週刊READING LIFE vol.272

ヒーローは、すぐ隣にいる《週刊READING LIFE Vol.272 身近なヒーロー》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/8/5/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
ヒーローとは、どこか遠い存在だと思っていた。幼少期、私にとってのヒーローは、戦隊ヒーローに始まり、ウルトラマン、仮面ライダー、そしてキン肉マンだった。しかし、それらのヒーローはマンガやテレビ、映画の中のもので、現実とはかけ離れた存在だった。そして、幼いながらも、ヒーローとは憧れの対象であり、手の届かない存在だ、と薄々気づいていた。
 
そして、大人になり、マンガやテレビの世界と、現実の世界を、はっきりと区別するようになった。そのことで、ヒーローに憧れることも一切なくなくなってしまった。しかし、最も身近なところにヒーローが居ることに気づいた。
 
今の私のヒーロー、それは、妻である。先日、第一子の娘が生まれて200日が経過した。この200日間、妻は驚くべき忍耐力と愛情で、育児に専念している。私も、育児休業中は手伝っていたものの、職場復帰後は育児よりも仕事を優先しており、ミルクを与える、オムツを交換するといった育児の代表的な活動のペースが落ちている。
 
しかし、妻は今も育児休業中であるものの、育児と家事を見事に両立している。産まれたばかりの赤ん坊は、1日平均10回ずつミルクを与え、オムツを交換している。それを200日間続けるとなると、2,000回繰り返したことになる。多く見積もっても、私は500回もミルクとオムツの当番をやっていない。妻が1,500回以上の授乳とオムツを引き受けてくれている。
 
私たち3人は今、一緒の部屋で寝ている。娘は、ほとんど夜泣きをしない。「夜泣き、大変でしょ!」と友人・知人から言われることが多いが、私は娘の夜泣きで目覚めたことが無い。しかし、ある朝、妻から「昨日、泣き声で目覚めなかった?」と聞かれた。1回も目覚めなかったよ、と私が答えると、妻は「良かった!」と安堵した。
 
実は、夜中に、娘が泣き出しそうになると、妻がいち早く気づき、起きて、娘を抱っこし、あやしてくれていた。私は全く気づかず、「夜泣きもせず、何て賢い娘なのだろうか。自分の育て方が良かったのだ!」と安心して、毎晩、熟睡していた。
 
ある夜、ついに娘が、大きな声で泣き出したことがあった。赤ちゃんは、怖い夢を見ると、大泣きしてしまう。私は、娘の泣き声で目覚めたものの、体は寝ており、起き上がることができなかった。しかし、妻は、目覚めると同時に、起き上がり、娘をあやし始めた。このような対応を、私の気づかないところで、毎晩、続けていたかと思うと、私は妻を尊敬の念を抱いた。おかげで、今も私は、娘の夜泣きに悩まされることなく、毎晩、熟睡できている。
 
娘が産まれて5ヶ月が経った頃、離乳食を始めた。それまでは、母乳かミルクを与えておれば良かったため、娘の食事の準備に時間はかからなかった。一方、離乳食を作るには手間がかかる。今は、スーパーマーケットやドラッグストアでも、栄養満点で添加物が入っていない離乳食を手に入れることができ、調理も簡単である。
 
しかし、妻は手作りの離乳食にこだわった。100%手作りの離乳食を食べた赤ちゃんは、好き嫌いが少なくなるという話を、私は聞いたことがある。その話を妻も聞いたことがあるか確かめたことは無いが、おそらく、どこかで耳にしたのだろう。そして、妻は、1週間分の離乳食を準備するようになった。当然、離乳食だけではなく、自分や私の分の食事の準備をしながら。
 
離乳食を開始するなら、月曜日の朝がベストである。なぜなら、アレルギー反応が出た時や、上手く呑み込めず吐き戻してしまった時でも、午前中、遅くても午後には、小児科で受診できるからだ。月曜休診の小児科もほとんど無い。今までとは別の食材で、離乳食を与える時も、同様の理由で月曜日の朝から開始させるのがベストである。
 
