週刊READING LIFE vol.287

単に消すことだろう《週刊READING LIFE Vol.287 もし未来に行けたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/12/2/公開
記事:田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「老兵は死なず、単に消え去るのみ(Old soldiers never die, they simply fade away.)」
 
退任の際に、こう演説したのは、GHQ最高司令官として、戦後日本に進駐していたダクラス・マッカーサー米陸軍元帥だ。
歴史上有名な演説なのだが、元は英国の兵隊歌だったものを米国でゴスペル調に変換され唄われる様に為り、誰もが知るフレーズとして知られているそうだ。
 
私も高齢者の域に達して来たので、そろそろ人生の終焉を考える様に為って来た。
益々、マッカーサー元帥の言葉が、身近に為ったという訳だ。
未だ、迫った訳では無いが……
 
 
よく、理想的な人生の例として、
 
『悔いのない人生』
 
と、云う言葉が使われる。
私は若い頃から、この言葉に違和感を禁じ得なかった。
正確には、道徳的に模範とされる人生に感じて仕方がなかった。
 
現に、私はこれ迄の人生が、悔いばかりが残る、理想とは程遠いと感じて仕舞うのだ。
従って私は、“悔いのない人生”という教科書的な人生よりも、太宰治氏が私小説『人間失格』の冒頭に記した、
 
『恥の多い生涯を送って来ました。』
 
の方が、シックリ来る人生だったと感じているのだ。
 
 
私が送りたかった理想的な人生とは、例えば、大谷翔平選手の様なメジャーリーガーに為りたいとか、山中伸弥教授の様にノーベル賞を受賞したいといった大それたものではなかった。
私はただ、外国、それも米国の大学に留学したかったのだ。そこで、日本の記憶力優先で正解を覚える学問ではなく、学友達とディスカッションを通じて最適解を導き出す様な学問をしたかったのだ、
そして出来れば、N.Y.かボストン辺りのシンクタンク系企業で活躍したかったのだ。
 
勿論、私の過去・現在を知る人達からすると、
 
「何を、夢みたいなことを言って」
 
と、誹りを受けることだろう。
実際、私は勉強というものと、トンとしてこなかったからだ。
 
しかし現実には、高校から海外に留学し、米国の大学を優秀な成績で卒業し、この秋から世界四大会計会社の一つに勤務し始めた若者と知り合いなのだ。
彼の母は、私と同じ土俵で切磋琢磨した仲だ。
従って、立派な経歴を築き上げ始めた彼と私とは、大して違わない環境だった訳だ。
 
違っていたのは、外国へ打って出る勇気と、米国の大学で研鑽を積む根気が、私には無かっただけなのだ。
 
こうした事は、私にとって“悔い”以外の何物でも無いのだ。
 
 
私はその若者に、大学を卒業する際、
 
「悔いを残せよ」
 
と、鼻向けの言葉を贈った。
彼は、合点が行かない表情をしていた。
私は続けて、
 
「悔いのない人生なんて、言うのは簡単だ。しかしその多くは、自分の怠惰に合わせて、目標を下げたに過ぎない」
 
更に、
 
「掴み切れない程の目標を立てて、たとえそれが達成出来なくとも、常に上を目指す方が恰好良いぜ!」
 
と、付け加えた。
そして、
 
「だから、悔いと為る程の、大きな目標に向かう人生を送ってくれ」
 
と、結んだ。
若者の眼が、キラリと光ったのを私は確認した。
 
私は彼に、自分は持つことが出来なかった目標と、送ることが叶わなかった人生を投影したのだろう。
 
私は大きな海に船出する彼が、羨ましくて仕方がないのだ。
簡単に、時代に違いと云って納得したくないのだ。
 
 
悔いを多く残し、理想とはかけ離れた人生を過ごして仕舞った私は、未来へ行く機会が有るとすれば、私の痕跡を全て消しに掛かるだろう。
 
思うような業績を残せず、社会にそれ程の貢献も出来ず、他人に然程の影響も与えることが出来なかった凡人なのだ。私は。
 
せめても、その痕跡を消すことに依って、他の偉人達に入り込む余地を空けたいのだ。
例えば、前述の若者の様な優秀な方々に、道を譲りたいのだ。少なくとも、障害に為りたくないのだ。
それが例え、記憶だけだとしても。
 
 
高齢者の仲間入りを果たした私は、最近つとに“死”について考える様に為った。
私の様な者は、可能な限り迷惑を掛けず、これ迄関わって下さった方の記憶から消えたいのだ。
 
 
私には、私の死後に交わして欲しい会話が有る。
それは、
 
「最近、静かだなぁ」
「山田のオッサンが居ないからでは?」
「そう云えば、最近見掛けないねぇ」
「何でも、先月死んだらしいよ。山田さん」
「やっと、くたばったか! あの、ジジイ!」
「やかましいオッサンが居なく為ったら、静かなんだよ」
「静かでいいや。本当に」
 
そして、
 
「でも、ちょいとだけ寂しいね」
 
と、云うものだ。
少し過激な言葉だが、私の死を“やっと”と表現して頂けるのなら、それ迄関わって下さったことに他ならない。
そして、少しでも静かさを“寂しい”と感じて下さったのなら、私の存在を気にして頂いた証明と為るのだ。
例え、凡人である私の人生でも。
 
残るは、どうやって皆様の前から消え去るかだ。
 
 
“死”を考えると、同時に出てくる問題は、墓に関するものだ。
先に記すと、私は墓を残したり、家族の墓に入るつもりはない。既にしたためた遺言にも明記している。
 
私は、散骨を希望している。
皆さんの記憶にも残して頂きたくない位なので、私への墓参りなど不要なのだ。
 
私は常々、人間は生きていてナンボの存在と思っている。
死んで仕舞えば、他人に迷惑を掛けずに済むし、影響を与える心配もない。
 
増してや、死後に、
 
『惜しい人を亡くした』
 
等と、言って頂いても、遅いだけと考えている。
勿論、故・白洲次郎氏の真似では無いが、葬式も戒名も無用で不用だ。
 
ただ前期の通り、一時的に私の悪口で盛り上がって頂き、そして、忘れて頂きたいものだ。
私の人生なんて、その程度のものだ。
 
もし、それでも残された方達の話題と為るようなら、未来へ行って必死に消し去りたいと思うのだ。私は。
“悔いの多い人生”でしかないからだ。
 
 
“悔い”を多く残した私だが、そのこと自体を後悔はしていない。
何故なら、人生のターニングポイントで、楽を選んだ結果だからだ。
 
希望・目標の殆どを達成出来なかったが、自分の怠惰に合わせて目線を下げたことは無かった。
今でも、これからも、先の希望を追い続ける所存だ。
残りは、そう多くは無いと思われる人生だが。
 
 
幸いなことに現在、私は多くの方々と関わって頂いている。
本当に、有難いことだ。
 
 
これからの残りの人生、もう少しだけ、“悔い”を残したと胸を張って生き続けてみようと思う。
 
そして、本当に人生の終焉が近付いてきたら、皆様の前から静かに消え去ろうと思う。
 
 
多分、もう少しです。
御手間を取らせ、御気を煩わせるのも。
 
我慢して、御付き合い下さいませ。
 
 
そして、
もし、皆様の御記憶に残って仕舞うようでしたら、未来へ先回りして消し去る努力をしますので。
 
 
 
折り合いが悪く、私にとって多くの障害でしかなかった父親の十七回忌に、こんなことを考えました。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・ライティングX所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

 
 

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2024-11-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.287

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