浮気がバレた夫より妻への反省の手紙《週刊READING LIFE Vol.243 「面白い」反省文》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/12/11/公開
記事:小城朝子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※この記事はフィクションです
親愛なる妻へ
ごめん。本当に申し訳ない。
君の心の傷がまだ癒えていないことは分かっている。僕が男として最低だということも分かっている。謝って済むことではないということも分かっている。
でも、これだけは言わせてくれ。
君のことは大好きだ、世界で一番愛している。
そして、僕が君の事を誰よりも大切に想っているということを忘れずに、この手紙の続きを読んで欲しい。
決して君に不満があるわけではない。僕にとって君ほど素晴らしい女性は、後にも先にも出逢ったことはない。
君は世の男性からも見ても理想の女性だ。端麗で、淑やかで、上品で、艶やかで……。
女性を讃える全ての表現を君に捧げても足りないぐらいだ。本当に、非の打ちどころのない女性だ。
ただ、敢えて一つだけ言えば……。君は頭が良すぎるというか……。勘が鋭すぎるんだ。
なぜ、君は気づいてしまうのだろう。
助手席のシートの位置が少し違うだけで、他の女性が乗ったことが、なぜ簡単に分かるのだろう。
確かに、僕は助手席のシートを押し倒してしまった。でも、きちんと元に戻したはずだ。
いや、違うな……。
僕ではなく彼女が戻したんだ。
そうか、彼女の座り心地の良いシートの位置と、脚の長い君が心地よく感じる位置は違ったんだね。だから、君はシートに座った瞬間、「誰か助手席に座った?」と、とても美しい笑顔で、凍り付くような口調で僕に聞いたんだね。
本当に申し訳ない。次からは君と同じぐらいの身長と足の長さの女性を選び、どちらが座っても、シートが同じ位置になるようにするから、許して欲しい。
そういえば、先週の件も申し訳なかった。この手紙で、改めて謝るよ。
車の中に落ちていた駐車場の領収証。その領収書が君を傷つけてしまったね。
領収証に記されていた出庫時刻と高級ホテルの名前。
考えてみると、とんでもない領収証だ。
あのホテルには沢山の飲食店のテナントも入っているのに、何で駐車場の領収証にホテルの名前が入っているんだ。テナントの鮨屋で食事をしただけだとしても、こんな領収書ではホテルに泊まったと、あらぬ疑いを掛けられてしまうよな。全くもって非常識な領収証だ。あんなホテルの領収証ごときで、君が悲しむ必要も、傷付く必要もないんだよ。
だから、もう泣かないでくれ。
あの時、君は「私とはこんな高級ホテルには一度も泊まったことはないのに……」と片方の瞳から女優のように一筋の涙を流したね。その凛とした美しい顔、そして朝露が零れるような涙は今でも忘れることはできない。
でも、そんな美しい君だからこそ、その辺のどこにでもあるようなシティホテルに連れていく訳にはいかないんだよ。
どんなモデルよりも、どんな女優よりも美しい君に相応しいホテルなんて、中々ないんだ。楽天トラベルや一休のサイトで見たって、写真写りのいいホテルばかりだからな。修正しまくりで、詐欺だと思うようなホテルもあるよな。実際に泊まってみなければ、サイトの写真は本物かどうか分からないだろう。だから、このホテルは君に相応しいか下見に行っただけなんだ。
そのホテルの部屋は、リビングとベッドルームがあるスイートタイプで、広い窓から東京を一望できるんだ。部屋に入った瞬間、ここなら君に相応しいと思ったよ。
バスルームには洗面台が二つ。独立したシャワーブースがあり、バスタブからは東京湾の夜景が見える最高の部屋だった。
でも、でも……。
残念ながらバスタブがちょっと小さいんだ。
君の長い脚を充分に伸ばすことができないんだよ。バスタブがあと12センチ長ければ.君と一緒にこのホテルに泊まれたのにと思うと本当に悔しくてね。
彼女は君と違って、いたって普通の体型だから、僕と仲良く一緒にお風呂に入って、伸び伸びと脚を伸ばしていたよ。
スイートクラスの部屋なのに、バスタブが君のサイズに合わないなんて酷いよな。
もう二度とあのホテルには泊まらない。だから許して欲しい。
あと、駐車場の領収証を車の中に落としていることに気づかない、彼女も彼女だよな。
彼女の気の利かなさで君を哀しませてしまい、なんてお詫びをしていいか分からないよ。
僕だって、付き合う女はきちんと選んでいるさ。フリン慣れしていて、絶対に僕との関係がバレないような子としか、今まで付き合っていなかったんだよ。
もう、25年前ぐらいの話になるけど、あの時の彼女はさすがだったな。
あの頃は、まだ世の中にETCがほとんど存在していなかったんだ。ドライブで高速を走った時、彼女は料金所の領収証をサッと僕の手から奪い、細かく切って窓から撒いたんだ。それは、それは綺麗な紙吹雪でね。粉々になったフリンの証拠は美しい紙吹雪となって消えていったんだよ。
そういう気の利く女としか付き合ってきていなかったのに、彼女ときたら最悪だ。フリン相手と一緒に居た時は、落したコンタクトを探すぐらいに、これでもかというぐらいにチェックして、すべての証拠を隠滅するのが世の中の常識だ。そんなこともできない女なんて最低だよな。
至らない彼女のせいで君を苦しめて、本当に申し訳ない。
