週刊READING LIFE vol.266

歳を重ねるという絶望《週刊READING LIFE Vol.266 フリーテーマ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/6/17/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
「あれ!? 今、確か右目の端の方で何かが光ったよな」
 
あれは、今から1年以上前の冬の夜のことだった。
バレエのレッスンに出かけようと、すっかり陽が落ちてあたりが暗くなった頃に家を出た時のことだった。
周りが暗かったので、余計にその光をはっきりと見ることが出来た。
そんな経験は、これまでにはなく、とても驚いたことを覚えている。
一体、何が光ったんだろう。
その方向には、特に変わった気配はなく、どうしても自分の目の中の問題のように思えたのだ。
 
この現象がとても気になったので、すぐにネットで調べてみると、光視症という目の症状だった。
加齢と共に起こる症状らしい。
ただ、私の場合、飛蚊症という、目の前を黒い点々が跳ぶ現象も同時に起きていたことが気になった。
そうなると、網膜裂孔、網膜剥離などの可能性も含んでいるかもしれなくて、失明に至るケースもあるらしく、念のために検査をした方が良いと書かれていた。
私は、すぐさま病院で検査をして、レーザーによる治療を受けることとなり、加齢によるものなので、これ以上良くなることはないが、この状態を維持することが出来るようになった。
 
「ああ、またか……」
 
加齢による身体の変化。
それを、ここ数年イヤというほど味わうこととなってきていたのだ。
 
思い起こせば、6年前のこと。
ずっと長く続けてきていた、クラシックバレエのレッスンを1年ほど行かなかったことがあった。
以前、通い続けていたカルチャーセンターのレッスンを辞めて、最寄り駅前のお教室に新しく通うようになったのだが、仕事が忙しく足が遠のいてしまうこともしばしばあった。
それでも、久しぶりにレッスンを受けると、元々、身体が柔らかい方だったのですぐにストレッチで何とか動けるようになったし、レッスンも問題なく出来たからだ。
私は大丈夫。
そんな、根拠のない自信を持っていたのだが、2018年の夏にレッスンを再開した時には事情が違っていた。
右脚の股関節に痛みが走ったのだ。
そんなことはこれまでになかったことで、日常生活でもわからなかったことだった。
クラシックバレエのレッスンでは、普段は使わない方向へ脚を出したり、曲げたり、上げたりする。
その動きが痛くて出来なかったのだ。
その時には、青天の霹靂で、相当にショックを受けたのだ。
 
それからだましだましでレッスンを受けていたものの、やはり病院で受診することにしたのだが、その際に診断されたのが、「股関節臼蓋形成不全」とかいうものだった。
これは、生まれつき股関節に異常がある場合と、加齢とともに弱ってくる場合があるそうで、私は後者の方だった。
まさか、これまで何の問題もなく出来ていたバレエのレッスンだったのに、身体の故障で出来なくなるなんて。
整形外科の先生の診断は、動かすことで症状を良くしてゆけるそうなので、これまで通りバレエのレッスンを受けて良いとのことだった。
それでも、股関節に痛みがあると、これまで出来た動きが出来なくなってしまうのだ。
もっと、脚を上げることが出来たのに、それも叶わなくなってしまった。
もっと、深く曲げられるところも、可動域が狭くなってしまった。
 
この股関節の調子が悪くなってしまったのが、私が55歳の時だった。
それまでは、同年代の女性よりも元気だし、行動範囲も広く、それを当たり前のように過信していたところがあった。
私は、大丈夫、ずっと元気だから。
そんな思い込みからか、様々な不調も最初の段階では軽く受け取ってしまいがちだったように思う。
この頃から、ようやく現実の自分の年齢と向き合うこととなっていった。
 
