。
総説と似ているかと思うかもしれませんが、
総説はどちらかと言えば複数の研究をフラットな目線で
紹介しているのに対し、システマティックレビューは
きちんと主張があるという感じでしょうか。
これから読み方を紹介するのは「原著論文」についてです。
というのも、世の中の医学論文の大半は「原著論文」です。
文芸作品でいえば、まさに一つの作品にあたります。
それだけ内容も重要なものでありますし、
この原著論文で報告されたものが、その研究者の実績となっていきます。
 
だいぶ前置きが長くなりましたね。
これからようやく具体的な読み方に入ります。
まず大切なことを言います。
「医学論文は童話と同じ構造をしている」
このことをよく覚えておいてください。
「どういうこと?」
と思ったかもしれません。
これから詳しく説明します。
原著論文は四つのパートに分かれています。
最初に来るのが「背景」です。
英語だとIntroduction になります。
ここは文字通り、その研究のバックグラウンドが書かれています。
研究目的もここに書いてあることが多いです。
先ほど、童話と同じ構造と言いましたよね。
今回は「三匹の子豚」で考えてみましょう。
ここで書いてあることは
「むかしむかし、あるところに三匹の子豚が住んでいました。
あるとき、お母さんにそろそろ家を建てなさいと言われた三匹の子豚たち
は家を建てる事にしました」
のようなことなのです。
つまり
「むかしむかし、あるところに三匹の子豚が住んでいました」
という状況の説明と、
「お母さんに家を建てろと言われたから家を建てる」
という目的が書かれています。
次に来るのが、「方法」です。
英語だとMaterials and methods という言い方をします。
これも文字通り、実験や研究の具体的な方法です。
先ほどの「三匹の子豚」の例でいえば、
「一匹はわらの家、一匹は木の家、一匹はレンガの家を建てました」
ということになります。
その次に「結果」が来ます。英語だとResultsになります。
これもそのままですね。つまり
「オオカミがやってきてわらの家も木の家も吹き飛ばされましたが、
レンガの家はびくともしませんでした」
ということです。
そして最後に「考察」が来ます。
ちなみに英語だとなぜかdiscussion (討論)といいます。
様々な文献を引用して、ああでもないこうでもないと討論している
ということなのでしょうね。
ここでは結論も述べられることが多いです。
「真面目にコツコツレンガの家を建てた末っ子の家に
みんな避難してみんなでオオカミを追い返しました。
めでたしめでたし」となり、
教訓として「真面目に丁寧に仕事をしましょう」という結論が
導かれる流れが、論文の「考察」にあたります。
 
どうですか、少し読めそうな気がしてきましたよね。
「そうはいっても内容は難しいし、ましてや英語なんて読めないし
最初から数行読んだら眠くなっちゃう」
確かにその通り。
実は今とても大切なことを言ってくれました。
そうです。特に英語の医学論文を読むときに一番やってはいけないこと、
それが「最初から全部訳して読んでいくこと」なのです。
医学論文の内容を理解する場合、
「最初に読まなければいけないところ」と
「後回しにしても構わないところ」
が存在します。
もっと言ってしまうと、「背景」「方法」「結果」「結論」の4つのうち
半分は後回しにしても構いません。
さて、最初に読まなければいけないのはどこでしょうか。
実は「方法」と「結果」です。
なぜならこの2つが新しくわかった事実だからです。
先ほどの「三匹の子豚」のたとえを思い出してみましょう。
この童話の中で新しくわかった事実は2つだけです。
一つは「子豚たちがそれぞれ異なる材質で家を建てたこと」
もう一つは「家がオオカミに吹き飛ばされた、または吹き飛ばされずに
オオカミを追い返した」ことです。
「背景」はあくまで「今までわかっていたこと」です。
子豚たちがどんな生活をしていたとか、
どういうきっかけで今回の物語が始まったかは
この論文でなくても知ることはできます。
また、「結論」には他の論文を引用しつつ筆者自身の考えが入っています。
確かに「真面目に丁寧に仕事をしましょう」というのは
一つの結論なのかもしれませんが、もしかすると
「レンガってすごいですね」という結論にたどり着く人も
いるかもしれません。
結論はあくまで新しくわかった事実の解釈ですので
人によってブレることもあります。
ですのでここは鵜呑みにせず参考程度に見ておいてもよいかもしれません。
 