しかし、月曜の朝というのはサラリーマンの私にとって最も忙しい時間帯である。私は、自分の朝食と仕事に行く支度で、他のことには手が回らなくなっている。しかし、妻は自分の朝食を後回しにして、まず娘に離乳食を与えている。私がパジャマからスーツに着替えている間も、妻は食器を洗い、娘にミルクを与え、おむつを交換し、泣いたらあやしている。
 
「何故、一度にこんなに沢山の事をできるのだろうか?」と私は妻の家事・育児のスキルの高さを見て、驚くばかりである。いつも隣にいた妻が、どこか遠い存在になってしまった。まるで、幼いころ憧れたヒーローのように。
 
家事と育児は、朝も忙しいが、夕方はそれに輪をかけて忙しくなる。私の帰宅時間が遅くなる日、妻は夕食の準備、娘のお風呂、自分のお風呂を同時に進めなければいけない。私なんて、お風呂で娘の身体を洗ったら、そこで自分の仕事は終わりである。
 
しかし、妻は夕食の下準備をし、湯船で娘の身体を洗い、脱衣所で娘の身体を拭き、お風呂で自分の髪と身体を洗い、自分の髪と身体を乾かし、娘に服を着せる。その後、夕食の仕上げに取り掛かるのだ。その過程を確認し、私は、自分の手が何本あっても足りない、と思った。
 
ある日、私が妻に「1時間後に家に着くよ」とメッセージを送って帰宅したものの、夕食の準備が一切されていないことがあった。私が理由を聞く前に「この1時間、(娘が)ずっと泣き続けていたの……」と妻から言われた日があった。娘の顔を見ると、泣き過ぎて目が腫れていた。
 
この日は、1時間連続で娘が泣き続けていたことに驚いたが、最近では日中に2時間、3時間泣き続けることも増えて来たらしい。そうなると、妻も自分の食事より、娘をあやすことを優先し、まともに昼ごはんを食べることができない。ある日、妻から「即席麺を夜食に食べて良い?」という確認が入った。いつもなら、夜間の飲食、添加物の多い食べ物、という理由で、私は反対するのだが、この日は賛成した。ヒーローにも、つかの間の休息が必要だからである。
 
妻が母親になって、最も変わったのは、積極的に近所付き合いを行っている点だ。娘が産まれる前まで、私も妻も自宅と会社の往復ばかりで、近所の人と知り合う機会を持たなかった。しかし、妻は娘を連れて、児童館のイベントや保育園の見学に出かけることが多くなった。平日休みが多かったせいか、出産前の妻は1人で行動するのが好きだった。休みの日は、1人で映画鑑賞し、カフェで読書をしていた。今は、積極的に児童館や保育園に出かけ、娘と同じくらいの月齢の子どもを持つ親御さんたちと仲良くなろうと交流を図っている。平日休みの多い妻には、近所に友達と呼べる人もおらず、人付き合いには消極的だった。しかし、娘のために苦手な人付き合いを克服し、次第に、妻と娘を中心にしたコミュニティが広がっている。
 
もし私と妻の立場が逆転したら、私は妻のようなヒーローになれるだろうか。おそらく、できないだろう。夜中に娘が泣き出しても、私はタヌキ寝入りをするだろう。授乳やオムツ交換を1日10回ではなく5回くらいに減らすだろうし。離乳食は市販のもので済ませ、自分たちが食べる食事もお惣菜で済ませる、またはデリバリーを頼むことのほうが多くなるだろう。児童館や保育園へ出かけるのも面倒になり、家の中で乳幼児向けの音楽や動画を流して、育児を行っているという自己満足に浸るだろう。
 
母親であれば、当然のように誰もがやっている事なのかもしれない。しかし、妻は娘を出産した瞬間から、私のヒーローになった。私は、その変身後の姿に心から感謝し、感服している。では、夫であり父親である私の役割は、何なのであろうか? それは、ヒーローの代役である。私のヒーローは、私と娘のために24時間200日休まず稼働してきた。しかし、これを500日、1,000日と休まず続けることは不可能である。ヒーローが疲れたとき、もしくは疲れる前にサポートするのが、今の私の役目である。私は、完璧な母親・妻の代わりを務めることができないが、今より少し頑張ればヒーローである妻に、休息の時間を提供することはできるのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-07-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.272

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