週刊READING LIFE vol.277

離乳食のスクランブルエッグが、私こそ食育が必要だと教えてくれた《週刊READING LIFE Vol.277 想像力の翼》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/9/9/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「スクランブルエッグを作って欲しい!」と、私は妻から頼まれた。8月最終土曜の朝食を準備しようと思っていた時に。
 
我が家の朝食の卵料理は、私が担当している。平日は卵焼きを、週末は目玉焼きを作るのがルーチンである。といえば、「料理好きの夫」と思う人もいるかもしれないが、私はシンプルな料理しか作ることができない。
 
この日も、簡単に作ることができる目玉焼きを作るつもりで、卵とフライパンを用意した。しかし、妻からスクランブルエッグの注文が入った。しかも、調味料も食用油も使わないように作ってくれと。
 
理由を聞くと、娘の離乳食にスクランブルエッグを一つまみ食べさせたいとのことだった。私は、卵2つを溶き、乳児用のミルク20ccと合わせた。そして、フライパンに火をつけた。
 
スクランブルエッグを作るのは何年ぶりだろうか? コロナ渦で在宅ワークの時に、凝ってスクランブルエッグを作っていたが、ここ最近は作っていなかった。娘が生まれる前は、牛乳を飲む習慣がなく、作ろうと思った時に牛乳を買っていなかったため、いつしかスクランブルエッグを作らなくなった。記憶をたどると2年ぶりだった。しかも、今回は離乳食も兼ねている。
 
スクランブルエッグは短時間で完成するが、火の通りが早いため、焦げてしまうこともある。私は、卵とミルクを合わせたものを、フライパンが熱くなる前に流し込んだ。フライパンの中で卵液が膨らみ、香ばしい香りが広がる。
 
まずは第一段階クリアだ! と私は心の中で叫んだ。次は、真っ黒に焦げないように、しかもフライパンに、こびり付かないようもしなければ! と思い、菜箸を使って、卵液を外側から内側へゆっくり寄せるよう集めた。
 
そうだ! 食用油を使っていないため、焦げやすいかもしれない! と気づき、慌ててコンロの火を弱火にした。
 
卵料理を作るのに、これ程までに気を遣ったのは何年ぶりだろうか? 目玉焼きを作る時に、黄身が割れて卵白と混ざっても気にならなかった。また、卵焼きを作る時も、火が強すぎて焦げてしまっても気にならなかった。
 
しかし、今回のスクランブルエッグは特別だった。私が作った初めての離乳食だ。果たして娘は食べてくれるだろうか? 今までの離乳食を娘は完食している。それらは全て妻が作ってくれたものだ。妻の料理は食べるが、私の料理は食べなかったらどうしようか。そのような心配事が襲ってきた。
 
料理を作る時、「食べる人が美味しそうに食べている顔を想像して作ると、美味しい料理が出来上がる」という格言がある。しかし、この日の私は、娘がスクランブルエッグを食べている顔を、想像する余裕すらなかった。
 
スクランブルエッグを食卓に運び、離乳食用のスプーンにのせ、娘の口にそっと運んだ。娘は微笑みながら「美味しい!」というような顔をして、食べてくれた。その瞬間、私は天にも昇るような気分だった。そして、私の作ったスクランブルエッグを、娘は完食した。
 
そのスクランブルエッグは、家族3人が初めて一緒に食べた料理でもあった。娘の離乳食が始まり、同じタイミングで食卓に着く時間が増えた。しかし、私と妻の食べているものと、娘が食べているものは違った。
 
当然といえば当然である。娘の主食は未だ、母乳とミルクである。しかも、生後半年ほどのため、大人と同じものを離乳食として食べてはいけない。調味料や添加物を一切使っていないものを食べなければならない。そのため、妻はお粥を炊く、ジャガイモやニンジンを茹でてすり潰す。そのような料理を、毎回、娘に与えている。
 
アレルギーの懸念もあるため、卵料理を与えるのも慎重にならざるを得ない。最初は、ゆで卵を作り、黄身だけ取り出し、それをすり潰して、少量から食べさせていた。何回か黄身だけを食べ、娘に卵アレルギーのないことが確認できた。
 
そのような地道な離乳食の繰り返しが、今回のスクランブルエッグ繋がった。私が作った卵料理を食べる娘の表情を見たとき、私は未来の家族の食卓を想像した。いつか娘が大きくなり、家族3人で同じ料理を分かち合う日が来る。
 
