反省-私ってば女性なのにセクハラの後方支援をしてました《週刊READING LIFE Vol.303 面白い反省文》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/4/7/公開
記事:かたせひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
すみません。
私は、形は女性だけれど、心は男性でした。
男性と同じ価値観で動いていた、男性にとって都合のいい女性でした。
結果、「セクハラ」を助長していたのです。
約30年前に新卒で就職した。
今の若い人が聞いたら「マジすか!」と目を丸くするだろう。
その頃の職場では、机の上に平然と下着姿やヌードの女性のカレンダーが置かれていたのだ。
最初は私も驚いた。
え?
こんな乳丸出しの写真、堂々と公共の場に出していいの?
積み上げられた書類の隣で微笑む乳全開の美女……。
何、このアンマッチ、どういうこと?
そのカレンダーは、誰でも名前を聞いたことがある大手生命保険会社の「セールスレディ」(この呼び名、今だったらアウトだな)が、営業ツールとして男性社員に渡したものだ。
つまり、その生保会社としても、ヌードカレンダーは問題なし。
私が勤めていた会社でも、受け取るのも問題なし。
さらには、それを堂々と机の上に置くのも問題なし。
全てノープロブレム!
今思えば、おおらかというか、緩すぎる時代だった。
女性社員には、犬や猫のカレンダーが手渡されていた。
男性にはヌード、女性には動物、というルールがあるのか、逆パターンは一切なかった。
中学生でもあるまいし、こんなヌード写真を見たところで、特にどうということもないだろう。
興奮して仕事にならない! なんて人は一度も見たことがない。(なるなら飾らないで)
私も「こういうのどうかと思うんですけど!」と、目くじらを立てて抗議するような高潔さもなかった。
最初は驚いたものの、すぐにその光景にも慣れていった。
私は案外適応能力が高かった。
最初の違和感はすぐに薄れ、「社会とはこういうものだ」と自然に受け入れていった。
カレンダー以外にも、今では完全にアウトな会話がまかり通っていた。
「彼氏いるの?」
「マッサージしてあげようか?」
「手相見てあげようか?」
最初はびっくりした。(新入社員は驚きの連続)
なんでそんなこと、答えなきゃいけないの?
若い私がマッサージなんて必要なわけないじゃん。むしろ、あなたの方が……。
はぁ? 触られたくないんですけど?
いやいや、そんなうがった見方をしてはいけない。
私が女子高育ちで、男性に慣れていないだけで、これが普通なんだ。
彼氏のことだって、嫁に行けるかどうかと、親心から言ってくれているのかもしれない。
マッサージや手相だって、親切で言ってくれているんだよね。
そう自分に言い聞かせたが、私がおぼこなだけだった。
すぐにそれが親心でも親切心でもない、ただのスケベ心だと気づいた。
そして、こうした男性からの不快な言葉をうまく交わすのが「大人の女性」だと、周りの雰囲気から学んだ。
私を指導してくれた先輩女性は、まさにその典型だった。
社内ホステスのような人で、実際、陰で「チーママ」と呼ばれていた。
いつも笑顔を絶やさず、不快なセクハラを笑顔で巧妙にかわしていた。
先輩なら、会社を辞めても、どこかのキャバクラか銀座の店ですぐにやっていけるだろう。
実際、「客あしらいが上手そうだから、うちの店に来ない?」と、飲み屋でスカウトされたこともあったらしい。
スカウトされるほどだ。先輩のかわし方は見事だった。
「またまた~。そんなこと言っても何も出ないですよ~」と、軽くいなす。
そうかと思えば、「そんなことより、はい、仕事、仕事」と、うま~く空気を切り替え、なんだか職場の士気まで高めている。
いつも角が立たない上手な言い回しであしらい、女神のように微笑んでいた。
「こういうのが大人の女性かぁ」と感心した。
しかし私は先輩の別の一面を知っていた。
不快な言葉を発した男性がいなくなると、さっきまでの笑顔は一瞬で消え失せ、口はへの字になり不快指数マックスの表情を見せた。
その表情はまるで、「くだらないこと言ってんじゃねーよ」と、チッと舌打ちしているようだった。
そんな時でも、お気に入りの部長が横を通り過ぎると、「あ! ぶちょぉ~~♡」と媚びニケーションスイッチが入る。
先輩、いくつの顔を持っているんですか?