2年前には、ずっと気になっていた膿皮症という症状も、手術をして取り除くことにした。
多くの場合は大丈夫だろうということだったが、ガンになる可能性はゼロではないと言われたからだ。
悩むような原因を抱えたまま生きるのがイヤだったので、悪いとわかったところは取り除こうと思ったからだ。
この時には、自らの年齢をさらに思い知ることとなった。
ああ、いくら抵抗しても、私はもう60歳を迎える年齢になっているのだ、と。
これまでの人生、いつも周りからは、いつも若く見られる方だったし、そのうえ身体も元気だった。
それがずっとこれからも一生続くと、どこかで思い込んでいたのだ。
少々、無理をしたって、身体は大丈夫だし、すぐに回復すると思い続けていたのだ。
だからこそ、加齢と共に起こった身体の変化がとてもショックだった。
ショックというよりも、自分の人生に絶望を感じさえした。
 
人生100年時代と言われている。
日本の女性の平均寿命は、87歳を超えているという。
だとしたら、この後30年ほどは生き続けることになるのだ。
となると、身体のあちらこちらが悪くなってゆきながら、30年を生き抜いてゆくというのか。
 
そんなことを想像した時、正直私は生きることって大変なことだと初めて考えたのだ。
私の周りにいる人生の先輩たちに敬意さえ感じたのだ。
同じマンションで、会うと丁寧に挨拶をしてくれる年配の女性。
いつもニコニコしているおばあさん。
どの方にとっても、私と同じような、いや、それ以上の身体の不調を抱えていらっしゃるのかもしれない。
それでも、日々、生き生きと生活されていて、そんな姿を尊敬のまなざしで見るようにもなっていったのだ。
 
街を歩いている、高齢の人たちも、素晴らしいと思えたのだ。
杖をついて、リュックをしょって、電車に乗って出かけているご婦人。
買い物カートを引っ張りながら、自分の食べるモノや生活用品を調達しに行っている方もたくさん見かける。
きっと、今の私よりも、体調の思わしくないところがあるだろうに。
 
みんなそれぞれが、加齢と共に身体の変化があって、それらを受け入れ、対応して生きているのだと思うと、ささくれそうだった私の気持ちが、ようやく澄んでゆくのがわかった。
そう思うと、私は絶望を感じたことを恥じたのだ。
一瞬、生きることへの前向きな姿勢が崩れそうになったのだが、あらためて思い直したのだ。
 
生きるって、そういう加齢による身体の変化も受け入れながら、人生を歩んでゆくことなんだ、と。
 
思えば、20代の頃は、少々ケガをしたり体調を崩したりしても、復活は早かった。
今のように、いちいち病院に通わずとも、いつの間にか症状はなくなっていたのだ。
そんな経験しかなく、そんな考え方のまま私は歳を重ねて来たようだ。
だから、「私に限って、そんなことはない」と、ずっと心の中で抵抗していたのだろう。
加齢は、だれにも平等にやってくる。
しかも、そうでなければ逆に怖い。
ずっと20代のままのような身体を持っているとしたら、それはサイボーグだけだろう。
 
そう思うと、私がかつて考え、思い込んでいたことが間違っていただけのことなのだ。
現実の自分の身体を嘆くのではなく、思い込みを塗り替えればいいだけなのだ。
そう、年齢を重ねるということは、加齢とともに起こる身体の変化と上手に付き合いながら生きてゆくこと、なのだ。
それは20代の頃だったら出来たのに、と過去のことばかりにしがみつくのではなく、今の自分の身体を慈しみ、元気に生活できていることに感謝し、生きてゆくことが幸せなんだと思う。
 
そして、そんな年齢を重ねた自分に絶望を抱くのか、今出来ることを探しそれを喜ぶのかで、今後の人生の質も変わってゆくはずだ。
こうして与えられた人生なのだから、今を大切に、喜べることの方に目を向けて、さらに楽しい人生にしてゆこうと思う。
年齢を重ねることは、絶望ではなく、長く生きて様々な経験が出来ることに希望を見出したいものだ。
 
そういえば、こうしてパソコンでタイピングをしていると、小指に少し違和感がある。
うすうす気になっていたのだが、やはりネットで調べた通り、ヘパーデン結節というものかもしれない。
ああ、またこの症状ともお付き合いをしてゆくこととなるのか。
諦めることなく、現実に向き合い少しでも良くなる方法を選んでゆこう。
こういうことを繰り返しながら年齢を重ねてゆくことが、生きてゆくということなんだと今ではしっかりと受け入れられるようになった私がいる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 

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2024-06-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.266

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