週刊READING LIFE vol.280

思い込みの海で溺れないように《週刊READING LIFE Vol.280》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/9/30/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ちょっと、なんでもっと早く来ないのよ」
 
怒り心頭の私は、ゆっくりと歩きながらやってきた娘に思わず文句を言った。
 
「えっ、だって、まだ4時8分くらいで、お母さんの言っていた4時10分には間に合ってるよ」
 
私は、娘が一体何をいっているのか、しばらく理解出来なかった。
これは、娘が高校時代のエピソード。
 
その日、私は娘が整形外科を受診するため、病院に付き添うことになっていた。
娘は、その後に用事があったので、病院の午後診が始まるのが4時だったから、それを早めに病院へ行って、並んで待つくらいの時間に来るように言ったのだ。
 
そう、「4時10分前くらいにおいで」と。
 
すると、娘がやってきたのは、4時8分。
娘は、4時10分になっていないから、お母さんの言うとおりにやって来たと思っていたらしい。
いや、違う。
私が伝えたのは、午後診が4時から始まるので、それを待つために、その10分前においで、という意味だったのだ。
それが、4時10分前に、という伝え方になったのだ。
 
私は、しばらく娘が言っている意味がわからなかった。
これまで、ずっとそのように時間を伝えて、伝えられて間違うことがなかったのだ。
例えば、実家の母と待ち合わせる時、同じように「4時10分くらい前ね」と伝えると、母は必ず3時50分にはやってくるのだ。
もちろん、私もそうしてきたのだ。
ところが、娘とはなぜかそこの理解が噛み合わなかったのだ。
 
「お母さん、それだったら最初から3時50分においでって言ってくれたらいいのに」
まあ、そういう言い方もあるが、これまで生きてきてずっと「4時10分前」と時間約束すると、誰とでも上手く3時50分に待ち合わせが出来てきたのだ。
 
これには、当時私はとても衝撃を受けた。
再度、実家の母に確認したら、やっぱり4時10分前の約束で、母は3時50分に来ると言っていた。
周りのママ友に話してみると、ママ友も理解してくれた。
 
そこで、みんなが試しにそれぞれのわが子に聞いてみてくれたのだ。
すると、誰一人として4時10分前の約束を、3時50分と理解する子どもはいなかったのだ。
なんということだろう、平成時代には通用しない言い方になっていたのか。
 
ある子は、娘と同じように4時8,9分くらいに行けばいいや、と言ったらしい。
ある子は、4時を過ぎたくらいに、待ち合わせ場所についたらいいと理解したらしい。
そうか、私の長年の思い込みは、私だけ、いや昭和時代の常識だったのかもしれない。
 
さらに、娘からは「4時10分前って言われて、3時50分は想像つかないよ。 それならば、4時の10分前とか言ってくれないと」
とも言われた。
 
あらためて考えてみると、確かに4時10分前は不親切で紛らわしい表現にもとれる。
逆に、昭和時代はよくこれで皆が間違わずに待ち合わせが出来たものだと思ったものだ。
私自身、何の疑いもなく思い込んでいるものだから、絶対に自分が正しいとしか思えなかった一例だったのだ。
時間の流れとともに、言語の表現も変化するのは理解出来る。
ただ、あまりにも思い込みが強すぎて、疑う余地もなかったことについては、このような齟齬が起こることをあらためて体験した例だった。
 
思い込みって、ある意味幸せなのかもしれない。
不安になること、疑うこともないから、本人はその世界に身を任せていられるからだ。
それが長い期間になってくると、さらに安定感に浸っているので、それが正しいという思い100%なのだから。
 
この一件の後、私はふと、他にももしかしたら自分だけが思い込んでいて、世間では、もう私の常識からはかけ離れたものへと、変化してしまったこともあるのかもしれないな、と思ったのだ。
ただ、こればっかりは、娘との待ち合わせのように、何かしら事件が起こらないと、表には出てこないことが多い。
気づける機会は、失敗の時しかないのかもしれない。
 
そういえば最近、実家の母も思い込みの世界にハマっていたことが発覚した。
それは、宅配便が受け取れず、不在票が入っていた時のこと。
再配達依頼の連絡を電話でするのだが、それが全く出来ないと言っていた。
母が不在票を持って電話をかけて、処理をしようとしても一向に出来ないと言うのだ。
普段、滅多に人に頼らないので、ずっと困っていたらしい。
それは大変だろうということで、わが家で再配達の依頼を私がやってみた。
 
固定電話で、不在票に書かれている電話番号にかけると、相手からの案内が流れて来た。
まずは、電話機のチェックのために、シャープ(♯)を押して。
私は、ふと91歳の母なので、このシャープ(♯)がわからないのかもしれないと想像しながら、操作を順番にやっていったら、すぐに再配達依頼は出来たのだ。
 
「お母さん、シャープ(♯)がわからなかった?」
 
すると、母はそれはわかって押していたらしい。
そうしたら、米印(※)かな。
 
いや、それもわかると言うのだ。
 
その後、電話番号を入力するのだが、そこで母は自分の電話番号を言って伝えていたということがわかった。
確かに、再配達依頼の電話をすると、女性の声で応対してくれる。
相手がしゃべってくるので、それに一生懸命に母はしゃべって答えたいたそうだ。
いや、それじゃあ絶対に再配達してもらえないよね。
シャープや米印は電話機のところを押して操作していたのに、電話番号は数字を押そうと思わなかったのね。
相手が普通にしゃべって問いかけてくれるから、母もしゃべって答えていたらしい。
そこは、母の大きな思い込みだったのだろう。
それでは、永遠に相手には伝わらず、再配達の依頼は出来ないわ。
そのことがようやくわかって、母は驚きの表情をしていた。
 
まるで、私が娘の高校時代、4時10分前が伝わらなかった時のように。
 
思い込み。
 
これって、自分ではなかなか気づかないことなのかもしれない。
そう思うと、日々、周りのそう親しくない人とのやり取りでも、自分がこれまでやってきたこと、普段通りのことと反したことをされると、「えっ?」と、思うことがある。
思うことがあるというと丁寧だが、そこには「あなたが間違っていませんか」というような気持ちが強めの「えっ?」になっている。
そう、自分が信じてやってきたことは、全部正しいと思う傾向があるのだ。
 
常識って、習慣って、あらためて人それぞれなのだということを再確認しなくてはいけない。
「みんなわかっているでしょ」、「普通はこうでしょ」だとコミュニケーション不足に陥ってしまう。
私はこう思って、こうしていると言うことを明確に伝えて、あなたのそれとは同じなのかどうかを確認することが大事なのかもしれない。
そして、自分の中の常識、思い込みは時、所によっては違うことも大いにあるってことを知らなくてはいけない。
さらには、違うことが発覚したならば、自分の思いが正しいという姿勢ではなくて、直ちに相手の考えに寄り添い、擦り合わすことも大切だ。
何ごとに対しても、柔軟に、素直に受け入れる姿勢を持ちたいものだ。
だって、絶対に正しいことなど、本当はなくて、それこそが思い込み、なのだから。
そう思えると、今をごきげんに生きてゆくことに繋がると思うのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 

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2024-09-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.280

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