本を読むことを止めようと思った私が、本を読むことの大切さに気付いた一冊《週刊READING LIFE Vol.262 今こそ読むべき一冊》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/5/20/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライティングX)
「1ヶ月に何冊くらい本を読まれますか?」という類の質問を、受けたことのある人は多いと思う。私も、何回か聞かれたことがある。この質問に対して、私は正直に「1ヶ月に、1~2冊ですかね」と正直に答えることにしている。
実際、年間に20冊ほどしか読まないし、購入したものの、読まずに売ってしまう本もある。また、本を読み終えても、その内容について、覚えていないことが多い。私は、本を読む前の状態と、読んだ後の状態に、ほとんど変化が起こらない。いわば、本を読んでも何も変わっていない人である。
そんな私が、ピエール・バイヤール(著)『読んでいない本について堂々と語る方法(筑摩書房)』に興味を持った。その理由は、この本を読み終えさえすれば、他の本を読む必要がない。読んでいないにも関わらず、その本について堂々と語れるようになれるとは、どれだけ素晴らしいことか! と考えたからだ。
「よく本を読んでいます!」と言っている人でも、年間1,000冊くらいしか本を読んでいないであろう。総務省統計局によると2019年の総出版数は71,903冊とのこと。この年に出版された本を1,000冊読んだとしても、1.4%にも満たない割合である。出版されているうちの98%以上の本を読んでいないのだから、「よく本を読んでいます!」なんて口が裂けても言えないのではないか。
このことから、年間1,000冊も本を読んでいる人も、年間20冊しか本を読んでいない私も、『本を読んでいない人』に分類される。では、本の内容について堂々と語ることができれば、別に読む必要がない。さらに、他の人と比べて短いが、読書に費やしていた時間を、他のことに充てることができるとも思い、この本を手に取った。
『読んでいない本について堂々と語る方法』は、すべての本を読むことは、不可能であるという現実を受け入れる。そのうえで、読んでいない本についても、知的な会話に参加する方法を提案している。著者は、文学的な議論においては、実際に本を読んだかどうかよりも、その本がどのように語られるかが重要であると主張している。さらに、この本では、書籍の表題、書評や批評などから重要な情報を得て、効果的に話題に入る方法を案内している。
書籍の表題の活用については、電車の中吊りや新聞の広告から情報を得れば、読んでいない本であっても、話題に入れるかもしれない。と私は思った。特に電車の中吊り広告に載っている書籍情報は、ご丁寧に読者の感想も書かれていることが多い。その感想を読むだけでも、本を読んだ気になる。そうすれば、その本について堂々と語ることができる。
また、書評や批評については、書評家や他の読者のレビューを参考にすることが書かれていた。特にプロの書評家は、10万字の本の内容を、2千字程度に纏めてくれる。そして、これらの書評は、作品に対するさまざまな解釈や評価を提供してくれる。本を読んでいなくても、その本の書評だけ読めば、やはりその本について堂々と語ることができる。
ここまで読み進めて、「自分の仕事のやり方と似ているな」と、私は思った。私は、製薬会社の営業、MRである。MRとしての私の仕事は、自社医薬品のプロモーション活動である。しかし、患者さんに治療を行わないし、実際に医薬品を取り扱うこともない。
私の主な役割は、医師に疾患や薬剤に関する情報を提供する。または、医師からそれらのフィードバック情報を収集することである。このような情報の提供・収集活動には、会社から提供される資料や、学会などで聞いた専門医の話をツールとして用いる。つまり、私は『診たこともない患者さんと疾患について堂々と語っている』のである。しかも、専門的な知識を持っている医師に対して。
この状況は、『読んでいない本について堂々と語る方法』で提案するアプローチと多くの点で重なっている。著者は、全ての本を読むことは不可能であると認め、それでも知的な会話に参加するための技術を提供している。私の場合、『全ての医薬品と疾患の情報を提供することは不可能である』と認めている。そして、そのうえで「飲んだことのない医薬品」の効果や「診療したことない患者」の容態について、会社から提供されたデータや、専門医の意見を基にして、担当施設の医師と議論している。このことにより、実際に治療に携わったことがなくても、医師という専門職の人たちと知的な会話を行っている。
しかし、この会話にも限界が存在する。驚くべきスピードで医学も進歩している。使い古されたテープレコーダーのように、いつも同じ情報を提供していると、医師から面談を断られる。特に、最新の情報を求める医師に対しては、日々、私も勉強して疾患や医薬品に関連する知識と情報をアップデートしなければならない。
また、社内でも、『経験していないことについて堂々と語る』ことが増えてくる。社歴が長くなり、年齢や立場が上がるにつれ、会議などの大事な場面で、コメントを求められることが増えて来た。「この人は、MR歴20年を超えた大ベテランだから、若い人の手本になるような発言をしてくれるはずだ!」という、眼差しが私の顔に突き刺さる。この場合、私は『全ての出来事を経験することは不可能である』と認め、そのうえで知的な前向きな発言をしなければならない。医薬品の情報提供と同様、常に新しいことを話さなければならず、間違っても、過去の同じエピソードを繰り返し話してはいけない。
この本を読めば『読んでいない本について堂々と語る』ことができるようになるだろう。しかし、私が本について堂々と語る機会はない。今まで一度たりとも、「読んだ本について語ってくれ!」と言われたことがないからだ。おそらく、この先も本について語る機会はないだろう。
しかし、診たこともない患者さんや、触ったこともない医薬品や、経験したことない出来事については、毎日のように堂々と語らなければならない。しかも、いつも新しい内容であり、しかも知的に話さなければいけない。それが、MRとしての使命であるし、ベテラン社員の役割でもある。
では、どうやって新しい情報や体験を積み重ねればいいのだろうか? それは、本を読むことである。『全ての医薬品と疾患の情報を提供することは不可能である』や『全ての出来事を経験することは不可能である』を認めたうえで、医学書を含めた本を読むことである。
医学書を読めば、医薬品と疾患の知識を身につけることができる。知識量が増えれば、会社から提供される資料や、学会などで聞いた情報の理解度があがる。そうなると、次から次へと新しい情報を収集することができる。その結果、医師との面談では毎回、新しい情報を提供することが可能になる。
多くの本を読めば、多くの疑似体験ができる。疑似体験の量が増えれば、実体験と疑似体験を結びつけることができる。大事なコメントを求められた場面で、実体験からのエピソードに加え、本で読んだ疑似体験のエピソードも話すことができるようになる。しかし、今は読んでいる書物の量が少ないため、疑似体験の量も少ないのが私の弱点である。
このように、私は、本を読みたくないがために、『読んでいない本について堂々と語る方法』を読んだ。しかし、私は読んだ本についても、読んでいない本についても、堂々と語る機会はない。しかも、この本を読んだおかげで、本を読まないと、同じ話題を繰り返す、何ともつまらない人間になってしまう。そこで、そうならないために、堂々と本を読んで、本で学んだことを堂々と語ることの大切さに気付かされたとは、何とも皮肉なものである。
□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライティングX)
三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中
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