キョンキョンの「ヤマトナデシコ七変化♡」という曲を思い出さずにはいられなかった。
先輩の変幻自在な身のこなしを、尊敬のまなざしで見つめた。
事を荒立てず、無駄な軋轢を生まず、世の中を渡っていく。
これが「働く女」の処世術なんだと思った。
セクハラを許容する環境に身を置いているうちに、最初に覚えていた違和感も徐々に薄まっていき、それなりにやり過ごせるようになっていった。
たまにセクハラ発言に目くじらを立てて、キーキー言ったり、返事に困ってモジモジしていたりしている人を「子供だなぁ。うまくかわせばいいのに」と、思った。
そうやって反応するから相手は喜ぶんだよ。
相手は、からかって、こっちが困った顔したり動揺したりする顔を見たいだけなんだよ。
反応してしまったら、相手の思うツボなんだって。
無駄なことにエネルギー使わないで、さっさとかわした方がラクだって。
そう言いたかった。
当時、職場に、しょっちゅうセクハラ発言をするNさんという男性がいた。
冗談を装って「何色のパンツ履いてんの?」と聞いてくる。
今だったら、録音されて、即セクハラ相談室行きだ。
Nさんはスケベだが、仕事は出来た。
いわゆる「英雄色を好む」を地で行くような人だった。
だから、周りも多めに見ているのか、多少のスケベ発言は黙認していたし、それを笑って聞いていた。
最初の頃は、私もチーママ先輩を見習って、Nさんのパンツ発言に「何言ってんですかー」と、適当に受け流していた。
でも、毎度毎度聞かれるうちに、うんざりしてきた。
私は、「いつか反撃してやる!」と、虎視眈々とチャンスを狙った。
しばらくして職場で送別会があり、そのチャンスがやってきた。
案の定、Nさんが私のそばにやってきた。
絶対言う。今までだって、100%言ってきた。
最初は雑談だった。
でも必ず言う。
言ってきたら、返す刀でバッサリ切ってやる。
そして、その時はやってきた。
「ねぇ、何色のパンツ履いてんの?」
ヨッシャー!
私は、きっぱり言ってやった。
「履いてません」
「え?」と、きょとんした表情を浮かべるNさん。
私は畳みかけるように、大きな声でもう1回言ってやった。
耳の穴、かっぽじって聞けよ、と言う風に。
「履・い・て・ま・せ・ん!」
「安心してください。履いてますよ!」の芸人、『とにかく明るい安村さん』とは、逆のバージョンだった。
私の方が先だったと言ってもいいかもしれない。
「安心してください。履いてませんよ!」
Nさんは、予想外の回答に固まっていた。
「私、履いてないんで、色もク〇もないんです。じゃ」
とニッコリ笑って、グラスを持って別の席に移った。
「あの女パンツ履いてないってよ」と噂になるならなってもいい。
『桐島、部活やめるってよ』と同じリズムで言ってもらって全然構わない。(当時まだこの作品は発表されていないが)
社則に「パンツを履かない者は懲戒処分に処す」とか「反省文を提出させる」とは書いていなかった。
だから、履いてなくたって別にとがめられることはない。
いや、履いてるんだって!
