週刊READING LIFE vol.128

きものが教えてくれた前の向き方《週刊READING LIFE vol.128「メンタルを強くする方法」》

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2021/05/17/公開
記事:山本 恵果(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「5月だったら、袷(あわせ)やな。ちょっと暑いけどな。単衣(ひとえ)でもいいと言う人もいるけど、ちゃんとしておいた方がいいと思うえ。これ、かわいらしいやんか」
 
わたしにはかわいらしすぎるのではないかと思うような薄ピンクの豪華な訪問着を先生は手に取っていった。
 
「かわいすぎませんかね。もう少し落ち着いた色の方が安心するんですが……」
「まだ大丈夫や。心配せえへんでも、似合わへんようになるときがくるわ。着れるうちに着ておきよし。桜の花の柄やから、年中着れるで」
 
5年前、伝統産業をサポートするという仕事をしていたわたしは、きもの業界の方に来賓としてお招きいただくいただく機会が多数あり、5月・6月の業界の総会シーズンでは、毎日のようにきものを着ていた。
つくっている業界の人との会食にどんなきものをきていけばよいのか……。
悩んだわたしは、10年来お世話になっている着付けの先生にしょっちゅう相談をしていた。
 
「桜って春だけじゃないんですか? 」
「枝まで描いてあったら春だけやけどな。花びらだけやったら、年中大丈夫やねん。日本の国花やしな」
 
きものには、ため息がでるほど決まりごとがある。
まず、正装用の訪問着、普段着用の小紋・紬といった種類がある。種類によってあわせる帯の格(格ってなんやねん、と思うかもしれないが、柄、金箔や刺繍などの豪華さによって格がことなってくる)帯締め、帯揚げといった小物の種類も異なってくる。
また、季節によってきものの仕様が異なってくる。1~5月は「袷(あわせ)」という裏地のついたきもの、6月・9月は「単衣(ひとえ)」という裏地のついていないきもの、7月・8月は「夏物」と呼ばれる薄手のきものといった具合だ。
 
もう覚えることが多すぎる。
これに「柄」なんて入ってきたらパニックだ。
 
とはいえ、個人的には10年ほど前から着付けを習っていて、自他ともに認めるきもの好き。
ましてや、きもののメッカ京都だ。
「あの人、あんなきもの着てはるわ~」なんて後ろ指さされようものなら、立ち直れない。
 
びくびくしながら臨んだデビュー戦。
「ええきものやね。よう似合ってはるわ 」
業界の方にそのようにお声かけいただき、心底ほっとしたのを覚えている。
 
好きだからこそ、ちゃんとしたい。
仕事だからこそ、ちゃんとしなくては。
 
決まりごとに違えることなく、誰が見ても恥ずかしくないようにきものを着なくてはいけない。
そんな使命感を抱えて、わたしのきものライフがはじまった。
 
6月に入り、単衣(ひとえ)の時期が来た。
イベントにお呼ばれし、きもので行った方がいいよなあ、と単衣(ひとえ)のきものを買いに出た。需要が少ない分、高い。需要と供給のグラフからしても仕方ない。
さすがに新品は買えないので、リサイクル屋さんをのぞいてみたところ、白大島を見つけた。
 
「証紙はないんですけど、手触りからしても大島で間違いありませんよ。サイズがあうならおすすめです」
店員さんが言う。触ってみてもわかるわけがないが、サイズはぴったりだった。
きもの好きの憧れといえば、白大島。正価で買えばいくらになるのだろう。これは欲しい。
 
「帯は何をあわせたらいいですかね? 」
「夏帯ですね 」
「黒の夏帯があるんですけど、いいと思います? 」
「合うと思いますよ 小物をブルーとか涼しげなものにされたらいかがですか? 」
「ちょっとしたイベントに参加者として参加するんですけど、大丈夫ですかね? 」
「パーティとかでなかったらいいと思いますよ。観劇などでお召しになる方もいらっしゃいますしね。大島はおひとつ持っていらっしゃると便利ですよ 」
 
といった具合に、購入するにも一人では判断できず、店員さんに背中を押してもらって購入していた。
 
そんな形で、着付けの先生、店員さんにアドバイスをもらいながら、おそるおそるはじまったきものライフだが、きものを着ていると、
 
「きもの着てくれはってうれしいわぁ」
「よぉ似合ってはるわぁ」
 
と、業界の人はみんな喜んでくれるのだ。
きものを着るだけで喜んでもらえることに、とほっとした1年目でもあった。
 
2年目になると、どんな場面にどんなきものを着たらいいのかはなんとなくわかるようになってきた。組織内でも、きものを着なくてはいけない人も多いため、そんな人たちのきもののコーディネートの相談を受けるようになってきた。
とはいえ、わたしにそんな自信はない。
 
