環境の為、燃費節約の為にもステアリングの『H』マークに拘る《週刊READING LIFE Vol.274 環境を守る》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/8/19/公開
記事山田THX将治(天狼院・ライティングX READING LIFE公認ライター):
1988(昭和63)年、三重県鈴鹿サーキットで、F1界に新たなチャンピオンが誕生した。
新王者の名は、アイルトン・セナ。
ブラジル出身で当時28歳、気鋭のドライバーだ。
彼は本国ブラジルよりも、特に日本で人気が高かった。
端正な顔立ちは兎も角、日本のHONDAがエンジン提供するマシンに乗ったことで、成績を上げて来たからだ。
一歳年下の新チャンピオン誕生の瞬間に、現地で立ち会えた私は、今でも約40年前に事を鮮明に覚えている。
これまでに無い感動と興奮だったからだ。
当時、セナが駆るHONDAエンジンは、比類無き存在だった。何しろ、セナが所属するマクラーレン(チーム)の成績は、1988年に於いて全16戦15勝という完璧に近いものだった。
F1の本場である欧州では、極東の自動車メーカーに過ぎないHONDAの躍進を、忸怩たる思いで見ていた。
しかし、実力の差はいかんともし難く、欧州のエンジンメーカーは苦慮していた。
HONDAエンジンの根底には、パワーそのものが有ったものの、それ以上に燃費の良さが際立っていた。
何しろ当時は、搭載する燃料の上限が決まっていたからだ。他のメーカーは、上限一杯の燃料を搭載して、何とか走行距離300kmのレースを走り切っていた。
当然のことながら、他のエンジン搭載車はガス欠を恐れ、時にはエンジン回転をセーブしなければならなかった。
ところがHONDAエンジンを搭載したマシンは、その燃費特性(優位性)をいかし、常にフルでエンジンを回すことが可能だった。
元々、高回転でハイパワーのHONDAエンジンを、常にフルで回せるのだから、圧倒的成績も合点がいくというものだ。
但し欧州のメーカーもHONDAの躍進を、指を咥えて見ている訳にはいかなかった。彼等は、HONDAの優位性を少しで低減させようと、政治的なルール変更を画策した。
それは、エンジンに付設したターボチャージャー(過給機)の圧力下げるというルール変更を申し出たのだ。
少しだけ説明を付け加えると、ターボチャージャーとはエンジンから出る排気を使って、シリンダー(エンジンの)内に吸入される空気を増す装置だ。
多くの空気がシリンダー内に入ればその分、パワーも出るし、燃料の燃焼効率も上がるのだ。
ルール改正以前、HONDAエンジンの日本製ターボは、欧州のそれ等よりも性能が良く、多くのパワーを引き出し、より良い燃費も誇っていた。
そこで欧州メーカー各社は、ターボの過給圧を統一しようというルール変更を申し出て来た。
これ迄にもスポーツ界では、日本の活躍が目立つ様に為るとしばしば、日本が不利に為る様なルール変更が行われる。
代表的な物では、バレーボールのネットにアンテナが立つとか、スキーのジャンプ競技でスキー板の長さ制限が設けられるというものが有った。
ターボのルール変更に関して、HONDAのレーススタッフは、口々に文句を言っていた。いわゆる“愚痴”というものだ。
その愚痴はいつしか、名物創業者の耳に入ることと為る。
もう、御解かりだろう。創業者とは、本田宗一郎氏のことだ。
元々、HONDAがレース、特にF1のカテゴリーに挑戦したのは、本田氏の強い意向に依るものだ。
チームスタッフの不満を耳にした本田氏は、現場責任者にこう訊ねた。
「その、改正されたルールは、ウチにだけ適用されるのか?」
少々見当外れな問いかけに、責任者は、
「いえ。ルールですから全チーム共通です」
すると本田氏は、驚いた様に、
「西洋人は、思ったより頭が良くないなぁ」
さらに、
「だって、考えてもみろよ。同じスタートラインに立ったら、ウチの連中に如何に有利かって解っていないな」
と、周囲が呆気に取られる言葉を繋げた。
しかし、これを聞いた現場責任者は、自分が如何に不毛な悩みを抱えていたのかを理解していた。悩んでいたこと自体が、馬鹿らしく為って来た。
実際、同じスタートラインに立ったHONDAのF1チームは、前記の通りライバルを圧倒したのだった。
本田宗一郎氏はこの時、何の根拠も無しに言ったのではない。
本田氏には或る信念とエビデンス、そして信ずるに値する希望を持ち合わせていたからだ。
1970(昭和45)年、全世界の自動車業界を震撼させる法律が、アメリカ合衆国上院で可決成立した。メイン州選出のエドマンド・マスキー上院議員(民主党)によって提出された『大気浄化法(通称・マスキー法)』がそれだ。
何が世界を震撼させたかというと、マスキー法には成立した5年後の1975年には、自動車の排気ガスに含まれる有毒物質を、1970年の1/10にすると定められていたからだ。
これを例えるなら、数年先に現行のエンジン自動車を全廃し、全てを電気自動車に変えるといった衝撃と同じだった。
それ程迄に、アメリカ(特に大都市)の大気汚染は深刻だった。その主たる原因は、自動車の排気ガスだった。
