週刊READING LIFE vol.289

「目的」と「知識」に引っ張られ、「今この瞬間」を疎かにしていたことに気づかされた一冊/裸眼思考(かんき出版)《週刊READING LIFE Vol.289 2024年ベスト本》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/12/16/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
ビジネスパーソンで、目的や結果から逆算して、仕事をスケジュール通りに効率的に進めようとしている人は多いと思う。また、過去の経験や知識を基にして、重大な決断を行っている人も多いと思う。前者は未来に依存し、後者は過去に依存している。では、未来や過去に依存している人は、「今この瞬間」をどれくらい大切にして生きているのだろうか?
 
実は、私の仕事は製薬会社の営業(MR)であり、勤務時間のほとんどを未来と過去の両方に依存してきた。例えば、1年間の営業数字を達成するために、1年後に自社医薬品を○○例処方してもらう。そのために、半年後には△△例は処方してもらわなければならない。そうすると、3カ月後にはある程度の結果を出すために、A医師と月2回のペースで面談し、このデータとあのデータを紹介する、といった形で未来に依存していた。
 
また、20年ほどMRという業務を行っていると、過去の経験や知識を参考にして決断を下してしまう。例えば、過去にB大学卒業の循環器内科のC先生に怒られたことがある。B大学卒業の先生は、性格の難しい人が多いから面談するのを断ろう。その代わり、D大学卒業の先生は、今まで全員優しくて、すぐに処方してくれたから、D大学の先生ばかり面談しよう、といった形で過去に依存していた。
 
私のこのような行動が、本書で「裸眼思考」の対比として使われている「レンズ思考」である。「レンズ思考」とは、過去の経験や知識、または未来の目標を基にして物事を見たり判断したりする思考法を指す。このアプローチはビジネスにおいては極めて実用的である。計画を逆算して効率的に行動することや、成功事例や失敗事例を参考にすることは、限られたリソースで成果を上げるために不可欠だからだ。しかし、こうした思考法には一つの大きな問題がある。それは、「目の前の現実」を見落とすリスクである。
 
レンズを通して見える世界は、過去の成功や既存の知識によって歪められることがある。そのため、たとえ計画通りに進めているつもりでも、本当に重要な兆候や、相手の本音を取り逃してしまうことがある。20年間、私は分厚いレンズをかけながらMRという仕事を行っていた。
 
一方、「裸眼思考」とは、過去の経験や未来の計画というフィルターを外し、目の前の事実や雰囲気をありのままに受け入れる思考法である。この方法は、一見すると非効率に思えるかもしれない。しかし、実際には新たな視点や、より深い洞察を得るためには不可欠なアプローチである。
 
たとえば、会議を「アジェンダに従って、予定通りの結論に落とし込むこと」を考えて進行するのではなく、参加者の表情や言葉の裏にある感情を読み取ることが挙げられる。裸眼思考を取り入れることで、これまで気づかなかった課題や新たな可能性に目を向けられるようになる。
 
しかし、未来からの逆算、過去の経験の積み重ねといった「レンズ思考」が過剰になることで、見失っているものも少なくない。たとえば、目の前の状況や人々の本音に気づけないまま、論理や計画に縛られてしまい、「落としどころありき」の会議になってしまうことがある。「裸眼思考」は、そうした思考の限界を乗り越え、現実をありのままに受け入れるための方法論を提示している。
 
では、どのようにすれば、レンズを外し、裸眼に戻れるのだろうか? 「裸眼」と聞くと、目に何もつけていない状態だから、理論武装や知識武装などといった、準備は一切必要ないと思うかもしれない。しかし、実際は逆である。「これ以上できない!」という状態になるくらい入念に準備をする。そして、本番直前に、準備したことをすべて忘れる。そうすると、レンズが外れ、裸眼となり、目の前の状況や人の本音に気づくことができる。私自身も似たような経験をした。
 
