昭和スタイルの体育会系バスケ部は、演劇部だった《週刊READING LIFE Vol.243 「面白い」反省文》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/12/11/公開
記事:青山 一樹(ライターズ倶楽部)
「あの経験があったから、今の自分がある」という人は多いであろう。かくいう私もその一人である。私の「あの経験」とは、中学時代にバスケットボール部で過ごした3年間である。
昭和から平成に移ったころ、私は中学校に入学した。そして、バスケ部へ入部した。バスケットというものは、スマートでオシャレなスポーツに思えたからだ。しかし、実際は、昭和時代の理不尽な決まり事が残る部活であった。
例えば、「先輩の言うことは絶対である」、「部活中に水を飲まない」、「体育館の窓を閉めきって練習する」、「38℃程度の発熱はバスケで汗をかいて治す」といった、私のような団塊ジュニア世代の人からすると、当時は当たり前と思われるようなルールだった。
これらの取り決めは、理不尽であるかもしれないが、鉄の掟ではなかった。そのため、先輩たちは、練習中に水を飲んでいた。水道水で頭や顔を洗うフリをして、水をコッソリ飲む。そうやって、喉の渇きを潤していた。
私は、水道水で口を漱ぐ程度にとどめておいた。ただし、優等生を演じている訳ではなかった。部活以外の時間帯に、中学校の水道水を飲んで、お腹が痛くなった経験が何回もあったからだ。
体育館の窓を閉め切るのも、部活が始まってからだ。顧問の先生が、最初から最後まで、練習を見ていることは少ない。いつも練習を開始し、1時間ほど経つと、体育館に現れる。先輩たちは、先生が現れるタイミングを熟知している。先生が現れるまで、先輩たちはダラダラと練習している。窓を閉め切っていても、手を抜いて動いているため、それほど疲れを感じていない。
陰で水を飲んで、ダラダラ練習している空気が一変する時がくる。それは、顧問の先生が体育館に顔を出した瞬間からだ。急に先輩たちの顔つきが変わる。あたかも、今まで水を一滴も飲まず、全速力で体育館を走り回っていたかのように振る舞う。「ここは、バスケットボール部ではなく、演劇部ではないか」と思えるくらいの変わりようだった。
ある日、私は部活を休んだ。風邪の引き始めの症状が出たからだ。翌日、先輩から「何故、昨日部活を休んだ!」と問い詰められた。「風邪を引いたからです」と私は答えた。先輩は「熱は何度だった!」と更に問い詰めてきた。「37度ちょうどでした」と私は正直に伝えた。
すると、先輩の顔がみるみる紅潮し「37度くらいの熱で休むな!」、「俺なんか、38度3分の熱があっても部活に出たぞ!」、「その程度の熱で休んでいたらレギュラーになれないぞ!」と私を怒鳴りつけた。部活を休んだバツとして、他の部員の2倍の量の筋トレと、10分間の空気椅子を命じられた。
当時は、部活を休むとトレーニング量を増やされた。顧問の先生が決めたルールではなく、先輩たちが勝手に決めたルールだった。自分たちは守らないが、後輩たちには守らせるという理不尽なルールであった。
その時は、始末書や反省文などは、書かされることはなかった。先輩たちが、始末書・反省文という言葉を知らなかったのであろう。もし、部活を休んだバツとして反省文を書かされるのであれば、どのような内容になっただろうか。残念ながら、私は13歳のころの純粋な気持ちは忘れてしまった。よって、47歳の捻くれたオジサン目線で、当時の先輩たちへ送る反省文を書いてみた。
敬愛するバスケットボール部の先輩たちへ
この度は、微熱によって部活を休むという大きな決断をしたこと、心よりお詫び申し上げます。しかし、これは私にとって、ただの風邪による休息ではなく、実は計画的な犯行でした。
私が、最も避けるべきは、私の37度程度の熱を先輩たちに伝染させることです。私の風邪がうつり、演劇部をも凌ぐ先輩たちの名演技の質を、低下させたくなかったのです。先輩たち、考えてみてください。いくら先輩たちが、屈強な身体をお持ちといっても、顧問の先生の前でしか、全力のプレーはできないのです。
2時間の部活動のうち、先輩たちが真剣にバスケットボールに取り組んでいるお時間は、せいぜい1時間程度です。私の微熱が原因で、先輩たちの全力プレーが、30分や40分しか続かなくなってしまったとしたら。また、微熱の影響で判断力が鈍り、先生の見ている前で、先輩たちが水を飲んでしまう。先生が体育館へ入って来たにも拘らず、体育館の窓を開けっ放しにしていたら。その結果、先輩たちが、先生に怒られてしまったなら、私は悔やんでも悔やみきれません。
部活を休んだバツとしての筋トレや空気椅子を、私は喜んで受け入れます。なぜなら、私の英断により、先輩たちの演技力低下を防ぐことができたのですから。引き続き、顧問の先生がいらっしゃる前だけの熱演を、同じコート上より見守っております。
そして、引き続き理不尽なご指導、ご鞭撻のほど、何卒宜しくお願いいたします。
バスケットボール部 影の脚本家より
先輩方へお見せできない、嫌味と皮肉ばかりの反省文である。
では、理不尽な昭和の決まり事が残る部活動は、私にとって無駄な時間だったのであろうか。いや、私にとって、この上ない貴重な経験をした3年間であった。