スクランブルエッグも卵2つではなく、3つ必要になる。塩コショウを少し入れた卵液を焼くことになる。しかも、食べる時にはケチャップをつけることにもなる。そんな光景を思い描くと、再び胸が熱くなった。想像力とは不思議なものである。イメージするだけで、想像力と大きな翼がどこまでも広がり、実現した気分にまでさせてくれる。
 
今回、味付けは乳児用ミルクだけの、シンプルなスクランブルエッグ。娘はこれを美味しそうに食べてくれる。現時点の娘に対する食育としては成功だといえる。しかし、大人である私にとって、成功した食育といえるのだろうか? 急に現実世界に戻された私に、そのような疑問が湧いてきた。
 
農林水産省のWebページで食育とは「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けられるとともに、様々な経験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てるもの」と
記載されている。
 
では、今回のスクランブルエッグ作って食べる私は、どのような状態だったのであろうか? 久しぶりに作るスクランブルエッグだ。しかも、娘の離乳食として初めて作る料理である。作る前から「失敗してはいけない! 失敗してはいけない!」と料理を作る楽しさを微塵も感じず、出来映えばかり気にしていた。
 
娘は喜んだような顔をして食べてくれたものの、調味料を一切使わず、味付けは乳児用のミルクだけだった。濃い味に慣れた私にとっては物足りず、ケチャップをたくさんつけて、素材の味を消して食べていた。
 
調理中の思考と食事中の行動から判断すると、私こそ「食育」が必要ではないだろうか? 料理を作りながらネガティブ思考に陥る頭、素材の味より調味料の味を追い求める舌。これらは、理想とする食育からかけ離れたものである。
 
「食育」という言葉が広く知られるようになったが、それは子どもだけではなく、大人である私にこそ浸透させなければならない。今のような調理や食事を続けていくと、家族3人で同じ料理を食べるという、あの胸の高鳴りを覚えた想像も、夢物語で終わってしまう。
 
娘が大人と同じ料理を食べることができる年齢になった時、今度は私が、離乳食のような調味料と添加物を一切使っていない、健康を最優先した料理しか口に運べないようになっているのではないだろうか。先ほどまで広がった想像力の翼は、すっかり閉じてしまった。
 
そのような事態を避けるため、私こそ健全な食生活を実践すべきである。まずは、舌の育成のために、調味料や添加物を最小限しか使っていない料理を、食べる機会を増やす。それを繰り返し、素材の味に敏感だった子どもの頃の舌を取り戻す。
 
今回のスクランブルエッグであれば、ケチャップをつけず、卵の味を感じ取りながら食べる。さらに、普段から娘が飲んでいるミルクの味も舌で探しながら、娘の好みの味を覚える。そうすれば、素材の味と、娘の好きな味の両方を知った舌を持つことができるのではないだろうか。
 
では、料理を作る時にネガティブ思考に囚われる頭は、どのように育成すればよいだろうか。この解決方法は簡単である。「料理を作る回数を増やす!」しか方法はない。
 
私は、料理を作った回数が少ない。よって、料理で失敗した回数が少ない。だから、失敗を恐れるのである。
 
料理を作る回数が多い人は、料理で失敗することに慣れている。しかも、失敗を失敗で終わらせず、リカバリーする方法も身につけている。しかし、私は失敗の回数が少ないため、リカバリーする方法を知らない。そのため、1回の失敗を「人生が終わった……」という程の大惨事と思ってしまうのだ。
 
卵料理、妻と食べる昼食・夕食、娘が食べる離乳食にこだわらず、キッチンに立って料理を作る回数を増やそうと思う。そして、自分や妻が食べて「不味い!」と思う料理や、娘が口から出してしまう離乳食などを、何回も作ろうと思う。こうして失敗を繰り返しながら、美味しい料理の作り方だけでなく、失敗から成功を導く調理方法を身につけよう。
 
こうして、素材の味と娘の好きな味が分かる舌、苦い経験を積み重ねた頭の2つを揃えることが、私にとっての食育である。そして、この舌と頭を兼ね揃えることが、私の想像力が見せてくれた、同じ料理を3人で食べるという、あの未来の家族の食卓を実現する方法なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-09-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.277

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