私も安村さんと同じで履いてるんだってば。
しかし、この「履いていません」返しは、意外と効果があった。
可愛げのない女と思われたのか、冗談が通じない女と思われたのかわからないが、それ以降、セクハラ発言は激減した。
「パンツ何い……、ああ、履いてないんだよね」
と、向こうから終了してくれるようになった。
どうやら履いてない女として認識されたらしい。(それもどうかと思うが)
私はこれ以降、セクハラ質問を受けたとき、相手の予想を裏切るような回答で、会話を即座に終わらせるようにした。
「手相見てあげようか?」と言われれば、「トイレ行って、手洗ってないんで」と返す。
「スリーサイズいくつ?」と聞かれれば、「85、58、85です!」と、「自分の理想の」スリーサイズを答えた。
「ウソだろ?」という視線は見ないふり。
とにかく、話を広げず、瞬殺するようにした。
これが私なりの精いっぱいの抵抗だった。
チーママ先輩みたいに、社内ホステスを目指すことだって出来た。
先輩から、OJTでノウハウはたっぷり学んだから。
でも、私には先輩のような器用さやホスピタリティは持ち合わせていなかったし、何より、その分の給料ももらっていないのに、そんなことやりたくなかった。
令和の今、セクハラはNGだと認識されるようになった。
そして、セクハラを受けた女性たちが堂々と声をあげている。
「見過ごさない」「我慢しない」のが当たり前の時代になったのだな、と思う。
そんな彼女たちを見ていて、ふと気づいた。
私は、外見は女だけれど、中身は男性だったのだと。
「セクハラなんて平気」「それくらいかわせばいい」「いなしてなんぼ」と思っていた。
でもそれは、セクハラを容認していたに過ぎない。
容認したことで、「これくらいはOK」とセクハラする男性たちを調子づかせていただけなのだ。
そりゃ、やめるわけない。
知らず知らずのうちに、男性的な価値観に染まっていたのだと思う。
その方が生きやすかったから。
下ネタにも平気でつきあっていた。
むしろ、人の噂話や悪口よりも、誰も傷つかずに笑っていられる下ネタは平和で好ましいとさえ思っていた。
犬猫のカレンダーよりランジェリー姿のカレンダーが欲しいとも思った。(だって、女性の曲線美にランジェリーって綺麗じゃない?)
そうやって、どんどん中身は男性化していった。
しかし、私が「セクハラなんて平気」と思う一方で、「絶対許せない」と不快感を持っていた女性もいたはずだ。
実際、セクハラ発言を受けて、動揺したり怒ったりしている人を見てきた。
そういう否定派の女性たちを、私のような容認派の女性が、苦しめていたのかもしれない。
「うまくかわせない私って、ダメだ」
「こんなことも許せない私って小さいのでは? 他の人はうまくかわしているのに」
と、彼女たちに生きにくさを感じさせていたかもしれない。
そんなことにも気づかず、私は「これくらいかわせなくてどうするの?」と、否定派の女性達を見ていた。
本当は社会の問題なのに、あたかも本人の問題だと押し付けていた。
男性側の価値観にすり合わせ、セクハラを容認していた私は、セクハラの後方支援をしていたのかもしれない。
そして、今もなお、現実にセクハラに苦しんでいる女性たちがいる。
上の世代が解決してこなかった問題を、若い女性たちが声をあげ、異を唱えている。
結局、私を含むセクハラを受け入れてきた女性たちが、次の世代に問題を先送りしただけだった。
自分たちは大人の余裕を装って、声をあげることも、闘うことも放棄して。
私は、当時でも「パンツ? 履いてません!」ときっぱり言える度胸があった。
だったら、なぜその度胸を別の方向に使わなかったのかと思う。
回りくどい抵抗ではなく、どうして「そういうこと言うのやめてください」と、はっきり「No」を突きつけなかったんだろう。
それは、私自身が男性中心の社会を実感していたからだろう。
無駄な衝突を作らずに、うまく立ち回る方が得。
セクハラする男性に反発しながら、無意識にその価値観を受け入れていた。
アラカンになる私の年齢では、もうパンツの色を聞かれることはないだろう。
介護の意味で「紙パンツ履いてますか?」と聞かれることはあっても。(そこは「履いてません!」と言い続けたい)
そんな私が出来ることは何だろう。
まずは、過去の反省を踏まえて、嫌なことには「No」と言える自分になろう。
そして、今度はセクハラで苦しむ女性を後方支援しよう。
セクハラ、ダメ、絶対!!
□ライターズプロフィール
かたせ ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2024年6月よりライターズゼミに参加。
ありふれた半径3メートルの日常を書けたらいいな、と日々精進中。
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