週刊READING LIFE vol.273

エスカレーターの立ち位置が、固定観念に気づかせてくれた《週刊READING LIFE Vol.273 異文化体験》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/8/12/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「神戸でも、エスカレーターでは右側に立つのですか?」と私は、見ず知らずの人から質問された。新神戸駅で、新幹線から神戸市営地下鉄に乗り換えようと、エスカレーターに乗っていた時だった。いきなり、知らない人に話しかけられた私は、どのように回答したらいいかわからなかった。「神戸も関西地方だから、大阪に倣ってエスカレーターでは、右側に立って、左側を空けるのですかね……」と、東京に住む私は、歯切れの悪い回答しかできなかった。
 
エスカレーターに乗る時、東京では左側に立ち、右側を空ける。大阪では、逆に右側に立ち左側を開ける。これは、文化の違いからくるという説がある。
 
東京は江戸時代からの武士の文化を引き継いでいる。昔も今も変わりなく、日本人は右利きの人が多い。武士や侍が腰に刀の鞘を指す場合、右利きの人は左側に差していた。そのため、道の右側を通ると、すれ違う時に、鞘が他の人の鞘に当たってしまう恐れがある。鞘と鞘が触れることは、「鞘当て」と言われ、大変失礼なことに当たり、場合によっては決闘にまで発展する。それを避けるために、武士は左側を歩いていたとされており、その名残でエスカレーターも左側に立つようになったと言われている。
 
一方で、大阪は商人の文化を引き継いでいる。昔は、財布を着物の胸元に入れていたが、着物が、自分から見て右側の襟が下になるため、右側から胸元に自分の手を入れて、財布を出し入れしていた。そのため、商人の多い大阪では、自分の右側から他の人に手を入れられて、財布を盗まれないよう、右側に立つようになったとされており、その名残でエスカレーターも右側に立つようになったと言われている。
 
他にも、東京では、歩行者は右側を歩く、という交通ルールに基づき、エスカレーターに乗る時も、歩く人は右側を歩き、立ち止まる人は左側に立つようになったという説がある。大阪では、昭和42年に阪急梅田駅で長いエスカレーターが設置された時、利用者に対して、急いでいる人のために左側を空けるように、アナウンスが流されていた。さらに、昭和45年の大阪万博が開催された時、国際ルールに則り、会場のエスカレーターでは右側に立ち、左側を空けるよう呼びかけをしていた。これらが浸透したという説もある。
 
このように、文化や習慣が異なるため、エスカレーターでの立ち位置が、東京都では左、大阪府では右というように浸透したようだ。考えてみれば、東京都以外の関東地方である神奈川県、埼玉県、千葉県でも、エスカレーターの立ち位置は左側しか、私は経験したことがない。
 
では、大阪府ではない他の関西地区、兵庫県、京都府、滋賀県ではどうなるのだろうか? これには様々な事実に基づいた意見がある。エスカレーターで右側に立ち、左側を開けるのは、大阪だけだという意見もある。しかし、私を含め、京都や神戸に旅行で行った人は、気づいているかもしれない。大阪府以外の関西エリアでも、エスカレーターでは右側に立ち、左側を空けているのが多いということに。
 
商人文化とは言い難い、神戸や京都であっても、エスカレーターで右側に立つ人が多い。これは、どのような理由から来るものなのだろうか? と私は考えた。そして一つの結論にたどり着いた。関西地方で、最も人口が多いのは、大阪府である。その大阪の人たちが、神戸や京都に仕事、買い物、そして旅行に出かける。そして、エスカレーターに乗ると、いつもの習慣で右側に立ち、左側を空けるのではないだろうか。さらに、その大阪の人の後に続いた、神戸や京都の人は、「前に倣え!」で、エスカレーターの右側に立ってしまう。その結果、関西地区では、多くの人がエスカレーターの右側に立つという現象が起こる。
 
