週刊READING LIFE vol.282

リハビリの知見を生かした経営を効率的にする方法《週刊READING LIFE Vol.282 経営力》

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2024/10/21/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
鵠沼海岸の朝は、いつも波の音から始まる。整体院の鍵を開ける瞬間、僕の心は10年前へと飛んでいった。理学療法士として病院に勤めていた日々が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
白衣を着て、患者さんのリハビリに励んでいた頃の僕には、まさか自分が経営者になるとは想像もできなかった。リハビリ室の蛍光灯の下、患者さんの希望に寄り添いながら、一歩一歩回復への道を歩む。そんな日々の中で、私は人間の可能性の大きさを実感していた。
しかし、同時に医療システムの限界も感じていた。短い診療時間、多くの患者さん、そして制度に縛られた治療方針。もっと一人一人に寄り添い、本当の意味で「治す」ことはできないだろうか。そんな思いが、次第に大きくなっていった。
決断の瞬間は、突然やってきた。ある日の夕方、最後の患者さんを見送った後、ふと窓の外を見ると、夕日が美しく海を染めていた。その瞬間、「自分の理想とする医療を実現するには、自分の手で場所を作るしかない」という思いが、心の中で大きく膨らんだ。
整体院開業の決意は、周囲を驚かせた。安定した職を捨てて、未知の世界に飛び込むことへの不安や心配の声が、家族や同僚から聞こえてきた。しかし、その声が大きければ大きいほど、僕の決意は固くなっていった。
開業の準備は、想像以上に大変だった。場所の選定、資金の調達、必要な資格の取得。すべてが初めての経験で、一つ一つが大きな壁のように感じられた。しかし、その過程で出会った人々の助言や励ましが、僕を支えてくれた。
ついに開業の日を迎えた。新しい看板を掲げ、期待に胸を膨らませて開店の時を待った。しかし、現実は厳しかった。予約数は期待よりもはるかに少なく、日によってはゼロの日も珍しくなかった。
貯金は日に日に減っていき、不安は増すばかり。「このままでは」という焦りから、ついにマルチ商法に手を出してしまった。今思えば笑い話だが、当時は藁にもすがる思いだった。結果は惨憺たるもので、誰一人として商品を買ってくれず、店には売れ残った商品の山。途方に暮れた日々が続いた。
しかし、この苦しい経験が、僕に大切なことを教えてくれた。それは「近道はない」ということ。そして「基本に立ち返ることの大切さ」だった。
ある日、整理していた段ボール箱から、理学療法士時代の古いノートが出てきた。そこには、リハビリの基本プロセスが細かく記されていた。それを読み返すうちに、ふと気づいたのだ。このリハビリのプロセスは、まさに今の自分に必要なものではないか、と。
その瞬間、僕の中で何かが変わった。これまでの焦りや不安が、静かな決意に変わっていくのを感じた。そう、基本に立ち返ろう。理学療法士として培ったスキルと経験を、経営にも活かせるはずだ。
波の音が聞こえる鵠沼海岸の朝。新たな気持ちで整体院の鍵を開ける。今日は何人のお客様が来てくれるだろうか。それは分からない。しかし、一人一人のお客様に真摯に向き合い、その人の「HOPE」を聞き出し、それを実現するためのプランを立てる。そんな基本的なことから、一つ一つ積み重ねていこう。
失敗や挫折を経験したからこそ、今の自分がある。その思いを胸に、私は新たな一日を迎える準備を始めた。理学療法士から経営者へ。予期せぬ挑戦の日々は、まだ始まったばかりだった。
「数字と人間性の融合:経営の真髄を探る」
理学療法士時代のノートを見つけた日から、僕の経営アプローチは大きく変わった。リハビリテーションのプロセスと経営には、驚くほどの類似性があることに気づいたのだ。
リハビリでは、次のようなステップを踏む。
1.患者のHOPEを聞く
2.現状を評価する
3.OPEを達成するのに必要な課題を抽出する
4.抽出された課題に対して介入し改善する
5.改善した結果HOPEがどの程度達成されたかを評価する
6.結果を考察し、次のプランを考える
この流れは、まさに経営にも当てはまるのではないか。そう気づいた瞬間、僕の中で何かが大きく変化した。経営においても同様のサイクルを回すことにしたのだ。
1.年間の目標売り上げを決める
2.現状を評価
3.課題を抽出
4.課題の解決
5.改善されているか評価
6.次のプランを考える
このサイクルを回す上で最も重要なのは、感情を抜きにして数字を追求することだった。一見冷たく感じるかもしれない。実際、スタッフからは「数字しか見ていない」と言われたこともある。しかし、僕はこう考えている。感情に流されて経営が傾くことこそ、最終的にはスタッフやお客様に最大の迷惑をかけることになるのだと。
数字にこだわることは決して冷たいことではないということ。むしろ、それが公平で透明性の高い経営につながり、結果としてスタッフの成長や満足度向上にもつながるのだ。
しかし、ここで重要なのは、数字だけを追いかけるのではないということだ。数字の先にある「人」を見ることが極めて重要なのである。
僕の整体院では、初回の問診に特に時間をかけている。お客様が何を求めて来院されたのか、どんなHOPEを持っているのか、じっくりと耳を傾ける。極端な例だが、この問診だけで腰痛が改善することもある。なぜなら、多くの場合、体の痛みは心の痛みと繋がっているからだ。
ある50代の男性の例を挙げよう。彼は激しい腰痛を訴えて来院した。通常のアプローチでは一向に改善が見られず、私は彼との対話を深めることにした。すると、彼の腰痛の裏には、仕事でのストレスや家族との関係の悩みがあることがわかった。そこで、体のケアだけでなく、生活習慣の見直しやストレス管理の方法についてもアドバイスを行った。数週間後、彼は見違えるように明るい表情で来院した。腰痛は大幅に改善し、仕事や家庭でも前向きに取り組めるようになったという。
この例が示すように、お客様一人一人のHOPEに耳を傾け、それを達成するためのアプローチを考えることが、結果として数字にも表れてくるのだ。つまり、数字にこだわることと、人に寄り添うことは、決して相反するものではない。むしろ、両者が密接に結びついているのだ。
経営の真髄は、この「数字」と「人間性」の融合にある。数字を追いかけることで経営が安定し、その結果、より多くのお客様のHOPEに応えられるようになる。そして、それがまた数字につながっていく。この好循環こそが、真の経営力なのではないだろうか。
波の音が聞こえる鵠沼海岸の朝。今日も新たなお客様を迎える準備を整える。数字のシートを確認しながら、同時に心の中でこう誓う。「今日も一人一人のHOPEに寄り添おう」と。これが、経営者として学んだ僕なりの答えだ。数字と人間性の融合。それこそが、真の経営力なのだと。
 