さて、これで量が半分に減りました。
これでずいぶんと気持ちが楽になったことでしょう。
え? まだ多い?
そうですか。
わかりました。それではとっておきの方法を教えましょう。
医学論文を理解するとき、まずこの4つを探せばよい。
そしてそれを見つけるための魔法の言葉があります。
その魔法の言葉、それは
「PICO」
と言います。
「PICO」これはピコーと読みます。
そしてこの4つのアルファベットにそれぞれ意味があります。
まず「P」はPatient(患者)。
これは研究の対象になります。
例えば「がん患者さん」とか「COVID-19の患者さん」などです。
「I」はIntervention(介入)です。
つまりこの論文で新たに検証される治療法とか治療薬です。
例えば「がんの新薬」とか
「アビガンをCOVID-19の患者さんに使う」とかですね。
「C」はControl(比較対照)です。
新しい治療法や治療薬の効果を調べるときは、
必ず今までの治療法や治療薬を比較対照にした実験を行います。
つまり「今までのがんの治療薬」や「COVID-19の対処療法」などに
あたります。
最後の「O」はOutcomeです。
難しい言葉で言うと転帰という言い方をします。
要するに結果の判定基準です。
例えば2つのIとCの薬の効果を判定するのに
「退院までの日数を測った」とか
「ウイルスの量を測った」とかいうことです。
この4つをつかんでおけば、この論文の要点をつかめると思います。
試しに「三匹の子豚」で「PICO」を探してみましょう。
P:3匹の子豚がいて
I:1匹はレンガで家を建てて
C:後の2匹はそれぞれわらと木で家を建てた
O:レンガの家だけ吹き飛ばされず、残りは吹き飛ばされた
どうですか?
大まかな内容は掴めたと思いませんか?
最初はここまでわかればOKです。
その上で、
「子豚たちはどんな性格だったのだろう?」
「オオカミが来るまでどれくらい時間があったのだろう?」
「それぞれどんな手順で家を建てたのだろう?」
「家が吹き飛ばされるまでどれくらい時間がかかったのだろう?」
などといろいろ気になるポイントが出てくると思うので、
そこを本文から探して読んでいけば、
より詳しい情報を得ることができます。
 
さて、どうですか?
ちょっと医学論文を読んでみたくなってきたでしょう。
そこで、ここまで読んでいただいたあなたに、
とってもお得な情報をお伝えします。
実は、医学論文には最初に「アブストラクト」というものが載っています。
これは何かというと、「要約」です。
そうなんです。最初から
「背景」、「方法」、「結果」、「考察」が
簡単にまとまっているのです。
これを読むと、もっと速く内容を理解することができます。
なんだよ、と思ったかもしれませんね。
実はここで一つ、お願いがあります。
このアブストラクトに関してだけは、
辞書を調べながら精読して欲しいのです。
というのはアブストラクトに出てくる用語というのは
流石にこれを知っとかないと読めないよ、というくらいの
キーワードとなる最重要用語なのです。
逆にいえば、ここを押さえてしまえば
あとはなんとなくわかる、と言ってもいいかもしれません。
さて、アブストラクトを全訳した上で、
先ほどの「PICO」をアブストラクトの中からもう一度探してみましょう。
なんとなくぼんやりとだけど全体像が見えたかと思います。
そうしたら、ここで改めて本文から「PICO」を探してみましょう。
おそらくいきなり本文に行くよりも
きちんと内容をつかめることと思いますよ。
 
さて、いかがだったでしょうか?
なんだか難しそうで、自分たちからは遠いものだと思っていた医学論文。
少しは身近に感じていただけましたでしょうか?
今、世の中は新型コロナウイルスの問題で大きく揺れています。
その中で真偽のわからない情報が大量に出回っていて
何を信じたらよいかわからない、という方々も多いかと思います。
そんなときに正しい情報を得られる方法の一つ、
それが医学論文を読んでみるということです。
でも、おそらく一般の方々にとって医学論文って
心理的なハードルが高いものだと思います。
今回はその心理的なリミッターを少しだけ外せないかと
ちょっとだけお節介をさせていただきました。
あとは実際に医学論文を手に取って
「PICO」を頼りにその中身を味わってみてください。
きっと「意外に難しくないじゃん!」
と思える、昨日とは違う自分自身に出会えるはずですから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H D
であることに気づく。特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞。

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2020-06-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.85

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