世界中の自動車メーカーは当時、最大の自動車市場でもあるアメリカに於いて、そんな無謀とも思える法律が成立したことに驚いた。
同時に、何とか政治的策によって、この難問を回避しようと動いた。これは、アメリが自動車業界のビッグ3(ジェネラル・モータース〈G.M.〉、フォード、クライスラー)も同じだった。
そんな時、世界中で唯一社、真正面からマスキー法に挑もうとしたメーカーが有った。
本田宗一郎氏が率いる、本田技研工業(HONDA)だった。
そこには、本田氏の信念である、
『技術屋は、技術を以って問題解決しなければ為らない』
『難問を、政治的に解決すると、必ず遺恨が残る』
と、いうものが有った。
更に、
『我が社(HONDA)は、世界最後発(当時)の自動車メーカーだ。しかし、同じスタートラインに立てば、世界のどこよりも先行してみせる』
との、確固たる自信が有った。
そこには、“世界一の自動車好きの集まり”そして“世界最高峰のレース(F1)で勝利した自信”という裏付けも有った。
本田宗一郎氏は、自社の技術者を叱咤し、何とかしてマスキー法の規定をクリアしようと奔走した。
或る時、本田技術研究所の技術者が、“複合渦流調速燃焼方式”という古い技術を掘り起こした。製作するには難し過ぎる製作技術が必要で、いつしか忘れ去られていた技術だった。
“複合渦流調速燃焼方式”を簡単に説明すると、希薄な燃料でエンジンを動かす方式だ。使用する燃料が少ない(希薄)ので、出てくる排気ガスも薄いという訳だ。
当然、排気ガスに含まれる有害物質も、比例して少なく為る。
HONDAはこの方式で、真正面からマスキー法をクリアしようと試みた。
他のメーカーが、政治的画策に走ったり、手をこまねいている間に。
そして1972年、遂にHONDAは、“複合渦流調速燃焼方式”を用いたエンジンに『CVCC(Compound Vortex Controlled Combustion)方式』と名付け、世界に先駆けマスキー法を突破してみせた。
世界中の他メーカーは、『CVCCエンジン』の登場に驚愕した。
しかも、成功したのが、当時、日本の弱小メーカーに過ぎないHONDAだったことも、驚きを増加させた。
HONDAは、『CVCCエンジン』によって、世界で唯一、環境に優しい自動車メーカーの称号を手にした。
それは同時に、世界一の燃費の良さを誇るメーカーにも為った。
F1で燃費の良さから、ライバルを蹴散らす16年も前の話だ。
このことが切っ掛けで、日本の自動車は世界中で評価され売れ捲った。
日本は、アメリカを抜いて世界一の自動車生産国になった。
そしてその後、日米貿易摩擦の一因にも為った。
数々の賞賛を受けた本田宗一郎氏は、
「これで、世界のトップ自動車メーカーの仲間入りをした」
と、誇った。
しかし、本田氏の発言を制した者が居た。
何とそれは、『CVCCエンジン』を開発した若手技術チームだった。
彼等は、創業者に対し、
「俺達は、HONDAを一流にしたり、トップ企業にする為に苦労したんじゃ無い。
俺達は、将来の子供達の為に青い空を守りたかっただけだ」
と、言い放ったのだ。
本田氏は、怒りもせず素直に、
「ウチの若い技術者は凄い。俺の考えの遥か先を行っている」
と、感動した。
創業者・経営者の立場ではなく、同じ技術者として通じるものが有ったからだろう。
『CVCCエンジン』が誕生して半世紀以上、
アイルトン・セナがHONDAエンジンで爆走して36年。
今でもHONDA車は、燃費が良いことで知られている。
長年HONDA車を乗り継いでいる私は、その恩恵に与って居る。
実際、ハイブリッドでもない通常のエンジン車でも、街道筋を走行すれば、楽にガソリン(レギュラー)1L当たり20km近い燃費を叩き出す。
言い換えれば、車移動が多い私は、HONDA車に乗ることで、少しばかり環境保護に貢献していると言えよう。
その燃費の良さで。
環境保護が叫ばれて久しい現代だが、正直なところ、私個人にはその切迫感は無い。
多分、自身に子孫が居ないことと、先の人生もそう長くは無いだろうと思われるからだ。
しかしながら、人間として少しばかりの良心は残っている。
今年の猛暑に晒されると、私も何らかの貢献をしないと恥ずかしくも為る。
そんな時、長年HONDA車に拘り続けた私の嗜好も、少しは環境に貢献していたと気付いた。
その、燃費の良さで。
ほんの少しでは有るが環境を守る為に、本日も運転する愛車には、アイルトン・セナのマシンと同じ『H』のマークが、ステアリング中央に付いて居る。
そう。
アイルトンのマシンと同じ位置に。
そして私は、同世代のアイルトン・セナと同じく、HONDA車の燃費の良さの恩恵を受けている。
□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・ライティングX所属 READING LIFE公認ライター)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion
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