「未来への展望:持続可能な経営を目指して」
整体院を開業してから10年。振り返れば、まさに激動の日々だった。理学療法士から経営者へと転身し、数々の困難に直面しながらも、少しずつ成長を重ねてきた。その過程で得た学びと成果は、僕の人生観さえも変えるほど大きなものだった。
まず、最も大きな学びは「基本に忠実であることの重要性」だ。リハビリの基本プロセスを経営に応用したことで、ビジネスの軸がぶれなくなった。そして、「数字」と「人間性」のバランスを取ることの大切さも身をもって体験した。数字を追いかけることで経営の安定性を確保しつつ、同時に一人一人のお客様のHOPEに寄り添う。この二つを両立させることで、持続可能な経営の基盤を築くことができたのだ。
成果として最も大きいのは、年収が理学療法士として勤めていた頃の倍になったことだろう。しかし、それ以上に嬉しいのは、多くのお客様から「ここに来て本当に良かった」という言葉をいただけるようになったことだ。数字の向上と顧客満足度の向上が同時に実現できたことは、僕の経営哲学が間違っていなかったことの証明だと感じている。
しかし、経営環境は常に変化している。最近では、インボイス制度への対応が新たな課題として浮上してきた。小規模事業者にとっては大きな負担になりかねない変更だ。正直なところ、最初はこの制度変更に戸惑い、不安を感じた。しかし、ここでも「基本に忠実であること」が重要だと気づいた。
そして今、僕は新たな挑戦に向けて準備を進めている。それは、「一人一人が自分で自分の人生をデザインできるようになる」ことをサポートすることだ。単に体の痛みを取り除くだけでなく、お客様が自分の体の構造について理解を深め、どう使えばより生きるのが楽になるかを知ってもらいたい。これは、人生そのものをより豊かにすることにつながると信じている。
具体的には、整体院での施術に加えて、セルフケアの方法や生活習慣の改善方法を教えるワークショップの開催を計画している。また、ウォーキングのレッスンも始める予定だ。これにより、時間や場所の制約なく、より多くの人々をサポートできるようになると考えている。
さらに、若手の理学療法士の育成にもより力を入れていきたい。僕が10年間で学んだことを次の世代に伝え、彼らがより早く、より効果的に人々をサポートできるようになることを目指している。
これらの新しい取り組みは、確かにリスクも伴う。しかし、10年間の経験で培った「数字」と「人間性」のバランス感覚を信じている。新しいサービスの導入による収益の変化を細かく分析しつつ、同時にお客様一人一人の声に耳を傾け、そのニーズに応えていく。この二つを両立させることで、持続可能な成長を実現できると確信している。
鵠沼海岸の波の音が、いつもより力強く聞こえる朝。整体院の鍵を開けながら、僕は深呼吸をした。10年前、不安と期待が入り混じる中で始めた この挑戦。今、僕の心には確かな自信がある。しかし同時に、まだまだ学ぶべきことがたくさんあるという謙虚さも忘れていない。
お客様一人一人の人生をより豊かにする。その大きな目標に向かって、今日も一歩を踏み出す。数字を見つめ、人の声に耳を傾け、変化を恐れず挑戦し続ける。それこそが、僕が信じる持続可能な経営の姿なのだ。
波の音とともに、新たな一日が始まる。未来は明るい。そう確信しながら、私は今日も笑顔でお客様を迎える準備を始めた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

 
 

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2024-10-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.282

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