ある病院の循環器内医向けに新薬のプレゼンテーションを行った時である。私がプレゼンを行うのは循環器疾患の新薬だ。「餅は餅屋」ではなく「餅を餅屋に売る」気分だった。プレゼン当日までの1カ月間、私は必死で新薬の知識を詰め込んだ。
 
会社が作成したプレゼン用のパワーポイントスライド60枚の内容に加え、数種類のパンフレットの内容もすべて確認した。そして、説得力が増すプレゼンができるよう、改めてロジカルシンキングを学び、プレゼンのセリフを文字に起こし、一言一句暗記した。さらに、過去の経験から循環器内科医の質問を想定し、それに対する回答も用意した。まさにレンズ思考を体現した行動をとったといえる。
 
そして、プレゼンの本番を迎えた。プレゼンの準備をしていると、早めに部屋に入ってきた医師が「今日の薬剤を使うような患者さんって、ほとんど診療したことないから。難しい説明はやめてくれる?」と言ってきた。その一言で、私の頭の中は真っ白になった。度の強いレンズが外されて、裸眼になった瞬間だった。
 
「1カ月間準備していたセリフが、全て飛んでしまった。どうしよう……」と私は、顔から血の気が引く感じがした。しかし、新薬のプレゼンを聞くために、医師たちが次から次へと部屋に入ってくる。そして、司会役の医師が「それでは、始めてください!」と私に伝えた。
 
私はプレゼンを始めた。しかも、難しい専門用語や略語を使わず。まるで、入社して間もない社員に優しく伝えるような感じで。「不思議なことに口が勝手に動く、そして医師一人一人の様子も手に取るようにわかる」という今までにない体験をしていた。
 
プレゼン開始から2分後、最初の質問が来た。「質問は最後にまとめて行う」という方針ではないのか、と思いながらも、その場で回答した。「2枚後のスライドでご紹介する内容が、先生のご質問に対する回答に該当するかと存じます」と。驚いたことに、忘れてしまったと思ったスライドの構成も、すべて頭の中に入っていた。
 
その後も、プレゼンをしながら、医師からの5つほどの質問に回答し、予定より10分オーバーして、新薬の説明を終えた。プレゼン後、退室する医師から「ありがとう。よく分かったよ!」と言われた。
 
新薬とは言え、1回のプレゼンで5つも質問をもらうのは、何年ぶりだろうか? さらに、お礼まで言われたのは、何年ぶりだろうか? ここ10年くらいなかったのでは? と私は思った。対象患者がいないため、新薬採用には至らなかったが、私は最近では感じたことのない満足感を覚えて、この病院を後にした。
 
何故、私は今回のプレゼン後に満足感が湧いてきたのだろうか? 裸眼思考とレンズ思考に落とし込んで考えてみた。今回の私は、プレゼン直前まで、従来と同じく典型的なレンズ思考であった。新薬採用という目的から逆算し、今までに担当した循環器内科医が好む構成という過去の経験を基に、プレゼンを準備していた。
 
しかし、一人の循環器内科医の「説明、簡単にしてね!」の一言で、準備した内容をすべて忘れてしまった。しかし、それが功を奏した。医師の言葉で、レンズを外された私は、裸眼になり、新薬のプレゼンに参加してくれた医師一人一人の様子を伺いながら、説明を行った。そして、医師の本音ともいえる質問を引き出し、それに回答をした。その経緯に満足をしたのだ。まさに、「今この瞬間に」集中していた。
 
今回の事例では、外部からの刺激によって、レンズが外されて裸眼になった。しかし、これからは、自分の意志で、レンズを外し、裸眼になろうと思う。そのために、普段はレンズを掛けながら、準備を入念に行おう。その準備が、目的からの逆算や過去の経験を基にしたものであっても、気にせずに。なぜなら、レンズというものは、入念に準備すればするほど、簡単に外れ、裸眼に戻ることができるのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライティングX)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-12-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.289

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