週刊READING LIFE vol.278

恐れ過ぎず侮らず:精神科病院の偏見とコロナ禍での学び《週刊READING LIFE Vol.278》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/9/16/公開
記事:馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「どうして分かってもらえないのだろう?」
精神科病院は、怖いところではないのにと思っていた。
 
私は精神科病院で看護師として4年前から働いている。
病棟にいる80代のベテラン看護師から、昔の病院の話をよく聞く。
「昔は、精神科病院っていうと、偏見や差別がすごかった。近所の人からも白い目で見られていた。病院近くのバス停で降りると、精神疾患があると思われるから、遠くのバス停を使う患者さんもいたんだよ」
 
そんな時代もあったのか。
精神科病院への偏見は、根強くて、患者も看護師もたいへんだったと想像できる。
私自身は、新人看護師の時に、総合病院の中の精神科病棟に勤務した経験がある。
そのせいか若い時から、精神科病院への偏見は少ないと思う。
勤務異動するとき、精神科医師から、「眠れないほど辛くて耐えられないことが続いたら、いつでも精神科受診してね」と言われて、素直にそうしようと思っていた。
 
精神科病院への偏見については、看護学生も同様だ。
私の病棟には、看護学生が実習に来るが、毎回同じことを感想で聞く。
「精神科病院は、もっと暗いところだと思っていた」
「患者さんが笑顔で話しているところを見て驚いた」
「もっと恐ろしいところだと思っていた」
大体この3パターンの感想だ。
授業で精神科看護について学んだ学生でさえ、そうなのだ。
 
でも、4年前のコロナ禍で変化があった。
コロナワクチンの接種に多くの人が、精神科病院へ訪れたのだ。
私は、総合病院での勤務経験が長いので、普通のことだと思っていた。
しかし、80代の看護師は話してくれた。
「こんなに多くの人が、コロナワクチン接種とはいえ、精神科病院へ来てくれるなんて、すごいことだ。近所の人が来てくれるなんて、昔は考えられなかった」
 
私にとっては、当たり前の光景が、そうではなかったのだと知った。
人というのは、知らないことに対して恐れや不安を抱きやすい。
がんや糖尿病のように、多くの人がかかる病気であれば、必要以上に不安になることはないと思う。
ただ、精神科病院は、簡単に受診するところではないので、不安が増大するのだと思う。
でも、コロナワクチン接種という機会であっても、多くの人に病院に来てもらえて良かった。
実際に、精神科病院の中を見ることで、恐れや不安な気持ちは減るだろうと思った。
 
精神科病院に対する恐れや不安は、実際を知らないことによるものだと理解している。
だから、私自身は、そういう恐れや不安を抱かないと勝手に思い込んでいた。
でも、違った。
 
それは、4年前にコロナが始まった時の事だった。
ニュースで豪華客船の中でコロナの患者が多数発生したと聞き、恐ろしいと思った。
このままだと、大変なことになってしまう。
テレビでは、コロナワクチンの接種が叫ばれていたが、効果も副反応もわからない状態であった。
 
豪華客船の中に入っていく医療チームの人たちは、命がけだっただろう。
未知のウイルスに対して、自分の危険も顧みず入っていくなんて。
でも、誰かがやらなくてはならない。
そんな気持ちだったのだと思う。
 
その後は、全国的にコロナが蔓延し、私の働いている精神科病院でも発生した。
閉鎖された環境の中で患者が感染するということは、医療スタッフがコロナを持ち込んだということだ。
自分が持ち込んだわけではなかったけれど、申し訳ない気がした。
 
それに、早期にコロナワクチンを接種しているとはいえ、コロナ患者に接するときは緊張した。
コロナワクチンの効果が、どれほどかわからなかったし、著名人が亡くなったことも、私には衝撃だった。
元気だった人がコロナに感染して亡くなる。
亡くなった人が家族に会うこともなく、火葬されて家に戻る映像は、今でも忘れられない。
それほど、恐ろしいウイルスなのかと、本当に怖くなった。
 
私にコロナ患者の看護ができるのだろうか。
感染対策の方法は理解している。
帽子、マスク、ガウン、ゴーグル、フェイスシールド、手袋の着用、脱衣もできる。
でも、大丈夫なのだろうか。
不安は大きかった。
 
実際の看護は、不安との戦いだった。
これ以上、感染者を増やせないという思いと、自分が感染し、家族を感染させてしまったらどうしようという恐怖の日々が続いた。
同僚たち数名もコロナに感染し、戦線を離脱する中、終息するまでなんとか頑張ることができた。
 
そして、時が経ち、コロナは5類感染症になった。
先日、私は初めてコロナに感染した。
クリニックへ受診すると、発熱外来と言われる別の玄関から入るように指示された。
医師と看護師は、ガウン、フェイスシールド、マスク、手袋を使用していた。
まだ、5類感染症と言っても、感染対策はしているのだなと思った。
 
だが、その後、家族の受診に付き添った別のクリニックでは、コロナの対応がまったく違った。
普通の受診だったのだ。
もちろん、医師も看護師もマスクはしていた。
でも、ガウンもフェイスシールドも手袋もなかった。
発熱していると告げても、別の場所で待機することもなかった。
 
正直、拍子抜けする自分がいた。
5類感染症って、こういうことか。
確かに、同じ5類感染症のインフルエンザでは、普通の受診だ。
別の入り口から入ることはない。
 
もう、コロナは恐れる病気ではなく、ありふれた病気になったのだと実感した。
そもそも私がコロナに感染したと分かった時、医師から「何回目ですか?」と聞かれた。
もう何回もコロナに感染した人がいる世の中になったのだ。
 
あんなに日本中、いや世界中でコロナを恐れていたのに。
コロナに感染した人がいると言うと、ニュースになったり、近くでも話題になったのに。
そういう時代は終わったのだ。
 
そして思った。
私も必要以上にコロナを怖がって、恐れていたことに。
精神科病院とコロナの恐怖心には共通点がある。
未知のものを恐れ過ぎることにより偏見を生むことだ。
分かっていたはずなのに。
 
もちろん、コロナの場合は、未知のウイルスで誰も正しく理解できる人はいなかった。
でも、あんなにも恐れる必要はなかったのかもしれない。
もう少し冷静でいても良かったのかもしれないと今は思う。
 
自分の視点は小さくて狭い。
そこを忘れてはいけないと思う。
自分が正しいと思い込まずに、正しい情報を得て、必要以上に恐れないことが大切だ。
 
今後、想定外の危機が訪れた時、コロナの教訓を、私たちは生かさなければならないと思う。
まずは、自分が知らないことを恐れ過ぎないように。
でも、油断しないこと。
『恐れ過ぎず侮らず』にいようと心に誓った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)

滋賀県生まれ。看護師。精神科病院勤務。
総合病院で、脳神経外科、内科、消化器外科、ICU・CCU、小児科での勤務経験がある。
看護学校での2年間の教員経験もある。
2024年ライティング・ゼミ2月コースを受講し、2024年6月からライティングXに参加。
文章力向上のために努力しようと思いつつ、読書に逃げてしまう毎日を送っている。

 
 

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2024-09-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.278

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