着付けの先生に相談しながら、コーディネートを学んだ。
先生は、きものや帯の柄の意味も教えてくれる。
 
吉祥紋はおめでたい席に着ていくといいで
松竹梅は、お正月向けやな
雪輪やから冬の時期やね
このお花は実在しいひんし、いつ着てもいいで
 
ほんのすこしずつでも知識を得られるとこういう席には、こんなきものを着たらいいんじゃないかというアイデアがわいてくる。
 
桜の時期だから、桜尽くし
年始は、めでたい感全開で、松竹梅のきものに七宝文様の帯でがつんと。
来賓のときは古典柄、イベントのときはモダンな柄で。
今日は、女将感を出して黒のきもので決めてみよう
花や木が書いてある帯だから、つばめのブローチを帯留がわりにして、つばめが飛んでいる風にしてみよう
 
そんな感じで、季節や行く場所にあわせてきものを選べるようになってきたし、きもので遊びはじめた。
 
同じきものでも、帯を変えたらイメージがガラッと変わる。
帯締めは、きものの色と同じ色にすると全体のバランスが良くなる。
 
そんなことも知ると、帯や色の組み合わせにもこだわりはじめた。
 
人目を気にして、「文句を言われないように」着ていた1年目から、きもののことを知り、「楽しむ」ことを覚えた2年目だった。
 
そして3年目になった。
「このきもの、着てくれへんかな」と友人からきものを預かった。
 
友人がおばさんからいただいたというきものは、キレイなサーモンピンクで、絞り染めに描き絵が上品にあしらわれた訪問着だ。紋まではいっている。見るからに上質なきものだ。
 
きもの好きには、きものが集まってくるということは聞いていたが、まさかわたしにもそのサイクルに巻き込まれるときがやってこようとは……!
 
「ええのん? いいきものやで」
「ええねん。わたしきもの着いひんし。やまもっさんに着てもらえた方がきものも喜ぶわ」
 
ということで、ありがたくお預かりすることにした。
とはいえ、サーモンピンクだ。この2年間で、きもので遊ぶことを覚えてはいたものの、自分が着るのは、紺、白、紫といった渋好み。
着付けの先生からは「また、地味なん着て……」といつも言われていた。
 
果たして、わたしに似合うのだろうか?
でも、せっかくのお預かりものだから着てみよう。
勇気を振り絞って「ちょっと、派手かも……」と言い訳しながら着てみると、
 
「いいきものやねぇ。似合ってはるわ」
「似合うねぇ」
「あら、いつもと雰囲気違っていいじゃない」
 
と、いつも以上に褒めてもらえるのだ。
どういうことだ。
どうやら、自分が着たいものが似合うとは限らないらしい。
そうか、わたし、ピンク似合うんだ……。
かわいいものは似合わないと思っていたのだが、どうやら食わず嫌いだったらしい。
30年以上生きてきて、まさかピンクが似合うことを知った3年目だった。
 
1年目は、失敗することや誰かに後ろ指さされることを恐れて、無難に「間違いない」ものを着ていた。きものを「着る」だけで精一杯だった。
しかし、振り返ると、誰からも「それはちょっと……」なんて言われたことはなかった。
都市伝説のように言われているきもの警察にも出会ったこともない。
そして、業界の人は、きものを着ているだけでとても喜んでくれた。
 
誰かに何か言われたらどうしよう、と起きるかどうかわからないことに、びくびくしていたのは、わたしがきもののことを知らないからだったし、きものを着ることに自信がなかったからだ。
 
きものを学び、自分自身が似合うものを知ることを通じて、どんどんきものが楽しくなっていた。
楽しそうに着ていたからこそ、友人から素敵なきものを預かったのだと思う。
1年目のように萎縮しながらきものを着ていたら、友人はきものを預けてくれなかっただろう。
 
これは、どんなときでもそうなのかもしれない。
失敗するかもしれないと萎縮していたら、傷つきたくないから、自分のことを守りに入る。
失敗しないように、傷つかないように、としていると、自分で自分にあらさがしをして「正解」を探してしまう。そうして、自分より詳しい人に確認して正解だと思えないと前に進めなかったり、少しでも自信がないところや不確定な部分があるとあきらめたりしてしまう。
 
でも、楽しむことができていたらどうだろう?
正解を探すのではなく、知らないことがあれば知ろうと思ったり、いつもと違うことにチャレンジできるのではないだろうか。
そして、チャレンジをするなかで、新しい自分を知ることができる。
(ピンクが似合うことを知れたことは、わたしにとっても大きな収穫だった)
 
楽しむこと。
 
わたしのメンタルを強くしてくれた、とってもシンプルな方法だ。
とってもシンプルだけど、きものを着るときだけでなく、いつでもわたしを助けてくれる。
 
行き詰まったとき、嫌なことがあったとき、自分に聞いてみるのだ。
「どうやって楽しむ? 」と。
 
そうすると、人目を気にして臆病になりがちなわたしの気持ちを前向きにさせてくれる。
 
よかったら、人目が気になって臆病になりそうなとき、ためしにつぶやいてみてほしい。
「どうやって楽しむ?」と。
きっとあなたを前向きにさせてくれるはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本 恵果(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都在住。きもの女子。着付け歴10年。
伝統産業を支援する仕事に携わり、きものにのめり込む。

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2021-05-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.128

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