そうそう、気が利く女といえば、こんな女もいたな。紙吹雪のオンナの次の彼女だ。
ただ、あの時は、彼女の気が利き過ぎて逆に墓穴を掘ってしまったんだよな。
あの時の彼女は一人暮らしで、僕はよく泊まりに行っていたんだよ。彼女といるとあまりにも楽しくて、夜には帰るつもりが、つい1泊。更には2泊と連泊することもあったんだ。
だから、気の利く彼女は、僕の下着や着替えを用意してくれていたんだよ。
それが、ある日のことさ。
危ないことに、彼女が用意してくれた下着を着たまま帰りそうになって、冷や汗をかいたことがあったんだ。帰る途中に駅のトイレに入った時、自分の穿いていたパンツを見て一瞬にして我に返ったよ。
家に帰って自分で洗濯機に放り込むまではいいけれど、いざ干す時に
「この下着、どうしたの? 着ていった下着はどうしたの?」
なんて聞かれた場面を想像すると恐ろし過ぎるよな。
慌てて、彼女の家に戻って元の下着に替えて、事の次第を話したら、その気の利く彼女はナイスアイディアを出してくれたよ。
「だったら貴方がいつも着ている下着と同じものを、私の家に置いておけばいいじゃないの。貴方が着てきた下着は私の家で洗っておくから、貴方はここにある同じ下着を着て帰れば奥様にもバレないでしょ」
さすが、僕が付き合う女は違うよな。その頭の良さに惚れ惚れしたものさ。
早速、次のデートの時、僕が普段、着ている下着と同じものを買って、彼女の家に持って行ったよ。この時も盛り上がって、帰るつもりが泊まっちゃってね。翌日、買ったばかりの下着を着て帰ったんだよ。
そうそう、あの彼女は気が利くだけではなくて、美人で脚も長くてスタイルも抜群で……。
あれっ? そうだ、そうだった。
その彼女って君のことじゃないか。今、思い出したよ。
そうだ、君の気が利き過ぎたお陰で、僕は当時の妻と別れることになったんだ。
その後の顛末は、君も覚えているよね。
新しい下着で帰った翌日、君との浮気がバレてしまったんだよ。
メーカーもデザインもサイズも同じ下着のはずなのに……。
そうだよ、下着が新品過ぎたんだよ。もともと穿いていた下着はチョットくたびれていたから、洗濯の時に新しい下着を手に取った当時の妻は、この下着は家から着ていったものとは違うと一目で気づいたんだ。僕はさんざん問い詰められ、さんざん泣かれて、結局、離婚したんだよな。そして、君と再婚したんだ。
まてよ。そうか、そうだったのか。今、やっと分かったよ。
僕は、君の気が利き過ぎたせいで離婚したと思っていたけれど、そうではなかったんだな。
今、思い出したよ。下着の件がバレたことを君に話した時
「そう、やはり気づいてしまったのね。貴方が言っていたとおりの奥様ね」
と君はつぶやいたんだ。
そうか、「僕の妻は鋭いから、お互い細心の注意をしよう」と君に話をしていたから、君はそこを逆手にとったのか。僕の妻が、下着が新しくなったことに気づいて、僕の浮気がバレることを見越してあんな提案をしたのか。
そして、君の思惑どおり、浮気がバレて離婚して、君と再婚に至ったわけだ。
本当に君は恐ろしいほど頭がいいな。全て君の予定どおりに事が運んだというわけだ。
さすがだよ、脱帽だよ。俺が惚れる女だけあるよ。改めて女の凄さを思い知ったよ。
うん? 待てよ。
もしかして、駐車場の領収証は彼女の仕業か?
僕は確かに、証拠を残さないように彼女に領収証を渡したんだよ。僕が持っていると、無意識の内にポケットの中に入れたりして、君にバレる恐れがあるからな。
そうか、やれらた。
付き合い始めの頃、僕は彼女に、こう言ったんだよ。
「僕の妻は頭が良くて探偵並みに鋭いんだ。だから、ピアスとか絶対に忘れていかないでくれ」
そうか。だから、彼女は君に気づかせるために、わざと領収証を残したまま車を降りたというわけか。
とすると、助手席のシートの件も彼女の仕業か。助手席に女が乗ったことが分かるように、わざと違う位置にしたのか。
浮気がバレるように、彼女は、領収証も助手席のシートの位置も全てを仕組んだってわけか。
女って本当に恐ろしいな。
今の楽しいフリンの関係をブチ壊すリスクを承知で、相手の家庭をブチ壊す方を選ぶんだな。なんでそんなことをするのか、博愛主義の男の僕には分からないよ。
よく分からないけど、女って独占欲が強いというか「勝ちたい」生き物なんだろうね。
ありがとう勉強になったよ。
それにしても、本当に本当に申し訳ない。
僕が魅力的過ぎて、女にモテ過ぎて申し訳ない。
こんなにもモテるにも拘わらず、女の怖さを知らずに今まで生きてきて本当に申し訳ない。
もう二度と浮気はしない。もう二度と女とは付き合わない。
神に誓って言うよ。僕にとって、君が最期の女だ。
だからさ、もういいだろう。許して欲しい。
お願いだから許してくれ。
お願いだから離婚してくれ。
もう、女は懲り懲りだ。
今から僕は、男のパートナーを探すことにするよ。
□ライターズプロフィール
小城朝子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県生まれ。部品加工会社の元経営者。
今年の3月、報道ステーションの特集で天狼院書店の存在を知り一目惚れ。恋心を貫き、6月からライティングゼミを受講し、10月よりライターズ倶楽部の講座を絶賛受講中。
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