しかし、大阪府内でも、エスカレーターの左側に立つ、という逆転現象を経験したことがあった。それは、伊丹空港で起きた。羽田空港から乗った飛行機を、伊丹空港で降り、私は「ここは大阪だから!」と思い、エスカレーターの右側に立った。すると、前に居る人全員が、左側に立っており、右側が空いていた。私は、慌てて立つ場所を左側に変更した。
 
「大阪なのに、この逆転現象は、なぜ起こるのだろうか?」と私は、再び考えを巡らせてみた。そして、また一つの結論にたどり着いた。この日は、三連休の二日目であった。羽田空港から乗った飛行機で、伊丹空港に降り立つ人の中で、大阪府に住んでいる人は少なかったのではないだろうか? 先頭でエスカレーターに乗った人は、東京の文化が根付いており、左側に立った。そして、後に続いた人たちが、その人に倣い左側に立ち続けた。その結果、私がエスカレーターに乗った時、右側が空いていたのではないだろうか。
 
エスカレーターの事例で、何回も考えを巡らせてみて、私は、自分が固定観念に支配されていることに気づいた。「大阪だから右側に立つ!」というのは、私の思い込みであり、実際には、その時々の状況や周囲の人々の行動によって、変化し得るものであった。
 
エスカレーターの立ち位置の違いを通じて、私は、一つの固定観念に気づくことができた。と同時に、私の中には多くの固定観念や思い込みが存在しており、それらが新しい視点を受け入れる障壁となっているのでは、と考えるようになった。しかし、それらの障壁を取り除くのは、異文化体験の深掘りではないか、とも考えるようになった。
 
異文化体験と聞くと、今まで自分とは違う文化で育ってきた相手を理解しようと考えてしまう。しかし、本当に理解しなければいけないのは、異文化に接した時、それを受け入れることができない自分自身である。
 
自分とは異なる文化や考えに対し、拒絶反応が出てしまうのは、ある意味、固定観念に囚われているからだ。しかし、「自分は固定観念に囚われているのは?」と気づくことができるのは、異文化に接した時だけである。
 
私は18歳まで三重県の山奥で育った。その時、大阪の人に対して、「毎日、タコ焼きを食べている」、「誰しもがボケとツッコミができる」、「阪神タイガースファンしかいない」という固定観念を持っていた。
 
しかし、大阪に住んで分かったことは、「タコ焼きは観光客向けの食べ物で、大阪の人の商売道具である」、「ボケをできる人は多いが、ツッコミをできる人は少なく、重宝される」、「読売ジャイアンツのファンが多い」ことを経験した。
 
また、三重県に住んでいる時は、東京に関する情報が、ほとんど入って来ず、固定観念に囚われることがなかった。大阪に住むようになってから、やっと東京の情報を目や耳にすることが増え、固定観念に囚われるようになった。例えば、「蕎麦屋はあるが、うどん屋はない」、「人が冷たい・人間関係が希薄」、「読売ジャイアンツファンしかいない」という思い込みだ。
 
東京に住むようになって、やはり、これらは固定観念であって、実際は「純粋なうどん屋は少ないが、カレーうどん専門店は思ったより多い」、「乗り換えが複雑な電車の路線を、懇切丁寧に教えてくれる親切な人が多い」、「東京ヤクルトスワローズのファンが思ったより多い」ことを経験した。
 
転勤が多い仕事に就いている私は、今後、国内で様々な場所に住み、様々な異文化を体験するかもしれない。もしかして、海外に転勤し、国外の異文化に接する機会も増えるかもしれない。
 
その時、異文化を完璧に理解しようと、本やネットで一生懸命、頭に叩き込むのではなく、実際に住んでみて、異文化を生で体験したうえで、自分のこれまでの思い込みや固定観念に気づき、まずは、それらを少しずつ払拭していこうと思う。それが、異文化を理解する近道なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-08-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.273

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