まず、結果=努力の質×投入時間という方程式を学ばせてもらった。実は、顧問の先生は三重県のバスケットボール界で名の知れた人だった。先生の人脈で、毎週末、三重県内外の強豪校と練習試合を組ませてもらった。当然、毎日の練習メニューも質の高いものばかりだった。練習に真剣に取り組めば、中学生になってからバスケットを始めた私たちでも、最後の夏の大会では三重県大会の上位に食い込めるような練習内容だった。
「三重県大会優勝」を掲げていた先輩たちではあったが、県大会では毎回、1回戦敗退で2回戦まで進んだことはなかった。考えてみれば、当然である。努力の質が低く、投入時間が短いのだ。
毎日のように練習をやっていると言っても、全力でやっているのは、せいぜい1日1時間である。しかも、先生の考えた練習メニューではなく、自分たちの好きなことをやっている。一方、他の中学校は、1日2~3時間、真面目に練習に取り組んでいる。しかも、小学生からバスケを始めている。6年間バスケットボールに真剣に向かい合った者と、3年間適当に向かい合った者との試合は、どちらが勝つかは明確である。
そこで、私たちの年代では、先輩たちを反面教師とした。顧問の先生が見ていない時ほど、真剣に部活に取り組んだ。先生が部活に現れるころには既に疲れ果てており、「練習のための練習をするな!」と罵倒されたこともあった。
しかし、そのような取り組みが功を奏した。私たちの世代は、三重県大会優勝とはいかなかったものの、3位という好成績を収めた。それは、私たちの中学校では8年ぶりの快挙だった。私は、先輩たちが予期した通りレギュラーになれなかった。しかし、私が率先して先輩たちを反面教師にし、チームメイトに嫌われるくらい口出し、勝てるチームを作った。と今でも思っている。
もう一つ学んだことがある。それは、何といっても演技力だ。バスケ部の先輩たちは、練習を怠けることに長けた「名優たち」だった。先輩たちの特技は、顧問の先生が視界に入ると、まるでスイッチが入ったかのように、熱心なバスケットプレイヤーに変身すること。この壮大な演技は、実は深い教訓を含んでいた。
それは、「相手に与える印象を、自分でコントロールすること」の重要性だ。先輩たちの演技力を盗んだ私は、あるキャラクターの生徒を演じることにした。私は「何でも一生懸命に取り組む、不器用な生徒」を演じきった。
例えば、授業も真面目に聞き、ノートも取る。宿題も忘れずに提出する。任意で日記の提出を求められたら、担任の先生にアピールするために、毎日提出する。先生たちを困らせない、手のかからない生徒を演じた。その結果、テストではケアレスミスが多く、飛び抜けた成績を残せないものの、担任の先生から好かれる生徒となった。
担任の先生たちの私に対する評価が、バスケ部顧問の先生の耳に入るまで、それほど時間がかからなかった。顧問の先生は、私を補欠の一番手に指名し、練習試合や大会で積極的に起用してくれた。同じ補欠の立場で、私よりバスケの上手い生徒がいるにもかかわらず。
その不器用な生徒は、10年後、不器用な営業マンとして社会に出た。今、私は製薬会社の営業(MR)として20年以上のキャリアを築いている。このMRという仕事では、バスケ部の先輩たちから盗んだ演技力を取り入れることが頻繁にある。
ある医師の前では、私は自信に満ちた専門性高いMRに変身する。体調が悪くても、精神的に落ち込んでいても、その医師の前だけは、完璧なプレゼンを行う。積極的なプロモーションをされると、すぐに処方薬を変更してしまう医師に対してである。
また、別の医師の前では、私は、先ほどとは正反対の頼りないMRに変身する。体調がよく、精神的に前向きでいても、どこか自信がなく、緊張で上手く話せないMRとして、プレゼンを行う。親分肌で「俺が何とかしてやらないと、コイツはいつまでもダメなMRのままだ」と考え、処方薬を変更してくれる医師に対してである。
バスケ部で学んだ「演技力」は、製薬会社の営業として成功するための鍵となった。中学校の部活での演技は、単に担任や顧問の先生の目を欺くためだった。しかし、社会人としての演技は、より深い意味を持つ。自分という商品を信じ、それを顧客に売り込む。
演技力は、自分の営業成績を伸ばすための大切なツールとなった。違いはあるが、根底に共通するのは「自分が主導権を持って、相手の印象をコントロールする」ことだ。
私はこの演技力を通じて、「相手の印象操作の奥深さ」を学んだ。どんな場面でも自分を最適化し、相手に合わせて対応するために最善策を取る。これは、営業としてだけでなく、人生のあらゆる場面で役立つスキルだ。
先輩たちの「演技」は、バスケを怠けるための表面的なテクニックに過ぎなかったかもしれない。しかし、その背後には「自分の実力以上の評価を、周りの人から得る」ためのノウハウが詰め込まれていた。そして、その教えは、今や社会人としての私の大きな武器になっている。
□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳からの男性育児奮闘記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中
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